|
>HOME >WORLD
アフリカ/アフリカ Africa 2005/アフリカ Africa 2006/アフリカ Africa 2007 1/アフリカ Africa 2007 2/アフリカ Africa 2007 3/アフリカ Africa 2007 4/アフリカ Africa 2008 1月/アフリカ Africa 2008 2月/アフリカ Africa 2008 3月/アフリカ Africa 2008 4月/アフリカ Africa 2008 5月/アフリカ Africa 2008 ○外務省 各国・地域情勢 ギニア共和国 ◆2007/03/30 cnn.co.jp ギニア沖で船が転覆、60人以上死亡 ◆2007/06/05 ゲンダイネット オスマン・サンコン(「笑っていいとも!」で人気が出た) ◆2007/07/08 GOAL.com ル・マンの得点源がウクライナへ ◆2007/07/10 中国情報局NEWS 【サーチナ中国株】中国アルミ:売上高が63.6%増 ◆2007/07/16 GOAL.com フェインドゥーノのバーミンガム加入はなし ◆2007/07/19 bounce ゆるゆるインスト・グループに、超弩級ファンク・シンガーと、香ばしいアフリカ盤が勢揃い!! ◆2007/07/24 nikkansports.com カメルーンが連覇/全アフリカ大会 ◆2007/08/22 外務省 新任駐日ギニア共和国大使の信任状捧呈について ◆2007/08/23 外務省 ギニア共和国に対するユニセフ(国連児童基金)を通じた無償資金協力(マラリア対策強化計画)に関する書簡の交換について ◆2007/08/24 IBTimes 外務省、ユニセフを通したギニアへの無償資金協力を発表 ◆2007/08/29 uefa.com ディナモが堂々と突破 ◆2007/09/03 Sankeiweb 馬インフルエンザ、意外な余波 イベント続々中止 ◆2007/09/07 JANJAN ポルトガル:移民を選別する新移民法 ◆2007/09/12 asahi.com チンパンジー、パパイア盗んで雌に「贈り物」 ◆2007/09/12 中日新聞 贈り物で交際発展 ギニア・野生の雄チンパンジー ◆2007/09/15 朝鮮新報 金正日総書記が水害慰問電を寄せた各国首脳に答電 ◆2007/09/26 山陽新聞 岡山・西川でコンサート 国際色豊かな 生演奏楽しむ ◆2007/09/27 サンパウロ新聞 アフリカに目:資源開発積極化:ペトロブラスとバーレ・ド・ドーセ ◆2007/10/03 外務省 在外公館ニュース ◆2007/10/16 ECO JAPAN 第4回 ギニア人が、伝統の味にこだわる2つの理由(前編) ◆2007/10/23 ECO JAPAN 第4回 ギニア人が、伝統の味にこだわる2つの理由(後編) ◆2007/10/07 紀伊民報 母国の医療向上へ アフリカから技術実習 ◆2007/10/29 スポーツ報知 星野真里、埼玉の農産物をPR ◆2007/11/27 外務省 ギニア共和国に対する無償資金協力(「首都飲料水供給改善計画」、「ブルビネ零細漁港改善計画」及び貧困農民支援について) ◆2007/12/18 tsp21.sakura FIFA世界ランキング 日本 34位に後退 ◆2007/12/19 中国情報局 資産家兄弟が亡父に超豪華葬、ひつぎは430万 ◆2008/01/08 中日新聞 インフラに2500億円 アフリカ支援で政府 ◆2008/01/21 asahi.com ガーナ、ギニアに競り勝つ サッカーアフリカ選手権開幕 ◆2008/01/23 goal.com ボルトン、フェインドゥーノを狙う ◆2008/01/29 AFP BB News ギニア 3大会連続で8強入り ◆2008/01/29 時事ドットコム 2008/01/29-09:28 ガーナ、ギニアが準々決勝へ=サッカー・アフリカ選手権 ◆2008/01/29 時事ドットコム 2008/01/29-09:57 ガーナ、ギニアが8強=アフリカ選手権サッカー ◆2008/01/29 MSN産経ニュース ガーナ、ギニアが8強 アフリカ選手権 ◆2008/01/30 ロイター サッカー=アフリカ・ネーションズ杯、ナイジェリアが8強入り ◆2008/02/05 外務省 ギニア共和国に対する無償資金協力(食糧援助)に関する書簡の交換について ◆2008/04/08 yomiuri.co.jp 北京五輪開会式、入場行進は画数順…日本は20番前後 ◆2008/04/08 MSN産経ニュース 前代未聞の画数順で入場 北京五輪開会式 ◆2008/04/08 朝鮮日報 北京五輪開会式、入場は漢字画数順 ◆2008/04/09 時事ドットコム 2008/04/09-00:50 開会式、入場行進は漢字画数順=日本は10番台後半に登場か−北京五輪 ◆2008/04/25 外務省 宇野外務大臣政務官とユラ・ギニア漁業・養殖大臣との会談 ◆2008/05/26 at-s.com 楽器体験ワークショップ アフリカの太鼓ジェンベ >TOP 2007年6月5日 掲載 オスマン・サンコン(「笑っていいとも!」で人気が出た) 「50歳を過ぎて子供ができるとは思わなかったよ!」 22年前、「笑っていいとも!」(フジテレビ)に出演し、人気者になった外国人タレントがいた。オスマン・サンコンさんだ。れっきとしたギニア共和国の外交官なのに、笑顔で下ネタを連発していた。最近はほとんど見ない。今どうしているのか。 会ったのは地下鉄東陽町駅に近いホテル2階のロビーラウンジ。 「テレビは出たいけど、講演会のスケジュールとぶつかることが多いの。講演会は日本全国の学校とか商工会で、年60回くらいやってるよ」 白い歯が印象的なサンコンさん、まずはこう言った。 「あとは、ボランティアね。講演先でお願いしたり、全国の友人とか、いろんな会社から寄付をもらって、それをギニアに運んでるの。文房具、衣類、車イス、生活物資なんかを年2回、長さ40フィートのコンテナに積んで送って、サンコンが車を運転して、現地の人たちに直接あげる。もう15年続けてるよ。最初は自分のポケットマネーだったのを、5、6年前、NPO法人日本ギニア交流協会を立ち上げて、その顧問としてやってるの」「去年、故郷のボッファに“サンコン小学校”を建てて、井戸も掘った。サンコン、国のおカネでいい教育を受けさせてもらって、恵まれてる。その恩返しね」 そういえば、国費で仏ソルボンヌ大学に入学したのだった。 「大学を出た後、外交官としてすぐ日本に来た。このまま日本に骨を埋めるかなーって考えてるの」 そうはいっても、故郷が恋しくはならないか。 「大宮の老人ホームの園長と友人だから、お母さんが恋しくなると遊びに行くの。お年寄りはシワとかがお母さんと同じで慰められる。4年半前、ホームヘルパー2級の資格を取って、ちゃんと介助もできるようになったんだよ。去年、『ボケは神さまがくれたプレゼント』という本も出した。本はもう11冊目になるね」 さて、サンコンさんは72年、ギニア共和国の大使館員として来日。8年間勤務したあと、アメリカへ。84年、日本人の喜美子夫人の希望で、休職して再来日。翌85年、「笑っていいとも!」でタレント活動を始めた。 「ボビー・オロゴンとかゾマホンくん、ムルアカさん……アフリカ出身の芸能人はみんな知り合い。仲いいよ、すごく。去年、ボビーにいろいろあった(所属事務所とギャラをめぐってモメた)ときは、ガマンして穏便にした方がいい、とアドバイスした。芸能人は人気商売、ニコニコしていないと」 残念ながら喜美子夫人とは離婚し、8年前、10歳年下のギニア人の大使館員と結婚。2歳7カ月の息子と、江東区内のマンションで3人暮らし。 「50歳を過ぎて子供ができるとは思わなかったよ! 実は喜美子と別れた後、ギニアでも奥さんをもらって、子供は全部で5人いる。ハハハ。喜美子との間にできた長男は23歳で、もうサラリーマンをしているよ」 >TOP ル・マンの得点源がウクライナへ バングラ、ディナモ・キエフと5年契約 ル・マンに所属するギニア代表FWイスマエル・バングラのディナモ・キエフ移籍が決定した。同選手は昨季リーグ・アンで12ゴールをマーク。リーグの得点ランクで3位に入っている。 ディナモ・キエフとの契約は5年。ル・マンで活躍を見せた同選手は、欧州の舞台で活躍したいと考えており、今回の移籍となったようだ。 ディナモ・キエフは次のような声明を出している。 「我々は希望通りの選手を手にした。彼は素晴らしいスピードで成長するタレントで、ギニア代表のリーダーである。我々の攻撃を強化してくれることだろう」。 >TOP 7/16/2007 10:04 PM フェインドゥーノのバーミンガム加入はなし ブルース監督:「ビッグネームを加えたい」 取引は完了するものだと思われた。しかし、ギニア代表パスカル・フェインドゥーノは、バーミンガムに移籍しないことになりそうだ。 フランス紙は先週、フェインドゥーノが500万ユーロの移籍金でサンテチェンヌを去り、バーミンガムに加入すると報じていた。だが、ブルース監督は次のようにコメントしている。 「フェインドゥーノは到着したかい?事実ではないんだよ。まあ、もう少しの選手を加えたいと思っているのは確かだ。ビッグネームを加えたい」。 先行きが不透明になったフェインドゥーノは、1997年にボルドーでキャリアをスタートさせた。サンテチェンヌを出ることになりそうな同選手は、マルセイユ、セビージャ、ローマなどから興味を示されているところだ。 >TOP 掲載: 2007/07/19 ソース:『bounce』誌 288号(2007/6/25) ゆるゆるインスト・グループに、超弩級ファンク・シンガーと、香ばしいアフリカ盤が勢揃い!! 文/坂口 修一郎 ますます世界中の音楽のアーカイヴ化が進む2007年。今度は西アフリカから選りすぐりのヴィンテージ・アフロ・ミュージックがいろいろと届けられた。まず最初にご紹介するアフリカン・ヴァーチュオージスは、ギ二アのフォークロアをアコースティック・ギターのアンサンブルで聴かせるインスト・グループ。『African Virtuoses』は彼らの70〜80年代初頭の音源を元にした編集盤で、さまざまな音楽が溶け合う無国籍トロピカル・ミュージックといった仕上がり。そのギ二ア独立後の60年代後半、大衆音楽を奨励するため大統領みずからが創設した国営レーベル、シリフォンに残された音源を集めたのが2枚組コンピ『Authenticite The Syliphone Years』。民族音楽のみならず、ジャズやキューバ音楽の要素を採り入れたまろやかな西アフリカ・ポピュラー音楽の原点が年代別に収録されている。興味深い楽曲が数多く並ぶなか、洗練された音楽性をアピールするベンベヤ・ジャズ・ナショナルのナンバーが光る。お次は、今年独立50周年を迎えたガーナの記念式典に合わせて制作されたコンピ『Bokoor Beats』。こちらはアフロ・ポップのパイオニア的なスタジオ〈ボクール〉から生まれた70年代のスターたちのオムニバスだ。ガーナの伝統リズムにファンクやブルース、ロックを採り入れたユルくも熱い演奏がたまらない。締め括りはマリから、70年代マリアン・アフロ・ファンク最高のシンガー/サックス奏者、ムサ・ドゥンビアのレア音源集『Keleya』を。〈キング・オブ・アフロビート〉フェラ・クティと並び称されるほどの強烈なファンク・サウンドは、なんとほぼ全曲が世界初CD化。まさにヴィンテージ・アフロの真打ちと呼ぶに相応しい内容となっている。 実はここに紹介した4作は西アフリカ産という以外の共通点はなく、時を同じくしてリイシューされたのもまた偶然。そこには西アフリカの乾いた風と太陽にさらされ、時を経て熟成された美味しすぎる音楽がたっぷりと詰まっているのであった。これからの暑い夏にこの味は絶対クセになる!? アフリカン・ヴァーチュオージスの編集盤『African Virtuoses』(Stern's Africa/ライス) コンピ『Authenticite The Syliphone Years』(Stern's Africa/ライス) コンピ『Bokoor Beats』(Otrabanda/ビーンズ) ムサ・ドゥンビアの編集盤『Keleya』(Oriki) >TOP 外務省、ユニセフを通したギニアへの無償資金協力を発表 2007年08月24日 17:31更新 外務省は23日、日本政府がギニア政府に対し、ユニセフ(国連児童基金)を通して、「マラリア対策強化計画」の実施を目的として、1億5400万円を供与額とする無償資金協力を行うことに関する書簡交換が、同国の首都コナクリにて、片岡林造駐ギニア大使とラティフゥ・サラミ在ギニア国連児童基金(ユニセフ)次席代表との間で行われたと発表した。 ギニアでは、基礎的な医療施設の欠如、厳しい気候などから保健医療事情は深刻な状況にあり、5才未満児の死亡率は1000人当たり163人、乳幼児(1才未満児)死亡率は同91人と極めて高い水準にある。5歳未満児の慢性的な栄養失調及び発育不良も、1999年から2005年にかけて26%から35%に上昇している。 外来患者の25%、入院患者の44%はマラリアの感染によるもので、特に5歳未満児のマラリア発症率は1000人中395人と極めて高く、死亡原因の第1位、35%を占めている。一方で、マラリアの有力な防御手段である蚊帳の所有率は、2005年時点で27%に留まっている。 このような状況から、ギニア政府とユニセフは、「全国マラリア対策計画」を策定し、2010年までに5歳未満児と妊産婦の蚊帳使用率を100%とすることを目標に掲げ、蚊帳の使用方法など基本的な医療の啓蒙活動を推進しているが、財政事情の厳しさから、今回、日本政府に対しマラリア対策に必要な長期残効性蚊帳の調達に必要な資金について無償資金協力を要請してきた。 同計画の実施により、マラリア被害の深刻な10保健行政区において、長期残効性蚊帳約13万帳が供与され、5歳未満児約45万人、妊産婦約10万人の蚊帳使用が可能となり、普及率が15%から39%に拡大するという。 >TOP ディナモが堂々と突破 2007年8月29日(水) キエフで行われたUEFAチャンピオンズリーグ予選3回戦第2戦は、ホームのFCディナモ・キエフがFKサラエボに3-0と快勝。2試合合計4-0とし、11度目のグループリーグ出場を決めている。 夢を絶たれたサラエボ ボスニア・ヘルツェゴビナ勢として初の本戦出場を目指す同国王者のサラエボは、2週間前にホームで行われた第1戦に0-1と惜敗。この日の第2戦に逆転の望みをつないでいたものの、序盤にイスマエル・バングラに先制点を許す苦しい展開を強いられた。その後、セミョン・ミロシェビッチがオウンゴールを献上。終盤にはセルヒー・レブロフにPKを決められて完敗、結局UEFAカップ1回戦に回ることになった。勝ったディナモは30日、グループリーグの組み合わせ抽選会に出席する。 序盤のゴール ディナモは、試合開始3分で先制した。マリャン・マルコビッチのクロスをギニア代表のFWバングラが叩きつけ、ここ3試合で5点目となるゴールを決めている。2点を追う立場になったサラエボに対して、余裕のディナモは引いてリードを守る作戦に出る。そしてチャンスとあらば、鋭いカウンターを繰り出し、マクシム・シャツキフ、オレフ・グセフ、バングラらが相手ゴールに襲い掛かった。サラエボはGKムハメド・アライムが奮闘し、何とかその後の失点を食い止めていたが、負傷のため61分にイルファン・フェジッチとの交代を余儀なくされてしまった。 勝利を決定づける追加点 サラエボは、GKの交代直後に2点目を奪われる。バングラのパスをセミョン・ミロシェビッチが自陣のゴールに押し込んでしまった。思わぬ追加点を得たディナモは、ワレンチン・ベルケビッチとレブロフのベテラン2選手を投入して逃げ切りを図る。そして終了間際、マルコビッチに対するファウルで獲得したPKをレブロフが決めて3-0。結局、ディナモがグループリーグ進出を決め、同じウクライナのFCシャフタール・ドネツクと並び、再び欧州最高峰の舞台に立つことになった。 (C) uefa.com 1998-2007 >TOP 馬インフルエンザ、意外な余波 イベント続々中止 馬インフルエンザの影響は競馬関係者だけでなく、一見、馬と接点のなさそうな人にも悩みの種となっている。小学生、駐日大使、警察官…。感染の可能性がないことが確認されるまで馬を使えず、乗馬教室や馬車列での送迎、交通安全イベントなどが実施できないためだ。日本中央競馬会(JRA)は中止していたレースを8月25日から再開したが、各方面の関係者は「自分たちのところも早く元の状態に戻したい」と気をもんでいる。(宝田将志) 乗馬教室予約延期 騎馬隊もお手上げ 「楽しみにしていた小学生たちに迷惑をかけてしまった」 北海道の浦河町乗馬公園の担当者の男性は、こう言って肩を落とす。同公園では8月19日以降、ポニー1頭と乗用馬2頭が馬インフルエンザに感染。一般利用を20日から中止し、小学生の乗馬教室など約400人分の予約を延期・キャンセルにした。8月中に公園外への馬の移動はなく、公園に出入りする人にウイルスが付着するなどして感染したとみられる。 感染した3頭については、再検査で陰性なら今月4日から利用を再開したいという。担当者は「寒くなる前に何とか子供たちを馬に乗せたい」と早期再開を目指す。 また、8月25、26両日に大阪乗馬協会(大阪府)で予定されていた関西学生馬術選手権も今月19日に延期となった。主催者は「平日開催になり、審判や獣医を集めるのが大変だ」とこぼす。 ◇ 乗馬愛好家が楽しみにしていた恒例イベントも中止に追い込まれた。 栃木県の那須トレーニングファームでは8月31日から3日間、日本馬術連盟公認の障害競技「しもつけ乗馬大会」が予定されていたが、募集の締め切り日(8月20日)前に中止を決めた。 今年も開催されていれば31回目を数える歴史のある大会で、中止の決定前に乗馬愛好家ら50人ほどがエントリー済みだったという。 同ファームでは「大会中止は残念だが、参加される方に迷惑がかからないように自粛した。すでにエントリーされた方には謝罪の電話を入れたが、早く安全が確認されることを期待したい」と話した。 山梨県馬事振興センター(北杜市小淵沢町)では、8月25、26両日に「第25回サマーホースショー」が開催される予定だったが、こちらも20日ごろに中止が決まった。 初心者から上級者まで延べ約600人が100頭を超える馬にまたがり、日ごろ鍛えた馬術を披露するイベント。 主催の関東乗馬倶楽部振興連絡協議会事務局は「動物愛護の精神を大切にしてきたので、あえて感染の危険をおかすより、中止した方がよいと考えた。来年開催できなくなるわけではない」と前向きに答えた。 ◇ 送迎が馬車ではなく自動車になったケースもある。新任の駐日大使が皇居に出向き天皇陛下に外国元首の信任状を届ける「信任状奉呈式」。JR東京駅から皇居への移動手段は馬車か公用車か選ぶことができるが、「情緒のある馬車を選ぶ大使が圧倒的に多い」(関係者)。 ところが、皇宮警察の馬とともに馬車を警護する警視庁騎馬隊の馬が使えず、20日(カザフスタンとオーストリア)と23日(ギニアとコスタリカ)に行われた4カ国の大使の奉呈式は公用車での送迎となった。騎馬隊の馬は馬インフルエンザではなかったが、JRA所属の馬と一緒に馬事公苑(東京都世田谷区)で飼育されており、万が一の感染拡大を考慮し、施設外に出せない状態が続いているためだ。 警視庁騎馬隊の仕事は奉呈式だけではない。秋の交通安全運動(9月21〜30日)の関連イベントへの出番も迫る。各警察署が開催するパレードや触れ合いコーナーなどへの出演依頼は、9月初旬から土日を中心に計20件。馬事公苑の外への馬の移動制限はJRAが解除を決めるが、見通しは立っていない。 警視庁交通総務課は「プログラムを変更するなどして対応したい。子供たちは馬を見るのを楽しみにしているだろうが、感染拡大の恐れがないと確認された状態で出したい」と制限解除を待ち望んでいる。 (2007/09/03 07:57) >TOP チンパンジー、パパイア盗んで雌に「贈り物」 2007年09月12日08時26分 雄のチンパンジーが盗み出したパパイアを発情中の雌に与える行為がアフリカのギニアでみつかった。雄はその後、交尾したり毛づくろいをしてもらったりすることが多かった。こうした見返りを期待した「贈り物」を使う行動が、人間以外の霊長類でみつかったのは初めて。12日付の科学誌プロスワンに発表する。 京都大霊長類研究所の大橋岳(がく)さんと英スターリング大研究員のキムバリー・ホッキングスさんら日英米ポルトガルの共同研究チームが発見した。1976年から西アフリカ・ギニアのボッソウ村(人口約3000人)周辺で観察を続けており、野生のチンパンジーが、パパイア、バナナなどの農作物を盗み出す行為に注目した。 03〜05年に786回の農作物荒らしが観察された。自分で食べてしまうことがほとんどだが、58回は親子間や雄と雌の間などで分け合う特別なケースだった。このうち25回が大人の雄が大人の雌に与えており、21回でパパイアの実が使われた。雌のほとんどは若くて出産可能、半数以上が発情中だった。雄が与えた結果、交尾や毛づくろいなどが行われた場合が多かった。 チンパンジーで食べ物を分け合う行為は、集団で狩猟した動物の肉を食べるという報告がある。植物性の食物を分け合うのは、親子間だけしか知られていなかった。 同チームの松沢哲郎・霊長類研究所教授によると、雄は農産物を盗み出す際に人目を気にして毛を逆立てて体をぼりぼりかくなど極度の緊張状態になる。そうした危険を冒して手にした食べ物をあえて雌に分け与えることは、交尾などとの交換を期待した「贈り物」をする行為だとみている。 長谷川寿一・東京大教授(認知行動科学)の話 チンパンジーにとって貴重な食物を社会的な交換可能な価値として使った珍しい例だ。親子間で分ける場合との違いなどを明確にするため、調査を続けてほしい。 >TOP 贈り物で交際発展 ギニア・野生の雄チンパンジー 2007年9月12日 朝刊 ◆貴重な実を分配、京大霊長研などが確認 西アフリカ・ギニアの野生チンパンジーが、取ってきた大きなパパイアの実を「贈り物」に使うことを、京都大霊長類研究所(愛知県犬山市)などの日米欧共同チームが発見した。大人の雄が発情期を迎えた雌に渡す場合が多く、代わりに交尾ができたり、毛繕いをしてもらえる。科学誌「プロスワン」九月十二日号に掲載する。 霊長研の大橋岳教務補佐員、米ウィスコンシン大のタチアナ・ハムル研究員、英スターリング大のキムバリー・ホッキングス研究員らの研究。ギニア南東部、人口約三千人のボッソウ村で、二〇〇三年十二月から二年間のうち四百五十四日間観察した。群れの個体数は十二−二十二頭だった。 ボッソウの村人は自分たちの祖先がチンパンジーだと信じており、人間とチンパンジーが共存している。調査期間中、チンパンジーによるパパイア、パイナップル、オレンジ、トウモロコシ、カカオ、キャッサバなどの農作物荒らしが七百八十六回あり、このうち手に入れた食物を仲間で分け合ったことが五十八回確認された。 分け合いの典型的な例が、大人の雄が村の民家の軒先にあるパパイアの木に登ってパパイアの実を一、二個盗み、森に持ち帰って大人の雌に分け与えること。その前後の行動を見ると、この雄は雌と交尾できることが多かった。雌から毛繕いされることもあった。 パパイアを取りに行こうとする直前には、雄は毛を逆立てて自分の体をボリボリかいて不安の兆候を示した。人間の民家から盗むことで緊張していたと考えられ、研究チームは「高いリスクを払い手に入れた貴重な食物を、あえて分かち与えるという点からも“贈り物”といえる」と結論付けている。 これまで、野生チンパンジーが狩猟の獲物の肉を分配することは知られていたが、植物で明らかに確認されたのは初めて。研究チームの一員で霊長研所長の松沢哲郎教授は「大きなパパイアの実という狩猟の獲物に匹敵する食物を発見し、大人の雄雌が“禁断の果実”を分かち合う新たな行動が生まれたのだろう」と話している。 >TOP 金正日総書記が水害慰問電を寄せた各国首脳に答電 朝鮮中央放送は10日、金正日総書記が朝鮮の水害と関連し慰問電を寄せた各国の首脳に感謝の意を伝えた事実を伝えた。 朝鮮中央放送によると、総書記はタイ国王、カタール国王、ウクライナ大統領、ギニア大統領、マリ大統領、ポーランド大統領、チュニジア大統領、アルジェリア大統領、ベトナム共産党総書記、キューバ国家評議会第1副議長のラウル・カストロ・ルス閣僚評議会第1副議長らが寄せた慰問電に返事を送り、「心からの同情と温かい慰問を寄せてくれたことについて深い謝意」を表した。 また、内閣の金英逸総理とともにラオス大統領にも答電を送った。 [朝鮮新報 2007.9.15] >TOP 岡山・西川でコンサート 国際色豊かな 生演奏楽しむ おかやま国際音楽祭(岡山市などでつくる実行委主催)の野外イベント「西川緑道公園ヒーリングコンサート」が25日夕、同緑道公園で始まり、邦楽やアフリカの民族音楽など国際色豊かな演奏を市民らが楽しんだ。29日まで。 ギニアの打楽器奏者マムドゥ・ジャパテさん(倉敷市在住)や米国出身の西洋古楽器奏者グレゴさん、竹楽器奏者の柴田旺山さんら4組のアーティストが同緑道公園の水上テラスなど4カ所に分かれて演奏した。 岡山市田町の平和橋付近では、午後6時半ごろから、ジャパテさんが民族打楽器・ジェンべで故郷に伝わる「畑作の曲」など迫力ある音を響かせた。同市原尾島の会社員国方敏栄さん(28)は「力強い野性のリズム。自然豊かな公園にマッチして面白い」と話していた。 (2007年9月26日掲載) >TOP 2007年10月号 今月は4公館からニュースが届きました。 ギニア 日本政府がユニセフを通じて、13万1千帳の蚊帳をギニアに無償供与することが決まりました。ギニアでは多くの人々が、ハマダラ蚊に媒介されるマラリアで命を失っていますが、この蚊帳がマラリア感染予防に役立つことが期待されます。 >TOP 第4回 ギニア人が、伝統の味にこだわる2つの理由(前編) ノンフィクション作家=島村 菜津氏 深刻な砂漠化が人々から笑顔を奪う モーリタニアからマリに入ると、砂漠の風景は、潅木がまばらに生えるサヘルに変わり、サバンナでは、ところどころに牧草も見えてきた。そしていよいよ、ギニアの国境にバスが近づいた時、何日かぶりに木陰というものに再会した。 それは、20mはあろうかというマンゴーの大木だった。何本も生えていて、赤や黄の実がたわわになっている。その下に身を寄せた長い角の牛の群が目を細め、そこに木漏れ日の筋が、通り雨のように降り注いでいた。1本の木が、圧倒的な迫力を持って、そこに立っていた。神々しいような眺めだった。 生き物には、木が、木陰が、必要なんだ。先ほどまで車中の熱気と振動音に閉口していた乗客たちも生き返ったようにはしゃぎ始め、窓から手を差し出す女たちからマンゴーを買い、皮のままかじり出した。見ているだけで口許が綻ぶような、幸せな光景だった。 ところが、ギニア第2の都市カンカンは、砂漠の風ハルマッタンの吹く季節ということもあって、砂埃だらけ。すぐ喉が痛くなった。 歩いているだけで、顔も、髪も、シャツも、何もかも赤くなる。シャワーで洗い流すと、耳からも鼻からも、足の指の間からも、細かな赤砂が流れ出した。町中でまで砂が舞うのは、明らかに砂漠化の影響だという。口を開けて笑ってなどいられないから、道行く人の表情もすこぶる険しい。 今年、中国から季節風にのって飛んでくる黄砂に、当地の工場地帯の汚染物質が混ざり、日本各地で光化学スモッグを発生させのではないかと指摘した人がいた。 そうなると、世界中で砂漠化が進むということは、こんな風に視界が砂で霞んで、笑えもしない日が増えるということ。あって当たり前だと思い込んでいる澄んだ空気が貴重になり、酸素商売にも拍車がかかるわけで、突如、極楽非道なエイリアンが飛来するよりもしんどい話ではないか。 ならば、アフリカや中国の森を育て、日本の荒れた山を労(いた)わることは、市場原理よりも、経済効率よりも、最重要課題であるに違いない。 眉間に皺を寄せて、砂まじりの風と共存するカンカンの不機嫌な人々は、そのことを身を持って教えてくれた。 ギニアの中西部、緑と澄んだ空気に恵まれた高原地帯、フタ・ジャロンに着いた時には、ほっとした。やっと日本人には親しみ深い、潤いのある風景の中に返ってきたのである。ところが、その熱帯雨林もまた、危機的な状況にあった。 爆発的に増加する人口と、失われゆく森 「1万haもですよ、1万。チンパンジーの貴重な棲家だったニャラマンの美しい森が、4日間も燃え続けたんです。原因は、森のそばで焼畑をしていた火が燃え移ったんです」 地元のラジオ局で働いているママドゥ・B・ディアッロは、この山火事騒動にがっくりと肩を落としていた。欧米のNGOも50年前から支援し、ギニア政府も罰則を設けて森を守っているが、無断で伐採する人は後を絶たず、焼畑で木々はどんどん失われていくのだという。 そう言われてから周囲を散歩してみると、確かに、今しがた焼かれたばかりの黒々とした畑が、あちこちに点在しており、高台に上がると、方々から煙が上がっていた。 2006年のFAO(国連食糧農業機関)の統計によれば、世界の森は2002年から2005年までに731万7000ha消えたとある。これは毎年約146万3400ha、毎分約2.78haという数字になる。熱帯雨林ではもっと加速しているという。 壮絶な数字だが、ここへ来てみると、だんだんと実感が湧いてきた。これは遠い国の出来事のようだが、そうではない。木材の8割以上を海外の森に依存している日本人は、これを大いに促進している。住宅や家具の木材に、アジアやシベリアの木を安いという理由で消費している。その一方で、手の入らなくなった日本の山は荒れる一方−−。 ママドゥは、ラジオ局で働くうちに、愛する森があまりの速さで失われていくことに脅威を覚えた。そして、カメラを手に森に入っては、どうして木を切るのかと訊ねたり、森に暮らす人たちには、専門家を連れ立ち、森の大切さを説いてまわった。時には、幾度となく注意しても伐採を続ける人を裁判所まで連行することもあるという。 「私が子供の頃、この辺りは、みんな森でしたよ。ところが、リベリア、コート・ジボアール、シエラレオネ、アンゴラ、近隣の内戦国からの移民や、国内の人口爆発と、それに伴う都市化で、伐採に加速がかかったんです。ほんの10年ほど前まで、ラベは人口1万人ほどの村でしたが、今では、おそらく50万人は下らないでしょう」 誤解のないように書いておくが、焼畑農業そのものが悪いのではない。日本にも、東北や九州に、その伝統は残っている。本来、伝統的な焼畑は、50年から70年かけて、売れる太さになるまで杉などを育て、森の地力が回復するのを待ってから焼く。長いスパンで森を育てながら、続けていく農業だった。 ところが、アフリカでは、人口の急増で、この焼畑にも、燃料としての木の伐採にもアクセルがかかった。そんなに産まなきゃいいのにと遠目には思うが、貧しければ、子供の死亡率も高く、どうしても子沢山になる。 問題は、それ以上に近隣国の内戦だった。まず、そうした国々の多くが大きな債務を抱えていて、しかも、列強にとって魅力的な石油、ダイヤモンド、ボーキサイト、鉄鉱石、カカオ、コーヒーといった資源や農産物がある。政治家の腐敗もあるだろう。話は、それほど単純ではなかった。 赤と黄に染め上げられた街 さて、ママドゥが、ラジオで森の大切さを訴えるうちに、仕切りに気になってきたのは、地元の伝統料理が劇的に失われようとしていることだったという。それについて、彼は、ちょっと気になる報告をしていた。 「インスタント・コーヒーで知られるその大企業は、信じられない安値でブイヨンを売り、テレビ広告や宣伝カーだけでなく、市場にも、街中に看板を張り巡らす。スピーカーを手にしたキャンペーン・ガールの中で、最も売上げの高かった女の子には、(イスラム教徒が大多数の国で)メッカ旅行が当たるという特典までつけていた」 広告やマーケティングに慣れっ子になっている私たちからみれば、いったい何が気になるのかピンと来ない。 ところが、ギニア第2の都市カンカンに入ったとたん、はっとした。 街のいたるところに赤や黄色のお馴染みのブイヨンの看板が立っている。ミニスカートのキャンペーン・ガールにも会ったし、人通りの多い市場は、コンクリートの施設に寄付でもしたのか、外壁の周囲をぐるりと一周するかたちで、同じ看板が市場を取り巻いていた。仕舞いには、大学の外にある看板を写真に収めていると、警察に連行され、危うく袖の下を要求されそうになった。 まるで、フランスのアルベールヴィルの冬季オリンピックだった。どの角度から撮影しても、競技場に貼られたコカコーラのロゴが映るというので、地元のマスコミからは、「これじゃ、コカコーラのオリンピックだ」と皮肉られた、あの光景が目に浮かぶ。 ここへ来てみると、ママドゥがむきになる気持ちは、少しわかった。 秋葉原や新宿のように、ごまんと宣伝文句がひしめく都市ではない。メニューのあるレストランが1軒なんていう街で、世界中で売られているブイヨンの広告は、さすがに少々アグレッシブだった。どうしても、日本の白いうまみ調味料が、アジア諸国に与えたインパクトを思わずにはいられなかった。 それでも、何とか地元の味にありつこうと、気を取り直して、ガイドブック『ロンリープラネット』を開き、ここなら地元の家庭料理が味わえるとあった店を探し当てた時には、この目を疑った。 店そのものが赤と黄のペンキで染まり、広告塔と化していた。電気もない埃っぽい店には、浮かんでいる野菜は地元のものだったものの、そのブイヨンのエビ味のスープがひとつきりだった。 (10月23日に公開予定の後編に続く) >TOP 第4回 ギニア人が、伝統の味にこだわる2つの理由(後編) ノンフィクション作家=島村 菜津氏 ギニア伝統の調味料スンバーラ レストランにブイヨンのエビ味のスープがひとつきりだからといって、ブイヨンしかないわけではない。ギニアにだって、昔からの伝統調味料がある。 たとえば、それはスンバーラという黒い調味料で、村で教えてもらったつくり方は、ネレという高い木の実を丸2日煮こむ。これを杵でつき、川で洗って皮を剥く。さらに2〜4時間煮て、筵(むしろ)に広げ、地熱と太陽熱で発酵させる。 またまた杵でついて、スンスンという粘りのあるハーブを加え、丸めたり、糸巻き状に練り上げる。日本の味噌のように、地方によってレシピも味も違う発酵食品だ。 スンバーラは、確かに市場で売られていたが、唐辛子やニンニクとともに、その横に並んでいるのは、例のブイヨン。少し見ていると、「ブイヨン3つね」「ブイヨン2つ」と、こちらばかりが若い母親に飛ぶように売れていくのだった。 インスタント食品で子供の体力が低下? ネスレのインスタント・コーヒーが人気の町で、唯一、自国のコーヒーを出すカフェのおやじさんは、あくまでも辛辣だった。 「あのインスタントのブイヨンが出回るようになって、地元の子供らは体力が落ちたね」 「でも、どうして、若いお母さんたちはブイヨンを選ぶのかなあ」 中国製の花柄のポットから、コーヒーを注ぎながら、おやじさんが言った。 「単純な理由さ。ずっと安いからさ」 市場で、消しゴムほどのブイヨンの小箱が1つで100ギニア・フラン。日本円にして約70円程度。その隣に並んだスンバーラは、倍の値段だった。 「安いものばかり買いたがる消費者も悪いんですよ」 近頃、日本でも、偽装牛肉コロッケの社長さんが、そんな捨て科白を吐いた。どうやら、世界の食をめぐる状況は、そう変わらないようだ。 おいしくて、安全で、安い、なんて売り文句があるが、それはかなり難しい。 たとえば、ビジネスホテルの安い和風バイキングは、里芋の煮っ転がしもきんぴらゴボウも、みんな中国の工場で作られたものだし、スーパーや弁当の焼き鳥やアジフライも、タイやブラジルで調理されてから運ばれてくる。 圧倒的な人件費と素材の安さ。そして、それらは、日本の農家を支えてもいない。これからは、安さにはわけがある、と勘ぐるのが、やはり聡明だろう。 もちろん、多国籍企業や商社を悪だなんて言うつもりは、さらさらない。ただ、ママドゥは、遠い外国から運ばれてくる食品や外資系企業のインスタント食品よりも、地元にあるものの力に気づいて欲しいという。 そしてその味は、ギニアの子供たちの体にも、森にもいいんだぞ、ってことを、私にもわからせてやろうと、昼休みを使って、あるところに案内してくれた。 ビタミンCたっぷりの赤い実のジュース ママドゥが車で案内してくれたのは、「タータ2」という1999年に発足した女性ばかりの生産者組合だった。会員は約50人。代表は、35歳のアダマ・ディアッロと、48歳のファティマータ・ディアッロ。ディアッロさんがやたらと多い。 ここの人気は、シンティンという赤い実のジュース。ビタミンCが多く、地元では万病薬である。組合の本部は、民家の庭先らしく、3本のバナナと5本の綿が植わっていた。近所の子供たちがわんさか遊びにきたので、抹茶飴を配った。 庭に置かれたベッドには、具合の優れない青年が横たわり、ジュースの出来るのを待っていた。 作り方は、さほど複雑ではない。まず、森で摘んできたマダガスカル原産のスンガーラという潅木(かんぼく)の実を、炭火で軽く炒る。これを杵でついて、櫛のように切り込みを入れたバナナの葉を2枚重ねてフィルターにし、上からゆっくりと水を注ぎ、下の器にぽとぽと垂れた雫を集める。シンティンという名は、この時、雫がしたたる音からきたようだ。 出来上がった鮮やかな赤いジュースを飲んでみると、甘酸っぱく、なかなかおいしかった。懐かしい風味でさえある。私が手放しに喜ぶもので、不安げに様子を見守っていたみんなも、それは嬉しそうに「シンティン万歳!」と今にも踊り出さんばかりの盛り上がりだった。 「シンティンを飲んでいる村には、病気の人がほとんどいないの。市販の高い薬よりも効くってみんな言うのよ」と弾むようにアダマが言った。 通りがかりの村の長老が、さっそく1杯、無料でご馳走になり、ぼそりと言った。 「昔は、野良仕事の前には必ず飲んだもんじゃ。スンガーラの枝を切ることは、子供の腕を切るに等しい。スンガーラの木を燃やしてしまうことは、庭に生えているバナナや綿の木々を全てなぎ倒すに等しい、と言われた。それほど大切な木じゃ」 豊かなはずのギニアで子供たちが金をせびる理由 ママドゥに、昔ながらの料理を出す店を教えてもらった。ありついたのは、唐人ひえを主食にしたスープかけご飯のようなフォニオ。調味料は、あのスンバーラだった。人参、じゃがいも、おくら(アフリカ原産)、大根まで入って、トロッとしておいしい。 ナラでのコカコーラの笑い話をすると、ママドゥがまた、懸命な顔になった。 「30年前は、村の女たちは、誰でもフォニオを作れた。自前の野菜、コーンにタロイモ、キャッサバを使ってね。そして調子の悪い時はシンティンを飲んだ。ところが1984年、政権が変わり、新しい大統領になったとたん、コーラとマギーが進出してきた。君は、大袈裟だと笑うかもしれないけど、本当にたくさんの人が、体がだるくなったり、体調を崩して、今では、買わなくなった人も多い。教育を受けている人は、僕らの懸念の意味がわかる。問題は、76%の文字が読めない人たちなんだ。彼らの大半が外国のブイヨンを喜んで買い、森の価値を忘れている。だから結局、教育なんですよ」 ママドゥは、暗に政府を非難したが、あの苦しい旅をともにしたガーナの青年も、一度、腹立たしそうにぼやいた。 「ギニアには、ボーキサイトもダイヤもあり、落花生も、ゴムも、バナナも、マンゴーも、米や雑穀だって何だってある。それなのになぜ、子供たちは、僕らに金をせびるんだ。政治のせいさ、政治だよ」 ガーナ君の言う政治の問題とやらは、ただの旅行者にも頷けた。方々で警察に袖の下を打診された。日本人は面倒だから、ちょっと渡して、その場を逃れようとするが、ペレストロイカの激動を生き、共産国の腐敗も味わったロシア人の夫は違った。 カメラの撮影許可はないのかと言われば、黄熱病の予防接種の証明書を見せてみたり、嘘八百を並べ立てて、一文も払おうとはしなかった。傍目には交渉を楽しんでいるようにも見えたが、本人は、「次の旅人のためにも、ギニアの庶民のためにも、ここは妥協してはいけない」と恰好だけはつけるのだった。 美しく髪を結い上げた女たちの姿に思うこと 首都コナクリも、8割がスラムで、殺伐としていた。スラムのまだない日本がさすがにいとおしくなる。壁に絵など飾っているモロッコ料理屋を見つけると、そのこざっぱりした様子がまた、いとおしく、クスクスの味は最高で、つい1日に2度も通った。 そのコナクリの市場では、幾度となく、内戦によって手首から先をナタで切り落とされたシエラレオネの移民たちとすれ違った。 農家が8割という国で、自給率が低迷するのは、なぜだろう。近隣国の内戦による混乱の余波が、この国を直撃したのも、また事実だった。 政治の腐敗、産業の欠落、貿易の自由化、巨大企業の戦略といったものが、この豊かな農作物と資源に恵まれた国に、どこか荒涼とした風景を広げようとしていた。 口の悪いガーナ君は、こうも言った。 「どうして、作った農産物をそのまま売ることしか考えないんだ。頭にバナナを堆(うずたか)くもって、きれいに皮を剥いたオレンジを自慢げに頭の上に並べてさ。アフリカの女たちは、髪をあそこまできれいに結上げる時間があるんだったら、なんだって、もっとその手間を別のことに使えないのかな」 彼の憤りはもっともだった。アフリカに加工業は極端に少ない。けれど、私には、女たちの屈託のなさが救いだった。最貧国などと言われ、「1日1ドルでどうやって生きているわけ」と首を傾げられながら、優雅に髪を美しく束ねる心のゆとりのあるアフリカの女たちは、大したものじゃないか。 >TOP 星野真里、埼玉の農産物をPR 女優の星野真里(26)が29日、都内で「埼玉農産物集中キャンペーン」に出席した。 埼玉県出身で、同県在住。ネギやほうれん草などの新鮮な農産物を前に「こんなに多くの農産物が(地元に)あるとは知らなかった」と驚いた様子。「野菜は好きで、毎日食べている。地元の良いところを知るのはうれしいし、もっといろんな方に知ってもらいたい」と話した。 埼玉県の上田清司知事とは、ギニア大使館一等書記官時代からの付き合いというオスマンサンコン(58)も来場。「サンコン、好きなのは義理と人情」と知事との固いきずなをアピール。「埼玉、おいしい農産物、何でもあるね」とPRしていた。 (2007年10月29日16時00分 スポーツ報知) >TOP FIFA世界ランキング 日本 34位に後退 12月 17日 -- FIFA国際サッカー連盟が最新の世界ランキングを発表し、 アルゼンチンが首位を守った。 日本は 34位へ 1ダウンした。 今月は大きなポイント変動がなく、上位陣の順位は変わらなかった。日本は 8ポイント減らし、ポイントをのばしたギニアに追い越された。 他のアジア勢はイランが 1ダウンで 41位。韓国は 42位、オーストラリアは 48位で変わらず。サウジアラビアは 4ダウンで 61位。 来月は 16日に発表。 >TOP 資産家兄弟が亡父に超豪華葬、ひつぎは430万 2007/12/19(水) 16:01:07更新 広東省広州市で企業を経営する資産家の兄弟が、亡き父のために1000万元(約1.5億円)以上をかけて葬儀を行い、「超豪華葬」と話題を呼んでいる。南方都市報が伝えた。 64歳の父親は広東省東部、掲陽市の出身で、後にアフリカ西部ギニアの国籍を取得。子供4人のうち、30代の2人の息子はそれぞれ、広州市で企業経営をしており、中国の富豪ランキングにも載るほどの資産家だ。 父親はがんのため12日に死亡。息子らはミャンマーから高価なひつぎを取り寄せ、広州市内の大きな葬儀場を花で埋め尽くした豪華な葬式を行った後、土葬した。関係者の話によればひつぎは28万元(約430万円)で、幅1.5メートル、長さ2.1メートル、高さは1メートル強あり、土葬の際にはクレーンを使わなければならないほどの重さだったという。 中国では火葬が一般的だが、葬儀業者の話によれば、華僑は国が指定する墓地であれば土葬が認められる。父親は多くの有名人も眠る同省深セン市内の華僑用墓地に土葬された。(編集担当:恩田有紀) >TOP 2008/01/23 15:34 ボルトン、フェインドゥーノを狙う アネルカ移籍で得た資金を活かす サンテティエンヌに所属するギニア代表FWパスカル・フェインドゥーノに、ボルトンのギャリー・メグソン監督が興味を持っているようだ。 この冬、ニコラ・アネルカをチェルシーに譲ったボルトンは1500万ポンドを手にしている。フェインドゥーノの移籍金は300万ポンド程度と見られるため、資金面に問題はない。 現在、ギニア代表としてアフリカ・ネーションズカップに参加している同選手だが、ボルトン側は一刻も早く契約を取りつけたいと考えており、大会が行われているガーナに首脳陣を送り込んでいるようだ。 >TOP ギニア 3大会連続で8強入り * 2008年01月29日 09:45 発信地:セコンディ/ガーナ 【1月29日 AFP】(写真追加)サッカー、2008アフリカ・ネイションズカップ(the African Nations Cup 2008)・ガーナ大会・グループリーグA、ギニアvsナミビア。試合は1-1の引き分けに終わり、ギニアは通算成績を1勝1敗1分けとしてグループ2位での準々決勝進出を決めた。 後半17分にスレイマン・ユーラ(Souleymane Youla)のゴールで先制したギニアは、同36分にナミビアのブライアン・ブレンデル(Brian Blendel)に今大会2得点目を決められて同点に追い着かれ試合は1-1に終わった。 この結果勝ち点を4としたギニアは、モロッコを2-0で降し3連勝で勝ち点9を獲得した開催国ガーナに次いでグループリーグを2位で終え、3大会連続で8強入りを果たした。(c)AFP http://www.afpbb.com/article/sports/soccer/soccer-others/2343419/2571695 >TOP 北京五輪開会式、入場行進は画数順…日本は20番前後 【北京=竹内誠一郎】北京五輪組織委は8日、北京五輪開会式の各国・地域選手団の入場行進を、中国語表記の画数順で行うことを明らかにした。 五輪では、ギリシャが入場行進の先頭を務めるのが慣例で、国際オリンピック委員会(IOC)加盟の全205か国・地域が参加した場合、行進の2番手は最初の文字が2画のギニア(几内亜)で、4画の日本は20番前後の登場となると見られる。 組織委が、北京で行われている各国五輪委連合総会で報告した。国際大会では英語表記のアルファベット順とするのが通常だが、アテネ五輪ではギリシャ語のアルファベット順だった。07年に長春で開催した冬季アジア大会では、国内で一般的な中国語の発音順で行ったが、初開催の五輪では異例の画数順を採用した。 (2008年4月8日19時19分 読売新聞) >TOP 前代未聞の画数順で入場 北京五輪開会式 2008.4.8 18:03 8月8日に北京の国家体育場で行われる北京五輪開会式の各国・地域代表団の入場順が、中国語の画数で決められることが8日、明らかになった。北京で開催中の各国オリンピック委員会連合(ANOC)総会で北京五輪組織委員会が報告した。 画数の少ない国・地域から入場するが、先頭は慣例で近代五輪発祥の地、ギリシャが務める。その次は最初の1文字が2画の「几内亜(ギニア)」となる見込み。日本は4画+5画で10番台後半となりそうだ。 前回アテネ五輪でもギリシャ文字のアルファベット順で入場順が決められた。だが、「漢字」となると拒否反応があるようで、ヨルダンからは「英語に比べて分かりにくい」と“中華方式”への苦情も飛び出した。(北京 川越一) >TOP 北京五輪開会式、入場は漢字画数順 8月8日に行われる北京五輪開会式の入場順序が決まった。 北京五輪組織委員会は8日、北京で開かれた各国オリンピック委員会連合(ANOC)の総会で、「各国選手団の入場は国名漢字表記の画数の少ない順とする」と報告した。 これまでは五輪発祥地のギリシャが慣例として最初に入場し、その後は国名の英語表記のアルファベット順で、開催国は最後だった。スポーツニッポンによると、国際オリンピック委員会(IOC)加盟国205カ国中、最も漢字の画数が少ないのはギニア(几内亜)とのこと。 北京五輪組織委員会は、頭文字の画数が同じだった場合、2文字目の画数により決める方針だ。なお1988年、ソウル五輪ではハングル順で選手団を入場させている。 ミン・チャンギ記者 スポーツ朝鮮/朝鮮日報日本語版 >TOP 2008/04/09-00:50 開会式、入場行進は漢字画数順=日本は10番台後半に登場か−北京五輪 【北京8日時事】北京五輪組織委員会は8日、当地で開かれた国内オリンピック委員会連合(ANOC)総会で、8月8日の開会式での入場行進を、中国語国名表記の画数順で行うことを報告した。漢字の画数が少ない順とし、最初の文字の画数が同じ場合は2文字目で決めるという。 五輪ではギリシャが入場行進の先頭を務めるのが慣例。国際オリンピック委員会(IOC)が承認する全205の国・地域が参加した場合、行進の2番手は最初の文字が2画のギニア(中国語で几内亜)で、最初の文字が4画の日本は10番台後半になる見込み。行進順は近く発表される。 国際大会の入場行進は、英語表記のアルファベット順とするのが通例。ギリシャ語のアルファベット表記で行われた2004年アテネ五輪で日本選手団は57番目、00年シドニー五輪では92番目に登場しており、異例の画数順を採用する北京五輪では、かなり早めの登場になる。(了) *このファイルは文部科学省科学研究費補助金を受けてなされている研究(基盤(B)・課題番号16330111 2004.4〜2008.3)の成果/のための資料の一部でもあります。 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/p1/2004t.htm UP:2007 REV: ◇アフリカ ◇世界 |