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『<性の自己決定>原論―――援助交際・売買春・子どもの性』

宮台真司・速水由紀子・山本直英・宮淑子・藤井誠二・平野広朗・金住典子・平野裕二
 19980417 紀伊国屋書店,286P,本体1700円+税

last update: 20170426

この本の紹介の作成:JA(立命館大学政策科学部4回生)
掲載:20020801


目次:
まえがき
援助交際を選択する少女たち
「性的自己決定能力」を育む性教育
性の自己決定とフェミニズムのアポリア
「売春」を真正面から語れ
闘いと癒し―異性愛強制社会と対峙して
性の自己決定権を確立する法制度とは
子どもの性的自己決定権をめぐる諸外国の動き
自己決定原論―自由と尊厳

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括弧[]はページ番号


◆まえがき(宮台真司)

・援助交際への確信を深める少女たち
・自己決定を認めない大人たちが何をもたらすか
・各人の持ち場からはじまるチャレンジ

この本は、昨今の自治体や国会での性に関する規制措置の条例化・法制化の動きを見て、「性の自己決定」という重要な思想が欠落したまま性についての議論が進むことを危惧する者たちが、各人の立場から「性の自己決定」について持論をしたためたものである。[9]


◆援助交際を選択する少女たち(速水由紀子)

・「セーフ」感覚の基準
・報酬の代償
・反動形成としての「ウリ」
・父親が「あぶない」
・痛切な淋しさ
・能動的な性のパワー
・母の世代との比較
・魂に悪い家庭にいるよりも

しかし、一つだけ確かなことがある。「援助交際」にかかわっている少女たちは、少なくともリスクや生理的嫌悪、営業用の態度など、すべて報酬の代償は自分で支払っている、という点だ。少なくともムカつく労働をまっとうにこなして、数万円の金を得るウリ専の子たちは、たとえいびつであろうと「自己決定」の責任を負っている。[23]
「ウリ」は確かに魂に悪いかもしれないが、それ以上に「もっと魂に悪い家庭状況」というものが前提にある場合が多いのだ。「魂に悪い家庭」に止まるより、自己選択を踏んでいる分、「ウリ」をやって街に居場所を見つける方が、精神的自立を促す自己救済の手段として有効と感じる子たちは確実にいるのである。[38]


◆「性的自己決定能力」を育む性教育(山本直英)

・性教育とは
・「個」も規制の対象
・「個」にとって最も私的な人権は「性」
・性行動。それは自律か他律か
・「性交」は大切な学習課題
・第17期「青少協」の答申を読む
・第22期「青少協」の答申を読む
・「援助交際」の堂々めぐり
・男たちも「性的自己決定能力」を

さて、以上のことで性的な規制が事実上は個の規制に連なることがわかったと思います。そこで、性行動への他律は人格や私生活への侵犯となることを十分に配慮する必要があります。[52]
このように、性行動の規制は人権を尊重する限り他律にはなじまず、個人の自律による規制にしか期待できないのです。[53]


◆性の自己決定とフェミニズムのアポリア(宮淑子)

・フェミニズムは動的で変化するイデオロギー
・生殖の分野から生まれた「性の自己決定権」
・セックスワーカーたちが主張を始めて
・自由意志の売春もある
・娼婦になることは自己破壊か
・売春婦は「性的サービス」を売っているにすぎない
・フェミニズムは、女性たちの権利を代表しているという驕り
・セックスワーカーが癒しのカウンセリングをすることも
・「援助交際」でも同じアポリアが
・フェミニズムというパターナリズム
・援助交際の持つ特有性に配慮したい
・男は加害者、女は被害者の図式化
・被害性から暴力を語るだけでは見えない
・買う男だけを断罪しても・・・・・・
・性の抑圧史観ではなく性的快楽を語りたい

それに、私はいままで、売春は、性を売る、からだを売る行為だと思ってきた。けれど、売春婦は、「モデルが美を、法律家が法律的サービスを売るように、性的サービスを売っているにすぎない」のであって、「非性的サービスを売ることがひろく公認されている現代において、性的サービスを売ることだけをモラルに反すると非難し、処罰することは、売春婦の性的自由を侵害するという考え方もある」(金城清子『法女性学』日本評論社、1996年)ことを知ったのである。[86]
いま、性暴力や子どもへの性的虐待の問題を扱っているグループでは、売買春はすべて「構造的暴力」であり、「性的搾取」だとする見方が支配的だ。こうした見方に立てば、売る女性はすべて「構造的被害者」であり、まして、いたいけな子どもであってみれば、暴力から保護する対象だ、という考えになる。だからこそ、子どもを買春する側、構造的加害者の側を厳重処罰に・・・・・・という発想になるのだが、私は、こうした、法律でもって売買春の歯止めをしようとする発想には承服できない。[100]


◆「売春」を真正面から語れ(藤井誠二)

・「援助交際」は「性非行」か
・性教育という「刷り込み」
・特別視される売春
・「性的自己決定」とは「美しいもの」だけではない
・性を語ることは「踏み絵」になる
・「まず自己の性を語れ」
・「性的自己決定」の原理
・いますべきこと

以上のように考えてくると、高校生程度の相手(子どもの権利条約では18歳未満の子どもが対象)にカネを払い、互いの「同意」のもとで行われるセックス(類似行為)である「援助交際」は、「搾取」にはあてはまりにくい。反復するが、「援助交際」には「搾取」する第三者が存在しないし、一方的な支配・被支配関係、力学関係のもとで行われる肉体的・精神的・経済的収奪行為ではない。[131]
さらに言えば、「子どもの権利条約」は、子どもを権利の客体ではなく、権利の主体として捉えていることを都は忘れている。第十二条の「意見表明権」、十三条「表現・情報の自由」、十四条「思想・良心・宗教の自由」、十六条「プライバシィ・通信・名誉の保護」、十七条「マスメディアのアクセスの保障」など、子どもの「自己決定権」をその文言から読み取ることができる。そうなれば、「性」についても、「自己決定権」を最大限まで認めていく発想こそ生まれるべきで、わたしたち大人の役割は、子どもたちがあらゆる意味で「自己決定」していくための情報や環境を用意していくことしかない。[132]


◆闘いと癒し―異性愛強制社会と対峙して(平野広朗)

・「今日はなに着よう?」
・「おかま」て、誰のこと?
・「男らしさ」愛憎物語
・「ゲイとして生きること」を選ぶ
・「明日はこれを着よう!」

もちろん、「主体的売春」「援助交際」を「性の自己決定権」の視点から論じることも、それとの絡みで「淫行処罰規定」について論じることも重要なことではあろう。だが、「淫行処罰規定」を論じる以上、この条例(の背後にある思惑)から自分の性(と生)をいかに守るかという「当事者」の視点も欠かせない。この条例を推進してきた人びとが目論む「性の健全化」は、個々人の性の多様性を踏みにじって、「建前と本音の使い分け」が成り立たせるロマンティックラブ・イデオロギー(恋愛・結婚・出産の「三位一体」)を、ぼくたち皆に押しつけようとしているのだ。[178]


◆性の自己決定権を確立する法制度とは(金住典子)

1. 「性の自己決定権」
・個人として生きることが抑圧されている日本
・自己決定権と人間の尊厳
2. 性の自己決定権を侵害する日本の制度
・自己決定権は男女の人権確立の核心
・自己決定権を掲げるスウェーデンの「社会サービス法」
・個人の人権を無視している日本の性に関する法令
3. 性の自己決定権を確立するための法制度
・"淫行処罰規定"と"買春等処罰規定"
・"淫行処罰規定"についての「大法廷判決」の意義
・自己決定権を確立するための「基本法」制定の提言

このように「人間の尊厳」という原理は、人間が自由意志をもって自己決定して生きるものであり、そのなかで自己形成(成熟)して生きていく能力を育てるものである、という人間の本質に立脚して理解することが大切ではないかと思います。[186]
このように、自己決定権は、人の個人的な性と生にかかわることに関しては、国家や医療機関、学校などの社会的権力によって支配・管理されず自由であり、その個人に自己決定の権利があることを人権として認めさせようとするものです。他人の人権を侵害しない限り、また他人がその個人を侵害するものでない限り、その個人が自己の尊厳を害する行為(生き方)をしていても、それはその個人の自己決定(生き方)の問題であって、国家や社会が法律で処罰するなどして干渉してはいけないという考え方に立つものです。[201]


◆子どもの性的自己決定権をめぐる諸外国の動き(平野裕二)

1. 子どもの権利条約とその後の国際的動向
2. 性的行為に関する同意年齢
・通常の性的行為に関する同意年齢
・性行為時の状況や相手の地位を考慮した例外
3. 子どもの性的搾取に関わる各国の対応
・売買春そのものに関する立法思想
・子どもの性的搾取に関する国際社会での議論
・子ども売買春に関する各国の対応
・子どもポルノグラフィーに関する各国の対応
4. 日本での対応を考える際に留意すべきこと

私には、真正のものかどうかは議論があるとしてもとりあえず双方の「合意」のもとで行なわれている援助交際よりも、家庭、学校、施設、社会一般で子どもに対して(ときには正当化されながら)向けられている身体的・精神的・性的暴力の方がよほど喫緊のかつ根源的な課題であるように思える。[245]
子どもたちが自分の性に自尊心を持ち、性に関わる自己決定権を行使していくことなくして、暴力からの効果的な保護など望みようがない。そしてそのサービスは、子どもたちの多様な性行動や性意識を価値中立的に受けとめた上で、ユーザー・フレンドリーなものとして計画され、提供されていく必要がある。子どもたちがいま何を求めているのか、そのことこそがまず認識されねばならない。[246]


◆自己決定原論―自由と尊厳(宮台真司)

1. 自己決定原論
・自己決定権とは何か?〜迷惑をかけなければ何をしてもいい権利
・自己決定能力とは何か?〜何をしてもいいときに実りある選択ができる能力
・自由と尊厳についての二種類の思考伝統
・議論の出発点に必要な価値合意
・政治システムへの尊厳保護要求の高まり
・尊厳保護と自己決定権制限
2. 青少年の売買春規制の条件
・個人的法益/社会的法益の区別
・売買春は必ずしも悪くない
・売買春についての偏見を取り除く
・低年齢の性は必ずしも悪くない
・低年齢の売春が禁止されるべき理由
・性教育プログラムとの連携が必要だ
3. 事例研究/東大生の売春婦
・性的実存不安を他者攻撃に向ける者たち
・売買春の現実についての情報公開の必要性
・性的実存を脅かされて噴き上がる保守主義者たち
・終わりに〜求められる成熟〜

自己決定権とは、他人に迷惑をかけない限り、たとえ本人にとって不利益がもたらされようとも、自分のことを自分で決められる権利のことで十八世紀のスコットランド道徳哲学や十九世紀の英国自由哲学主義の「自由」に関する論議において彫琢されてきた概念である。[252]
「自己決定能力の修得が不十分だから自己決定権を制約する」振る舞いは、個人の行為としては(親が子どもをしばるなど)許容されても、政治システムの行為としては(立法行為としては)原則として許容されないということである。[254]
人間の尊厳について、理想的共同体秩序への統一を糧とすることよりも、自由な自己表出の成功を糧とすることを良しとする、先に宣言した価値前提からすれば、社会的法益保護を目的とする性的規制に同意することは、一切不可能である。[262]
刑法が性的同意年齢とする十三歳以上、児童福祉法が児童と規定する十八歳未満の、「青少年」については、性的自己決定権を認め、むしろ青少年が当たり前に性交することを前提にした教育や青少年行政を推し進めるべきである。[268]
すでに述べたように、今日行なわれている売春行為の大半は、「売る女=弱者」「買う男=強者」というイメージからはほど遠く、こうした通念はむしろ、買わない限りセックスができない性的弱者の存在を、覆い隠してしまう。このことは何度強調してもいい。[272]

……以上。コメントは紹介者の希望により略……


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