◇3-3 守秘および情報開示 ◆3-3-1 遺伝医学の分野における開示義務:法的視点から Mary Z. Pelias 1991 Duty to Disclose in Medical Genetics:A Legal Perspective, Am J Med Genet 39:347-354 Abstractの全訳  遺伝医学は、その技術が発展しつつあるだけではなく、それに関する一般的知識も増え続けているという分野である。同時に、遺伝学専門家には、患者・クライエントに対して、最新の研究と最新の診断技術に基づいた情報を伝える義務が生じてきたようにも思われる。この医師の開示義務は、長い時間をかけて法律上でも進化してきた。しかしごく最近では、それまでわからなかった治療上のリスクが、もしも明らかになった場合、以前患者として治療対象だった人に対してもあらたにそのリスクの開示をする義務があると言われるようになってきた。すなわち、遺伝医学者が、親から遺伝したあるいは子どもに遺伝するかも知れない体質について開示する際、現在わかっているものだけでなく将来明らかになるかもしれない情報についても、開示を義務づけられるかもしれないということである。専門家は、患者が知りたいと言ってこなくても、現在わかっている問題だけでなく将来わかってしまうかもしれない問題についても開示する義務がある、と最近の判例でも示されている。率直にかつ余すことなく開示することを義務化してしまうと、発症可能性のある遺伝子を検査する際のカウンセリング方法や、遺伝疾患をもつ未成年者への治療方法にも影響が出てきてしまう。もしも現状のまま、過去の患者への開示をも遺伝学者の義務にしてしまうと、遺伝学者は、今かかえているカウンセリングの守備範囲をも越えて仕事を負うことになるであろう。さらに、遺伝クリニックへ最初に来て以来何年も来ていないような患者に対しても再度連絡をとらなければならないというあらたな負担も生じてくることになるであろう。 ◆3-3-2 遺伝研究における倫理的問題:情報開示とインフォームドコンセント Philip R . Reilly, Mark F. Boshar, Steven H. Holtzman 1997 Ethical issues in Genetic Research: disclosure and informed consent, Nature Genetics, 15 Jan:16-20 訳者による要約  遺伝子診断の技術の向上によってもたらされる遺伝情報は、増大する有害性をもともなっている。健康保険に加入しようとする際の制限や拒否、感情的な苦悩を引き起こすことなどが多く見られる。臨床診断テストを行う側にも、受ける側にも、こうした有害性がかかわってくる。  本稿では、研究をセッティングする上での問題を取り扱う。ここで、研究者は、2つの重要な倫理的問題に直面している。すなわち参加者にリスクに対する十分な教育を保障すること、同時にリスクへの恐れを軽減することである。このような問題が解決されないと、参加者本人を傷つけることになり、研究も遅れることになる。 倫理的問題 1)情報の公開と利用に問題が多々ある。検査結果を親族に伝える権利(義務)はあるのか?治療法が確立していない遺伝性疾患の場合、子どもを調べてもよいのか?保険、雇用、進学の際、情報提供を求められたらどうすればいいのかといった問題もある。 2)最近この問題に対して、議会の専門委員会(1995年下院科学技術委員会報告書)、専門家の諸団体(アメリカ人類遺伝学会)など、様々な団体から勧告文が次々に出されている。 3)これらの団体の勧告は、遺伝診断が時期早尚な段階で臨床応用されると、それは利益をもたらすよりむしろ害になりうるので、見直しが必要だといっている。さらに、これらの団体は、治療方法のないものを伝える必要があるか?、カウンセラーの能力不足、保険、雇用の問題がある、等について懸念を表明している。 4)こういった倫理問題や政策問題をどうにかしなければいけないという意識は高まってきており、議会でも、保険問題、雇用問題を中心に注目しだしている。具体例としては、1995年1年間で、保険のプライバシー関連で6つの法案が提出され、そのうち1つが通過した。州議会もこの流れを追っている。雇用関連では、1995年雇用機会均等委員会が発表したADA法とリンクしたガイドラインがよい例である。 5)遺伝情報にかかわる倫理問題は、研究を行うことにも影響を及ぼし始めている。具体例としては、1992年3月、家系研究の倫理法律問題検討会議の声明が「研究の対象者は、研究によって傷つく可能性があることを予め知るべきである」としている。また1992年、サポートグループが、対象家族に対して、研究参加に伴うリスクを知らせる教育冊子を配布した。 6)保存DNAサンプルの研究使用についての問題が、1994年NIHワークショップの話題となった。採取したとき承諾をとった研究以外の研究にそのサンプルを使ってよいか、どういった場合に承諾を取り直さなければならないか、サンプルから新たな疾患がわかった場合、本人に知らせる義務はあるか、といった問題が議論された。サンプルを匿名で使えばこれらの問題は回避できるが、サンプル提供者が直接利益を得る(病気を知るなど)ことはなくなる。この問題は、1996年夏NHLBIでも議題となった。 情報開示と同意 1)インフォームドコンセントの2つの目的は、 1.対象者に参加・不参加の理性的判断をしてもらうために知識を与えること、 2.リスクを対象者に伝える倫理的義務があることを研究者が十分に認識すること にある。リスクを十分熟知することは、研究者においても、対象者への有害性を最小にし、情報開示を最大にすることにつながる。 2)薬効検査のインフォームドコンセントは、連邦政府が作ったものでは15年前からある。遺伝子検査の場合には、薬効の場合よりも問題がさらに大きく、保険、雇用、さらには家族の人間関係にまで影響を及ぼす。 3)連邦政府が作った規則には情報開示内容が明記されてない。しかし、検査の際、予め伴うリスクを知らせなければ検査してはならない、というのが最近の傾向である。この傾向は連邦規則とも矛盾しない。「情報開示なしには検査もしてはならない」を、一般化するべきである。 4)「情報開示なしには検査もしてはならない」の基準は、OPRR、遺伝プライバシー法にも表れている。 情報開示と同意のためのキーディメンジョン  下記の点を参加者と話し合うべきだし、インフォームドコンセントの書面にも明記するべきである。これらは、IRBの情報開示リストよりも厳しいものだが、IRBリストの情報開示内容の方を厳しくするべきである。 1)研究内容の概略を説明すること:研究計画の全容と被験者の役割とをわかりやすい言葉で説明する。遺伝子検査の場合、説明の中で触れなければならないことは、病歴を尋ねること、一般的な診察を行うこと、そして採血をして家族性疾患の体質を受け継いでいるかを調べるためにDNA解析をすることなどである。 2)研究チームの構成員の所属を明らかにして説明すること。検査にあたる者は研究チームの構成員の所属を明らかにしなければならない。例えば、スポンサーが付いている場合もその旨を被験者の前で明らかにすることが必要である。遺伝研究には一般企業が関わっていることが多く、研究資金面で、あるいはDNA研究そのものに参加したり、将来の研究のためにDNA本体と遺伝情報・被験者の個人情報とを保存するという形で研究に携わっていることがしばしばある。一般企業が研究に関わっている場合、検査を見合わせたいと思う被験者もいる。この点を十分注意して、被験者に参加の意思を決めてもらわなければならない。 3)プライバシーをどのように保護するつもりなのかを明確にすること。検査で得られたデータの秘密を具体的にどう守るのかを被験者に明らかにすることは、研究者にとって当然のことである。だが、研究者だけでなく企業側もプライバシー保護の方針を明らかにするべきである。さもないと、企業がサンプルから得た被験者の個人情報にアクセスして情報を漏らしてしまうのではないか、という被験者の誤解を招くことになる。また、臨床上被験者と関係する情報をいっさい開示しない条件で行われる遺伝子検査もある。しかし被験者の中には、検査に参加した後で、自分の検査結果を知りたくなり、験者に結果の開示を求めてくる場合も考えられる。そういった場合は被験者に対して、企業側にはサンプルを誰から採ったのかという個人情報はいっさい知らされることがありません、と一言伝えることがまず大切である。そう伝えておけば、結果も開示してくれないのに被験者になってしまったことを後悔して、験者に問い合わせてくることを牽制することにもつながる。さらにこの一言で、企業が個人情報を第三者に漏らすのではないかと心配する被験者を安心させることもできる。 4)公文書としての保管:被験者のDNAサンプルから得られたDNA本体や塩基配列情報を公文書館に保管する計画がある場合、その旨被験者に明らかにされなければならない。 5)DNAの使用範囲について:被験者のDNAを当初の目的以外の研究に使用したり、DNA片を匿名あるいは非匿名の形で他の研究者と交換したりするといった予定がある場合、その旨も被験者に開示しなければならない。  1993年OPRR (Office of Protectioin from Research Risks:NIHの「研究リスクからの保護監督事務所」)のIRB(Institutional Review Board:施設内検討委員会)が発表したガイドラインにも、サンプルやデータを当初の目的以外に使用する計画がある場合その旨を被験者に予め開示しておかねばならないと定めてある。同ガイドラインの「当初の目的以外で使用することが予見される場合は、被験者に同意を求めなければならない」と定めてある部分である。1994年のNIHのワークショップで、当初の同意文書の中に当初の目的以外のサンプル使用のことが明記されていない場合は他の研究にも利用してよいか、という議論がなされたが、そのワークショップの声明文の中にも、被験者にはサンプルが将来どのように使われるかを決める権利がある、というくだりがある。この声明文の背景には、当初の目的以外にサンプルを利用する場合は被験者に再度連絡を取ってもう一度同意を求めなければならないという認識がある。より最近のものではアメリカ人類遺伝学会の声明文があるが、これによると公文書館に保管されたサンプルの使用に対する研究者のフレクシビリティはいくらか大きくなっている。  個人遺伝情報保護法(The Genetic Privacy Act)でも、サンプルが他の研究に匿名で使われる場合も被験者本人の同意が必要であると定めてある。また、オレゴン州法はサンプルに関して、本人の同意がない限り研究後の速やかな廃棄を義務づけているため、同州の研究者は同じサンプルを将来研究利用する場合はその旨を明らかにしておかなければならない。ニューヨーク州でも、当初の研究がIRBの承認を受けておりかつサンプルを匿名で利用するもの以外の研究の場合は、研究終了後60日以内の廃棄を義務づける法律が可決された。  被験者には、自分のDNAサンプルが当初の目的以外の研究で将来利用されるのか、そして使われるのなら匿名で使われるのかどうかについて知る権利がある。研究者や参加企業に対してこのような情報の開示を求める個人の権利を尊重しなければならない。被験者が自分のDNAの利用方法を当初の研究だけに限定してくる場合や利用できる範囲を定めてくる場合(例えば家族性疾患の研究のみ、など)もあろう。たとえサンプルや臨床所見のデータを、当初の研究終了後の利用に被験者が同意しなくても、またたとえサンプルを他の目的に利用することに同意しなくても、あるいはサンプルの匿名性を二次的利用の条件に要求してきても、当初の研究の足枷になることはない。 6)商品開発とその利益について:被験者のDNAを分析した結果、特許取得に役立ったり診断法や薬などの開発につながって、研究者や企業が経済的利益を受け、被験者の経済的利益にならない場合があり得ることを、被験者に予め伝えることが必要である。  カリフォルニア州の最高裁判決例(3-4-5を参照)がこれに関連している。判決では、手術中に体から切り離された臓器に対し患者は所有権をもたず、その臓器を使って医療者が後に利益を得てもよい、とされた。しかし、患者は予めその可能性について十分説明を受け、サンプルをそのように利用することに同意するか否かを決めるという、インフォームドコンセントが必要であるとも定められた。  遺伝研究に参加する企業は最終的に研究から経済的利益を生み出そうとするが、他方、被験者は自分が企業の利益に荷担することをおそらく嫌がるであろう。そこで、被験者の自己決定権と利益供与の点を予め開示するという原則とが大切なのである。また利益が生じるとはいえ、非常に多くのサンプルを使って初めて利益につながることを考えると、この情報開示が被験者を減らし研究の足枷になることはないであろう。しかしながら、ヒトゲノムの知的所有権を守るために被験者が自分のサンプルを使って特許をとることに反対したり、特許取得につながるような研究への参加を拒否したりすることが考えられる。しかしこれは被験者の権利であって、権利の行使を妨害してはならない。 7)その他生物学上の微妙な情報について:研究によって、生物学的なしかし微妙な情報(生物学的な父は別であるといった微妙な情報)や、漏れてしまうと被験者やその家族に害がおよびかねないような情報が明らかになることがあることを、予め伝えておく必要がある。  生物学上の父親が他にいることや子ども本人には内緒にしてあった養子関係などが、予期せず明らかになってしまうことは、遺伝学研究では多く起こることではないが、希でもない。OPRR IRBのガイドブックにも「国際的家系研究において、父性や親性の問題が出てくることがある。DNA解析を行うと生物学的な両親が実は別に存在するという情報まで明らかになってしまうことがある。しかし、血液型からも同様な情報がわかりうる。」と記されている。同ガイドブックはさらに、「被験者は次のことを予め知らされていなければならない。まずどのような情報が開示されるのか。そして研究のどの時点でその情報が開示されるのか。また被験者やその家族が本当に知りたくない事実あるいは知って嬉しくない事実がわかる場合があること。被験者個人の情報が家族の他の人に開示されることがあり得るということ」、と続けている。このような問題が起こりうる研究に被験者の参加同意を求めるとき、験者はこれらの問題を常に取り上げなければならないと、我々は考えている。  また、このような情報開示をしてしまうと研究の被験者が減るという議論も臨床の研究者達の間ではなされている。しかし、事前に開示することこそ倫理に沿った行動であり、また、研究所内の研究者間でのデータ分析の混乱を情報開示により避けるためにも特にそう考えるのである。我々が家族性の遺伝研究に使用している同意文書の中にはこの開示問題についても触れられているが、研究参加の妨げにはなっていない。  しかしながら、我々がゲノムマッピング研究を行う過程で、父性が異なるという情報が明らかになりそれを被験者に伝えるかどうかが問題になったこともあった。議論を重ねた結果、この場合情報を開示しないことが当の家族にとって一番の利益であると結論した。研究結果を発表する際も、父性の問題がわからないようにかつ科学的正確さを失わないような形で発表した。雑誌の編集長にその旨を伝えたところ、第三者にも相談してくれて、我々がとった行為が倫理的に正しかったという答えが返ってきた。 8)検査結果とその意味について:遺伝的に深刻な疾患を発症する可能性が高いという情報を被験者に開示すると、現在加入している健康保険を続けることができなくなったり、新たに健康保険・生命保険・損害保険などに加入することができなくなる恐れがあることも、開示する必要がある。  この発症リスクを数値化する研究はあまり行われていないが、これらの問題を取り扱った法律を作る州は増えている。1993年OPRRのIRBのガイドブックでも被験者にこの情報を開示する必要性が強調されている。同ガイドブックは、「開示情報が被験者の被保険資格を失わせるかどうか」について同意文書の中に明記するべきだとしている。他のガイドラインにも、「本人の秘密が守られないという危険がある(保険会社に遺伝子検査の費用を請求する場合など)」ことを被験者に知らせるべきだと定めている。そのガイドラインによると、研究者は被験者個人の情報を守ろうとするが、「現実問題として秘密が守られなくなる場合があること、および情報が思わぬところから漏れる可能性があることを予め被験者に伝えておくべきだ」としている。連邦政府が助成する研究であれば、certificate of confidentialityを使って第三者が検査結果を見ることに制限を加えることも可能であるが、情報が漏れる可能性はゼロではない。また被験者本人も結果を開示されてしまうと、保険加入の際開示された情報に基づいて質問に答える義務が生じるのである。  この情報開示が被験者数を減らし研究の足枷になるという議論がここでもある。しかし、保険の加入資格喪失の問題はアメリカで大きな問題になっていることも誰もが認める事実である。情報を開示しないと研究者側の保険会社に対する責任問題にも発展しかねないほどである。しかし我々は、訴訟問題を回避することを議論の出発点にするべきでないと考える。遺伝情報が被験者の被保険資格を失わせることになりうる、という事実を本人に開示することが、本人を尊重することにつながると我々は考えている。よって、我々は重篤な遺伝疾患について遺伝研究を行う際、同意文書の中にこの問題について明記することを義務づけている。またそうすることによって、被験者が減って研究が遅れたということは聞いていない。むしろ、たとえ被験者の参加が遅れたとしても、それがかえって保険の問題を同意文書に記載するべきだという議論を裏付けするものだと考える。また、IRBからも保険に関する情報開示を義務づけさせるよう要求したい。 その他の新たな問題 1)一般的に子どもは研究対象からはずすべきである。どうしても必要であるなら、保護者あるいは本人のインフォームドコンセントが必要である。 2)現行法(連邦法の規定)下では、遺伝研究は「最小のリスク」(minimal risk)の範疇に入り、インフォームドコンセントは必要がなさそうに思われる。しかし、遺伝研究への参加は「最小のリスク」ではない。よって、IRBのガイドラインよりも厳しい情報開示をするべきである。 3)リサーチが、他国で行われる場合にも、アメリカ政府が支援する研究は、以上の点を遵守するべきである。 結論  以上論点を挙げたが、これによって議論が盛んになることが望まれる。また、研究においては、IRBのガイドラインを守るべきである。守ることで(情報開示することで)、研究対象は減るかもしれないが、インフォームドコンセントの基礎として、情報開示は必要なのである。 ◆3-3-3 匿名性の定義と4つのレベル  [インフォームドコンセントと保存標本の利用]より M. Z. Pelias 1996 Informed Consent and the Use of Archived Tissue Samples, Sallie B. Freeman, Cynthia F. Hintom, Louis J. Elsas, II, Council of Regional Networks for Gnetic Services eds. 1996 Genetic Services : Developing Guidelines for the Public' Health (Proceedinge of a conference held in Washington, D. C. February 16-17, 1996), The Council of Regional Networks for Genetic Services, Emory University of Medicine, Pediatrics / Medical Genetics, pp.152-157 上記論文中の「匿名性の定義と4つのレベル」(Definition of Anonymity,pp.154-155)の訳者による要約  保存標本は「匿名」で利用するべきだというのが研究者間でのコンセンサスとなっている。ここで、「匿名」での利用に関するガイドラインを作成するにあたって、保存標本に関してまず2つの区別をしておく必要がある。まず1つは、すでに集められた標本を利用する場合と、新しく標本を集めて研究利用する場合との区別。2つ目は、標本の提供者が特定できる情報が存在しない匿名標本と、個人情報と標本を分けて保存してある「匿名化」標本との区別である。匿名性の問題でいちばん厄介なのは、標本本体から、個人情報をどのように分離するかであるのに、「匿名」と「匿名化」は、よく混同され、問題をわかりにくくしている。ここで「匿名」で利用すると言ったときには、下記の4つのレベルが考えられる。 (1)匿名性のレベル1:コード化された標本が個人情報から切り離され、単一の研究所内で利用される場合。標本の提供者個人を特定できる情報へのアクセスは制限されている。 (2)匿名性のレベル2:個人情報が単一の研究所、または州の公文書館に保管され、コード化された標本はその他の複数の施設で利用される場合。 (3)匿名性のレベル3:標本が、コードも個人情報も持たない形で複数の施設で利用される場合。 (4)匿名性のレベル4:保管する標本の利用に先立って、あらかじめ個人情報を抹消する場合。  レベル1、レベル2では、個人を特定できるので、標本の提供者にとって有用な新たな遺伝情報を本人に提供することができる。他方、レベル3、レベル4では、個人情報と標本とは不可溯的に分離されているので、標本提供者が新たな遺伝情報を自分のライフプランに役立てたいと願っても、それはできないことになる。この保存標本の提供後の利用法には、新生児スクリーニングにおけるインフォームドコンセントの内容とのかかわりが指摘できる。その親を最大限に尊重するために今回のスクリーニングの目的以外に、提供された標本が今後利用されうることを説明しなければならない。親は、標本のコード化利用に同意する場合もあれば、完全な匿名性による利用にのみ同意する場合もありうる。前者の場合、いつの日か新たな知見による情報を受けることを選択できるが、後者の場合、それができないことを験者は説明しておかなければならない。いずれにせよ、標本利用の全面的同意を親から得ることは困難である。それでも、遺伝について、あるいは今後の研究方向についての説明が明確に注意深くなされれば、さらに、標本の提供後の利用について十分な情報を伝えれば、親は、理性的に理解した上での決定を行うことができる。 ◆3-3-4 遺伝的リスクの高い血縁者への情報開示 [新しい遺伝学の倫理的・法的意味:議論されるべき問題]より Dorothy C. Wertz 1992 Ethical and Legal Implications of the New Genetics : Issues for Discussion, Social Science of Medicine 35-4:495-505 上記論文中の「遺伝的リスクの高い血縁者への情報開示」(Disclosure to Relatives at Genetic Risk, pp.499-500)の全訳  西洋社会での医師・患者関係は、カトリックの告解の場合と同様に、個人情報をもらさないことが伝統的に義務づけられている。しかしながら、第三者に対する深刻な危害が予想される場合、守秘義務がくつがえされることがある。公衆衛生局(NIH)が、医師に対して伝染病の報告を義務づけているのはこれに該当する。性病や(徐々に)HIV感染症も報告の対象とされている。そして報告を受けた公衆衛生局は、感染の恐れがある人に対して警告を発する(あるいは発することになっている)のである。  遺伝疾患は、他人、この場合には子どもに伝わる、という点で伝染病と似ている。しかし、伝わるといってもすぐにではないところが伝染病と異なる点である。そこで、遺伝性疾患を公衆衛生上のリスクとみなすかどうか、例えば梅毒検査と同じように、結婚前の検査を政府が義務づけるべきかどうかについても議論の余地がある。キプロスでは、事前にサラセミアの遺伝子検査をしておかないと、ギリシャ正教会が結婚式をさせてくれない。アメリカでも、ユダヤ教のラビがテイサックス病の遺伝子検査を義務づけている場合がある。配偶者あるいは配偶者になる人に遺伝子検査を行ったり、またはその人に自分の遺伝情報を開示したりすることに関して論点になる倫理問題は、配偶者は生まれてくる子どもの健康に対して利害関係を持っているから、パートナーの遺伝情報についても知る権利がある、といえるかという点にある。  個人情報の開示には賛否両論があるが、もしも血族内に遺伝性疾患を発症するリスクの高い人がいる場合、あるいは遺伝性疾患をもった子どもが生まれるリスクがある人が血族内にいる場合、話しはさらに複雑になる。時には、ハイリスクの本人が親族に開示することを嫌がり、説得にまったく応じないことがある。この場合、医師は個人の秘密を守る義務と、第三者に危害の警告を伝える義務との間で板挟みになってしまう。この問題は活発に議論されているが、合意には至っていない。我々が行った調査によると、ハンチントン病の場合、遺伝学者の32%は患者個人の秘密を守ると答え、34%が親族には尋ねられれば開示すると答え、24%は尋ねられなくても開示すると答え、10%は患者の担当医に判断を委ねると答えている。疾患を血友病Aとしても結果は似たようなものだった。遺伝学者の中には、遺伝学において、本当の患者は、個人ではなく家族だ、という人もいる。遺伝子は家族に共有されているため、家族はお互いに遺伝情報を開示し合い、研究に細胞サンプルを提供しなければならないという道徳的義務があるというわけである。遺伝学の倫理問題研究で指標となるものの中に大統領委員会があるが、そこではさらに一歩進んで、医師が個人の遺伝情報を本人の意思に反して親族に開示することを認めている。ただし、医師が守秘義務を免れるのには、次の4つの基準を満たす必要があるとしている。すなわち、 (1)患者本人から自発的に開示するようにという説得がすべて失敗したとき(all attempts to persuade the patient to disclose voluntarily have failed) (2)開示しないと被る危害が大きい場合(there is a high risk of harm from nondisclosure) (3)その危害は重篤だが、情報を開示すれば緩和される場合(the harm would be serious and the information would be used to prevent or mitigate the harm) (4)親族の遺伝問題に直結する情報のみを開示する場合(only information directly relevant to the relatives' genetic status would be disclosed) という条件を満たしたときである。また、大統領委員会やその他の専門委員会も、親族に対して開示することを医師に法律的に認めてはいるものの、義務づけてはいない。ハイリスクの親族の居場所がわからない場合もあり、仮に法的な義務にしてしまうと、医師に不当な負担を課すことになるからである。しかし、遺伝性疾患による危害の場合は、医師に開示する法的義務を課すべきだ、という議論も成り立つ。Tarasoff vs Reegents of University of Californiaの裁判例がそのもっとも説得力のある前例だろう。裁判になったのは、精神科の患者が治療の間、自分は元ガールフレンドを殺す気でいると発言していたのにもかかわらず、医師は元ガールフレンドに警告を発せず、患者は後に殺人を実行したという事件だが、判決ではその医師の責任が認められた。遺伝性疾患を持った患者の親族が担当医を相手取って訴えることが仮にあったとしたら、そのときはTarasoff判決が前例になるだろう。このような場合、親族への開示が本人に与えた損害を訴追金額として算出することが難しいため、患者自身が医師を相手に守秘義務に違反したと訴えることは少ないといえる。もっとも、1985年から1986に行われた最近の調査では、遺伝カウンセラーおよび遺伝学者は親族への開示に反対する傾向が強い、という結果が出ている。  親族への開示という点で他に問題になることは、(法律上の)未成年者に対して、年を経てからでなければ発症しない遺伝性疾患について検査を行うべきか、という問題である。現在のところ、アメリカおよびカナダの遺伝学者は、未成年に対する成人病の遺伝子検査は、たとえ両親と本人から要請があっても行わないという場合が大半である。検査から得られる利益よりも、検査から受ける害の方が大きいからである。(未成年者が妊娠中だったり、妊娠する可能性がある場合は例外だろう。)また、その利益がどんなに小さくても、子どもの時に検査を受けることが医学的に利益があるという疾患(例えば、発症は成人してからだが、高血圧や脳卒中を起こす多発性嚢胞腎)と、検査をしても、それが人生設計に役立つかリプロダクション(家族計画)に役立つこと以外にメリットがないという疾患(例えばハンチントン病など)とを、はっきり区別しておく必要がある。  またこれらに絡んで、親自身の遺伝情報は開示せずに胎児だけに遺伝子検査を行ってもよいかという問題もある。例えばハンチントン病の疑いが高い親が、自分の遺伝情報を知るのは希望せずに、胎児の検査だけをしたがる場合がそれにあたる。仮にその検査で胎児のハンチントン病の発症の可能性が50%だとわかった場合、生まれた子どもにとってみれば同意なしに検査を受けさせられたという状況が生じてしまう。そして親がその後発症した場合、子どもにしてみれば頼んでもいないのに自分の将来の病状を親から見せつけられるという状況が起きるのである。ここで問わねばならない倫理問題は、このような状況が子どもにとって公平といえるかどうか、そして医師は出生前検査を断るべきだったのか、という点である。 ◆3-3-5 同意、守秘、そして研究 Veatch, Robert M. 1997 Consent, Confidentiality and Research, The New England Journal of Medicine, 336:869-870(Editorials) 上記論文(3-1-5:家族性腫瘍ポリープに対する商業ベースのAPC遺伝子検査の利用とその解釈、へのコメント)の全訳  家族性腺腫ポリープ症の発症しやすさを調べる遺伝子検査は、その疾患を持つ患者の親族にとって相当な重要性を有する。なぜならば、結腸腺腫ポリープ症(APC)遺伝子の突然変異は、もしそれが存在するのならば、決まって結腸がんを引き起こすからである。本誌のこの号で、Giardiello とその同僚たちは、内科医たちがどのようにAPC突然変異の検査を用い、解釈するかを報告している。 Giardielloたちは、検査前に遺伝学上の助言を受けたり同意書を与えた患者がほとんどいないことを発見した。もし他の遺伝子検査を内科医たちが同様に誤用するならば、これらの発見は重要である。しかし、その研究自体も、医学的研究における同意と守秘confidencialityに関する問題を提起している。この問題は、もはやこの研究だけのものではない。明確な同意なしに患者の記録を研究に用いるのに類似した行為は広く見られるものなのである。  Giardiello とその同僚たちには、他の内科医が命じた遺伝子検査の結果を入手する正当な権利があったのであろうか。患者の同意なしに医学的な記録を入手する権利を研究者に与えるのは一般的なことであるが、カルテには、患者をがんに罹りやすくする遺伝子の検査結果を含む非常に微妙な情報さえ記載されうる。間違った使い方をされると、この情報は患者の被保険資格、雇用、そして家族関係にまで影響することになる。このため、連邦の法規では、そのような場合は学会の審査委員会が「被験者のプライバシーを守り、データの守秘confidencialityを保つための適切な規定がある」ことを確認する必要があるとされている。  それでも、同意の問題は複雑になりうる。Giardiello とその同僚たちが行ったような研究においては、誰が本当の対象者であるのか。調査対象の臨床医は、同意なしに被験者にされたのであろうか。これらの内科医は電話でインタビューを受けたのだが、われわれには、その電話が彼らの実務について厄介なことを発見するかもしれない調査プロジェクトの一部であると、彼らが知らされていたかどうかはわからない。あるいは彼らは、この電話インタビューは研究室での作業の単なるフォローアップだと信じ込まされていたのかもしれない。インタビューは調査の中でも、学会の審査委員会の審査を免除される範疇に属する。しかし、この免除は常に正当化されるのであろうか。臨床医たちは、この調査への協力を拒否することができたのか。もしできたのだとしたら、彼らは協力を要請されるべきではなかったか。同意の重要な要素のひとつは、その研究の目的が何なのかを知ることである。対象者の中には、その研究に協力することで負うリスクというより、むしろその研究の目的に反対であるがために、協力を拒否する者もいるかもしれない。患者の中に調査対象になることを拒絶する者がいたかもしれないように、臨床医の中にも研究対象となることを拒否する者がいたかもしれないのである。患者による同意の欠如に焦点をあてた研究が、臨床医の同意が十分であるかどうかについての問題を喚起するとは、印象深いことである。  通常、多くの人々は、同意なしに臨床試験やインタビューを受けたり、診療記録を調べられたりすることに反対しないが、これらの調査は問題をはらんでいることもある。明確な同意を必要としないというやり方が一般的であると、患者やその他の対象者が同意なしの参加を拒否するという特殊な場合に、問題が起こる。明確な同意が要求されない「擬制同意(constructed consent)」は、もっともな反対がありうる医療行為や調査を行う際にとられる方法である。観察やインタビューによって得られたデータや、記録、標本に基づく調査を行う際に「擬制同意」を得るには、学会の審査委員会によって、提示された手順に一般の人は誰も反対しないであろうと認定されることが必要である。患者の明確な同意なしに記録が研究に使用される際は、審査委員会は、記録が研究対象になる患者が反対しないであろうことを示さなければならない。そして、臨床医を研究するという提案については、審査委員会は、それらの医師たちが研究の目的に反対せず、同意を与えずに研究に貢献することに反対しないであろうことを認定しなければならないのである。  「擬制同意」の使用は、APC 遺伝子検査のような医療行為にも必要かもしれない。そうなると、臨床医は、患者が明確に同意したりしなかったりするもっともな理由があるかどうかを判断するという負担を負わされることになる。もしそうなら、臨床医は明確な同意を得るか、同意が得られると想定できるとの認定の申請を、適切な組織(学会の審査委員会や学会の倫理委員会のような)にしなければならなくなる。  では、委員会はどのようにして、一般の人は誰も明確な同意の放棄に反対しないと認定するのだろうか。彼らは一方的に知らされていない側を代弁する決定をするかもしれない。しかしこれは危険である。なぜならわれわれは、委員会のメンバーが患者のように考えると想定することはできないからである。とくに、学会の審査委員会のメンバーの多くもまた、調査に関わっているのだから。より直接的な方法は、潜在的対象者に反対するつもりかどうかをたずねることである。では、どうすればこれが可能になるか。ひとつには、委員会が研究対象となる母集団からサンプルを抽出し、彼らに手順を説明し、明確な同意なしに対象となってもよいと思うかどうかをたずねるという方法がある。もしよいと思うなら、この母集団全体から同意が得られたと推定することができる。少なくとも一度は、この方法を使って同意を擬制しようとする試みが、過去に記録されている。  この方法を使うには、サンプルの何パーセントが、明確な同意なしに研究に協力することを承認しなければならないかを定める必要がある。標準的な承認のレベルというものはないが、サンプルの95パーセント・レベルなら十分であろう。これだけの割合の人から承認が得られれば、実際に研究のために選ばれている対象者が同意は不必要という考えに賛成したかもしれないと信じることも正当化できるのである。  Giardiello とその同僚に調べられた医師たちは、明確な同意を与えずに研究に協力することを承認しただろうか。実際にデータを集めなければなんともいえないが、この研究が提起した問題は微妙で、反対した人もいたのではないかと人に思わせるのに十分である。わたしは、Giardiello とその同僚を選び出して批判するためにコメントしたのではない。守秘confidencialityと同意の問題は、承認され、よく考慮された多くの臨床研究について提起され得るものだ。しかし、これらの問題には、これまで以上に研究者のコミュニティ全体がよリ綿密な分析をすべきなのである。 ◇3-4 その他 ◆3-4-1 予知の倫理学:遺伝的リスクと医師−患者関係 Juengst, Eric T. 1995 The Ethics of Prediction : Genetic Risk and the Physician-Patient Relationship, Genome Science & Technology 1-1:21-36 Abstractの全訳と前文の訳 Abstract  ヒトゲノムの組織的なマップを作り、DNA配列の技術を向上させようとする世界的な試みは、実用的産物をもたらす第一の波となった。個々の患者の特定の疾患リスクを予知する、新しい道具の登場である。臨床的疾患に関係する突然変異遺伝子のDNAベースの検査により、臨床医は、発症前に疾患のプロセスと健康上のリスクを見つけ、時には可能な予防策も講じられるようになりつつある。医学的診断におけるこの予知力の増大にともない、健康についての重大な方針上の問題が、専門的、社会的レベル双方に提起されることとなった。まず専門的レベルでは、健康上のリスクをDNAベースで評価する上で、守秘(confidenciality)、インフォームドコンセント、非指示的カウンセリングなどの伝統的な倫理的約束事に問題がかかわってきた。次に社会的レベルでは、検査の利用方法について関係機関や政府の方針を明確にするように求められている。臨床の場以外での遺伝リスクの個人情報の公正な利用を定義するよう要求されているのである。これらすべての根本的な問題は、我々がDNAベースの診断上の結果の意味をどう解釈するかという、基本的な問いでもある。 前文  医学は常に、ある徴候を解釈し、患者の将来のプランを手助けすることに貢献してきた。この点で、臨床医は、予言者、占い師となりうる職業的危険性を有している。人々は、それが悪名高いやぶ医者であっても、その予言を重く受けとめてしまう。この不正確な予知は単に技術的制約がもたらすものであることが多い。実験室のテスト結果、バロメータの読みとり、パルムラインの長さは、いつも正確であるとは限らず、今後起こることの信頼できる指標とはなり得ないことも当然ある。この間違った解釈に基づいた予知は、同時にいかにももっともらしく見えるので医学の専門家にとっても患者にとっても危険なものとなりうる。  専門家が予知的徴候をどのように患者に伝えるべきかは、実はそのサービスの本質にかかわることである。気象学者は依頼人のまわりに起こる状況を予知するが、依頼人がその環境をどうのり切るかについては言及しない。一方、占い師は依頼人が将来経験することを予言するよう求められる。医学的予知は、その両者の間あたりに位置している。しかしその予知力が大きくなるにつれ、医学の専門家は、自分達の位置を定める必要にせまられている。  個々の患者の健康についての正確で信頼できる長期的予知はなかなかできないといってよい。こうした確実性を約束できるような動かしようのない生物的プロセスの確かな徴候を見つける技術は、さらに限られている。予後を見通す力は主に遺伝的に決定された状況によって限定され、その原因となる突然変異を見つける能力によっても制限を受ける。しかしながら、この医学的問題の一部分(部分集合)が急速に大きくなっているのである。世界的なヒトゲノムのマッピングと配列への試みにより、DNAベースの健康上のリスク評価はますますその範囲を広げつつある。ここにおいて、長期的な医学的予知を必要とする解釈上の問題が重大な専門的政策的問題となるのである。(以下は本論文の章ごとの内容の紹介のため略) ◆3-4-2 臨床遺伝学サービスのミニマムガイドライン Great Lakes Regional Genetic Group, Evaluation of Clinical Services Subcommittee 1993 Minimum Guidelines for the Delivery of Clinical Genetics Services, Am J Hum Genet 53:287-289 訳者による要約。ただし、ガイドラインの各項目は全訳  医師や提供されるケアの規制や評価は一般団体や政府(連邦政府はメディケアの支払い請求を通して評価している。Tokarski 1989)によってすでになされているが、救急医療の質の評価、臨床遺伝学、遺伝子カウンセラー、臨床遺伝学センターの評価は行われていない(カナダのオンタリオの医師の評価事業は例外的に進んでいる。McAuley and Henderson 1984 ; Davis et al. 1990)この書簡では、その臨床遺伝学サービスの評価のためのミニマムガイドラインを紹介したい。  このガイドラインは、現在行っているグレートレイク地区遺伝学グループ(Great Lakes Regional Genetic Group)の臨床サービス評価小委員会(Evaluation of Clinical Services Subcommittee)の作業で開発されたもので、「臨床遺伝学サービスのミニマムガイドライン」("Minimum Guidelines for the Delivery of Clinical Genetics Services")として、同地域でのサービス評価に使用されている。  このガイドラインをここで紹介する目的は、臨床遺伝学サービスの評価の必要性について広く議論を起こし、全国レベルの基準の作成への道をつくることである。このガイドラインに対するコメントを期待するとともに、読者の知恵を求めたい。  臨床遺伝学のサービスを提供している主体を、本稿では「臨床遺伝学ユニット」(clinical genetics unit)、あるいは単に「ユニット」(unit)と呼ぶことにする。よって、これが学校、私的団体、事務所、代理店を指すこともあれば、その中の一部門を指すことや、部門の中の一つのセクション、あるいはセクションの中の小グループを指すこともある。さらに特記しておくが、当小委員会が作った下記のガイドラインはあくまで臨床遺伝学の実践において一般的に推薦したい内容であって、これを満たしたからと言って、必ずしも質のよいケアにつながるとは限らず、患者・家族との前向きな関係やよい結果を保証するものではない。  下記のガイドラインは、臨床遺伝学のサービスを提供するあらゆる遺伝学ユニットが満たさねばならないものであると考える。 1)アメリカ遺伝医学評議会(American Board of Medical Genetics)から、認証を受けているかあるいは資格を認められた医師(M.D.)、歯科医(D.D.S.)、臨床遺伝学あるいは遺伝医学の博士(Ph.D.)が、臨床遺伝学ユニットの責任者でなければならない。さらに、ユニットのスタッフが、直接患者のケアや診断・カウンセリングに携わる場合、その少なくとも半数が評議会から認証されるか、資格を認められていなければならない。 2)臨床遺伝学ユニットが患者・家族に行ったあらゆる診断、カウンセリングセッション、検査は、すべて記録として残されなければならない。さらに、ほとんどの場合、その記録は関係する医師、開業医、関係機関、その他関係者に送られなければならない。送る時期も時宜を得たものでなければならない。 3)開示した情報やすでに行ったカウンセリング内容を再確認するフォローアップの手紙を、遺伝子診断・カウンセリングを受けた当の患者・家族に送らねばならない。その手紙は本人にわかるようにわかりやすく書かれていなければならず、発送も合理的な時期になされなければならない。 4)患者に関する情報・記録はすべて、常に安全な場所に保管し、業務時間以外は施錠して保管しなければならない。コンピューターでデータ管理をする場合、許可された人だけがアクセスできるようにしなければならない。 5)医学上の情報や記録は、家族や両親・保護者からの許可を書面でもらってからでなければ、公開してはならない。 6)患者・家族に対してサービスを提供するたびに、その患者・家族に関するユニットの記録を更新しなければならない。記録更新に関する基準は、書面に明記されていなければならず、またカルテの欠陥や問題が、患者・家族の診察やフォローアップの際に見つかったら、すぐに訂正されなければならない。 7)ユニットの諸活動について話し合ったり、ユニット内の問題を解決するために、毎月あるいは隔月にユニットでミーティングを開かねばならない。 8)遺伝学ユニットのサービスの提供は、年齢、性別、人種、肌の色、宗教、国籍によって妨げられてはならない。 9)患者・家族の検査・診断・カウンセリングのために、十分で適切な場所を用意するべきである。 10)患者やスタッフからの苦情に対応できる制度がなければならない。さらに、毎月あるいは隔月に行われるユニットのミーティングでその苦情を取り上げ、苦情に対して適当な判断が下されなければならない。 11)患者に対して行った診断・検査に関して十分なフォローアップを保障するような機構が存在しなければならない。  さらに、下記の補足的なガイドラインも、各臨床遺伝学ユニットに勧めたいものである。 1)患者の記録・X線写真は、永久保存されるべきである。 2)診察・カウンセリングセッション中に知り得た、患者・家族のプライバシーは厳格に保護されなければならない。 3)患者のフォローアップ診断をするのに必要な情報紹介制度が、通常の診察の場や救急の場においても、確立していなければならない。また、臨床遺伝学ユニットは、患者・家族に対しては、診断結果や検査結果を参照するのに必要な、地域・全国レベルのネットワークを確認、提供しなければならない。 4)各臨床遺伝学ユニットの検査室は、認定を受けた検査室であるか、あるいは国・州または郡レベルでの正式なクオリティーコントロール査定を受けたものでなければならない。 5)各ユニットは患者・家族との記録の最小構成要素を決めておかなければならない。 6)症例経歴および患者関連の問題について話し合う定期的なケースカンファレンスが開かれなければならない。 7)ユニットスタッフの適切な継続教育の場を用意し、教育を行わねばならない。 8)ユニット内のすべての部所において、職務の内容が書面で明らかにされており、スタッフの評価も最低年に一回は行われなければならない。各スタッフの評価は本人とのみ行われるべきである。 9)患者から検査や評価についての問い合わせが業務時間終了後にあってもよいように、それに対応できる機構を備えておくべきである。 10)臨床遺伝学ユニットのサービスの提供は、患者の支払い能力がないことを理由に妨げられてはならない。 ◆3-4-3 遺伝子スクリーニングが満たすべき原則:各専門団体が見解として発表している合意点 [遺伝診断技術の臨床適用のための国家政策の開発:嚢胞性繊維症からの教訓]より Bebjamin S. Wilfond, Kathleen Nolan 1993 National Policy development for the Clinical Application of Genetic Diagnostic Technologies : Lessons From Cystic Fibrosis, JAMA 270:2948-2954 上記論文中の「表1.遺伝子スクリーニングが満たすべき原則:各専門団体が見解として発表している合意点」(Principles for Genetic Screening: Areas of Consensus, p.2949)の全訳 表1:「遺伝子スクリーニングが満たすべき原則:各専門団体が見解として発表している合意点」 項目 principles ヘイスティングセンター The Hasting Center 全米科学学術会議 National Academy of Science 大統領委員会 President's Commission スクリーニングの目標にするべきこと ・遺伝性疾患を持つ患者の健康の増進に寄与すること ・生殖問題の決断のために情報提供すること   ・ハイリスクの家族の心配を軽減すること ・遺伝性疾患を持つ患者の健康の増進に寄与すること ・生殖問題の決断のために情報提供すること  ・個人が持つ遺伝性疾患を列挙すること ・生殖問題の決断および個人の決断のために必要な情報を提供すること スクリーニングでその目標が達成できるか、という問題について ・明確な目標を立てるべき ・実験的な調査研究を行って達成できる目標を設定する(達成できないのであればスクリーニングは中止) ・明確な目標を立てるべき ・実験的な調査研究を行って達成できる目標を設定する ・スクリーニング計画の規格化 ・実験的な調査研究を行って達成できる目標を設定する  スクリーニングへの一般の人のかかわりについて ・共同体が、教育の面で参加するのを歓迎 ・一般の人の参加を歓迎 ・共同体が医療面で参加するのを歓迎 ・共同体が医療面で参加するのを歓迎 スクリーニングサービスの利用について ・あらゆる人に対して情報およびスクリーニングの門戸を開放 ・ハイリスクの人には優先的に提供する ・ハイリスクの人には優先的に提供する ・ハイリスクの人には優先的に提供する 検査のあるべき姿について ・誤解を防ぐためにも正確な情報を伝えるものであること ・正確さ、有効性、感度、特異性が許容範囲内であること ・正確さ、有効性、感度、特異性が許容範囲内であること サービスを受ける際の強制の有無について ・検査を自発的なものに限ること ・産む産まないの強制がないこと ・検査を自発的なものに限ること ・検査を自発的なものに限ること(ただし新生児の場合で、スクリーニングをしないことがかなりの大きなデメリットにつながる場合、あるいは自発性に基づく制度がなかった場合、強制的にスクリーニングを行う) インフォームドコンセントについて ・患者の明確な同意が必要 ・検査に先立って患者はリスクとメリットについて知る必要がある ・同意をとる手順の有効性について継続的な評価を行うべき ・患者の明確な同意が必要 ・検査に先立って患者はリスクとメリットについて知る必要がある ・患者の明確な同意が必要 対象者の保護の為の禁止事項について ・人体実験としてのスクリーニングの禁止 ・人体実験としてのスクリーニングの禁止 ・試験的な調査なしでスクリーニングを行うことの禁止 結果の開示について ・すべてを開示する ・すべてを開示する ・すべてを開示する カウンセリングについて ・非指示的であるべき ・明確な資格を設定するべき ・患者の理解度と、情報が患者に及ぼす影響とについて、継続的に評価すること ・明確な資格を設定するべき ・非指示的であるべき ・明確な資格を設定するべき ・患者の理解度と、情報が患者に及ぼす影響とについて、継続的に評価すること プライバシーの保護について ・スクリーニングを受けた個人だけに告知する ・スクリーニングを受けた個人だけに告知する ・スクリーニングを受けた個人だけに告知する 検査施設について ・特に条件なし ・地域ごとに専門機関を設け、クオリティコントロールを行う ・地域ごとに専門機関を設け、クオリティコントロールを行う ◆3-4-4 遺伝学は特別か? [一般的疾患(Common Diseases)の遺伝学]より Department of Health 1995 The Genetics of Common Diseases. A Second Report to the NHS Central Research and Development Committee on the new genetics, UK 上記報告書中の2. 遺伝学の進歩における意味(Implications of Progress in Genetics)の g)倫理学(Ethics)の「遺伝学は特別か?」(Is genetics different? p.16)の全訳  この報告書の中で論じられている問題をいくつか見ていくと、この報告書がまるで遺伝学を、他の生物学・医学分野とは、どこか異なっているもののように取り扱っているのではないかと、容易に気づくであろう。しかしむしろ、この疑問は、正面から取り上げる価値があるものなのである。まず、「遺伝学は、神経科学(neuroscience)といったような急速に進歩しつつある他の分野とは基本的に異なっている。だから研究資源の配分(resource allocation)などの点で、遺伝学は特別扱いされるべきだ」と、そう我々は信じているのか。また、「遺伝学でのリスクアセスメントは、環境への危害(environmental hazards)のリスクアセスメントといくらかでも異なっているのか」という疑問がある。  下記の理由を考慮すると、これらの疑問に対し「その通り」と答えてよいと我々は信じている。 ・遺伝学の場合、専門家に助言なり援助なりを初めに求めてきた1個人(プロバンド(the proband))を相手にするだけでなく、その人の家系全体を対象として、その家系の過去から、そしてもしかすると将来の世代までを巻き込むことになりかねない。遺伝学は、長期的な影響を与えるものなのである。 ・遺伝学は、予言的な力(predictive power)を持っている。現在他の方法ではとらえることのできないような問題をも予知することができるのだ。すなわち、「表現型が健康でも、遺伝型が異常」(the sick genotype in a healthy phenotype)という場合の問題である。  次の各点には、ことに注意を払う必要があると強調したい。 ・遺伝研究の評価(evaluating genetic studies)に関して、研究倫理委員会(Research Ethics Committees)が取り上げた特定の問題 ・インフォームドコンセントの定義の複雑さ、およびインフォームドコンセントを得る過程の難しさ ・資源(resources)が僅かなときのプライオリティーを設定する方法 ・情報の所有権 ・健康で症状が出ていない個人(healthy, asymptomatic individual)に、病気のレッテルを張ってしまう危険性 ◆3-4-5 ムーア対カリフォルニア大学理事会 [人体組織サンプルにかかわる倫理的法的問題]より Nuffuild Council on Bioethics 1995 Human Tissue Ethical and Legal Issues, pp. 139-140 上記報告書中ののAppendix 1(p.139-140)「資料. ムーア対カリフォルニア大学理事会」(Moore v Regents of the University of California 1990, 793 P 2d 479)の全訳 1. この予審に対するカリフォルニア州最高裁判所の判決は1990年になされた。パネリ判事は、判決の中で以下のように事実を要約した。  ムーアが最初にカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターを訪れたのは、1976年10月5日のことである。毛様細胞白血病にかかっていると知らされた直後のことであった。ムーアを入院させ、「大量の血液、骨髄吸引液とその他の身体物質を採取し」た後、ゴールドはその診断を確認した。この時点で、ゴールドを含む被告のすべてが「ある種の血液産物や血液構成物質は、いくつもの商業的、科学的試みにとって非常に価値がある」ことに気づいており、そういった患者に近づくことができることで、「他者との競争に役立つ、商業的、科学的な利益」を得ることができることがわかっていた。  1976年10月8日、ゴールドはムーアにひ臓の摘出を勧めた。ゴールドはムーアに「あなたの生命は危険にさらされており、提案したひ臓摘出手術は......病気の進行を遅らせるのに必要です」と伝えた。ゴールドの陳述によれば、ムーアはひ臓摘出手術に同意する文書に署名したという。  手術前に、ゴールドとクゥアンは「意図的に、摘出後の[ムーアの]ひ臓の一部を入手し」、別の研究室に届けるよう「手配した」。ゴールドは1976年10月18日と19日に、この趣旨の指示書を与えている。この調査行為は「[ムーアの]治療とはなんの関係も......なく意図されたものであった」。しかし、ゴールドもクゥアンも、この調査を行うという自分たちの計画をムーアに知らせようとしなったし、許可を求めようともしなかった。カリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターの外科医たちが―原告は彼らを被告として名を挙げてはいないが―1976年10月20日にムーアのひ臓を摘出した。  1976年11月から1983年9月までのあいだに、ムーアは何度かカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターに戻って来ている。彼はゴールドの指示によりそうしたのであって、陳述によると「そういった来院は必要でしたし、彼の健康と幸福のために不可欠でした。そしてそれは、医師と患者の関係に本来備わった信頼に基づくものだったったのです」。来院のたびに、ゴールドは「血液、血清、皮膚、骨髄吸引液と精液」のさらなるサンプルをとった。毎回ムーアはシアトルの自宅からカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターまで出向いていたが、その措置がそこで、ゴールドの指示のもとで行われるべきだと告げられていたからである。  「[しかし]実は、ムーアがゴールドの治療を受けている期間に、被告たちは[ムーアには]秘密にされていた行為に積極的に携わっていたのである。......具体的には、被告たちはムーアの細胞で研究を行っており、[その細胞を]利用し、[ゴールドのいう]継続する医師と患者の関係に基づく独占的な[細胞との]接触を利用することで、金銭的にも他者との競争のうえでも利益を得ることを目論んでいたのである......」。  1979年8月のどこかの時点で、ゴールドはムーアのTリンパ球から細胞株を樹立(established)した。1981年1月30日、理事会はゴールドとクゥアンを開発者として、その細胞株の特許を申請した。「既定の方針に基づき......理事会とゴールドとクゥアンは......この特許から生じた......すべての使用料や利益を分かつことになった」。1984年3月20日、この特許は許諾され、ゴールドとクゥアンはこの細胞株の開発者として、理事会はこの特許の受託者として登録された(米国特許番号4,438,032 [1984年3月20日]。)  この理事会の特許は、また、リンフォカイン製造のための細胞株のさまざまな使用法をカバーするものである。ムーアは申立ての中で「個々のリンフォカインの臨床的な潜在価値の本当のところは......予測が難しい[が]......関係分野で競争を繰り広げている企業がバイオテクノロジー産業の定期刊行物に公表した報告書によると、[それらのリンフォカイン]全種の潜在的市場は1990年にはおよそ30億1000万ドルになると予測されている......」。  理事会の支援を受け、ゴールドはその細胞株 とそれから得られる製品の商業的開発のために合意書を交した。ジェネティック・インスティテュート社との合意では、ゴールドは「有償の顧問となり」、そのうえ「7万5000株の普通株式を保有する権利を得た」。ジェネティック・インスティテュート社はさらに、その細胞株とそれから得られる製品についての資料と研究結果を独占的に入手する......のと引き換えに、「[ゴールドの]給料の一定割合の株式と諸手当を含む少なくとも33万ドルを3年間にわたって」ゴールドと理事会に支払うことに同意した。1982年6月4日、サントスが「その合意に加わり」、ゴールドと理事会に支払われる報酬は11万ドル引き上げられた。「この期間に......クゥアンは理事会のために」その細胞株に関する「研究に職務時間の70[パーセント]を費やした」。 2. 当初ムーアは1984年に、ゴールド、クゥアン、カリフォルニア大学理事会、サントス、およびジェネティック・インスティテュート社を相手どり、カリフォルニア州高等裁判所に訴訟を起こした。ムーアは、横領[他者の所有物への不当な干渉]とインフォームドコンセントの欠如が訴えの理由であると申し立てた。この訴訟は、高等裁判所から控訴院へ送られ、その後最高裁へ送られた。最高裁の過半数は、ムーアにその体から取り出された細胞の所有権はないとしたが、ムーアのインフォームドコンセントを得る義務と患者ムーアに誠実であるべき義務の遂行を医師たちが怠っていたか否かという点について下級裁判所に差し戻した。その後この訴訟は、裁判外で決着がついた。 訳者注: 「」および[]の使い方は原文のまま ◆3-4-6 オランダ保健審議会の報告書:人体組織の適切な使用 [人体組織サンプルにかかわる倫理的法的問題]より Nuffuild Council on Bioethics 1995 Human Tissue Ethical and Legal Issues, pp. 139-140 上記報告書中のAppendix 2(p.141-143)「資料. オランダ保健審議会の報告書:人体組織の適切な使用」(The report of the Health Council of the Netherlands : Proper use of human tissue )の全訳 1. 人体組織の適切な使用に関するオランダ保健審議会の報告書は「人体組織のさらなる使用において遵守されるべきいくつかの原則を示した。 1)意図的な使用は、その目的が人の健康を促進することである限りにおいて、道徳的に受容できるものであるべきである。 2)人体組織はつねに最大の配慮をもって使用されるべきである。 3)患者と医師の関係は、人体素材の使用によって害されるべきでない。患者は自分自身に必要なものが最優先されるということを知らされ、安心していられなければならない。医師は人体組織の保存と使用について隠しごとをしてはならず、それについて十分に説明しなければならない。 4)たとえその理由がよいものであっても、人は自分からとられた素材の使用に協力することを強要され得ない。 5)さらなる使用に体の一部が使われる人のプライバシーは、尊重され、保護されなければならない。 6)審議会は、献体などの非商業目的の場合に適用される原則を支持し、この原則を人体組織の収集一般にまで拡げた。このような素材は、(患者、提供者、医師、病院の)誰によってであっても、利益を生むことを期待して第三者に手渡されたり、移送されたりしてはならない」。 2. これらの原則は、おおよそわれわれの議論と結論に一致している。われわれは周辺的な留保をしておくべきだろう。4番目の原則は解釈が難しい。もしそれが処置の最中にとられた組織に適用されたら、一定の状況のもとではわれわれは賛成しない(段落13.12と13.26)。5番目の原則は「プライバシー」という概念を提起しているが、英国の法律とその施行においては定義が難しい。それにもかかわらず、われわれの報告も守秘confidencialityについては同じ点を言い当てている、とわれわれは考える(段落13.33)。 3. オランダ保健審議会の報告書が勧告する実施方針は以下のとおりである。この報告の結論と勧告とは部分的に違いがあるが、その違いはわれわれの議論を明確にし、読者にその効力を判断する機会を与えることであろう。オランダ保健審議会の「人体組織の入手、保存、および使用に関する勧告は、以下の点の保証を目的としている。 1)医療機関は患者に、人体組織の保存と使用に関する一般的な情報を提供すること 2)人体組織は、金銭的利益なしに第三者に提供、移送されること 3)当初に意図された目的に必要な以上に素材を入手しないこと 4)正当な理由なしに素材を保存しないこと 5)そうした素材は注意深く安全にとり扱われること 6)個人を特定できる素材は、もし保存されるなら、番号かコードを付されること 7)医療機関は人体組織の取り扱いを管理すること 8)規則が確実に遵守されることに責任を持つ管理者を置くこと 9)個人を特定できない素材は、それが可能であるならどんな場合でも、個人が特定できるか、間接的に個人が特定できる素材に優先して使用されること 10)関係者は、個人を特定できない素材のさらなる使用に反対する機会を与えられること 11)当初意図された以外の理由で個人を特定できる素材を保存(し、後に使用)するためには、関係者の同意が求められること 12)同意する責任能力のない人物から採取された素材を、当初意図された以外の理由で保存(し、後に使用)するのは、見合わせること 13)第三者に提供される素材は、個人を特定できないか、単に間接的に個人が特定できるものであること 14)必要とあれば、医療倫理委員会のアドバイスが得られること 人体組織のさらなる使用の管理に関する手続き 4. オランダ保健審議会の報告書は、患者の同意の役割を人体組織のさらなる使用の管理に関する手続きと捉えている。我々は、治療の間に採取した人体組織のさらなる使用に関する適切な管理ほどには、患者の同意に重きを置いたことはなかった。採取した組織の返却を患者に求められた場合生じるであろう問題を考えてみるとよい。実際、よい医療行為がなされるには、継続的な治療と医学的検査のために組織を保管する必要がある。理論上であっても、適切な医療行為の上で否定されるべき可能性を留保しておくのは、われわれには賢明でないように思える。第二に、管理面でも、患者の同意には実際的な問題がある。患者はしばしば治療後わずか1年で行方を突き止めるのが難しくなり、長期間には行方の知れない割合は増大するのである。 5. それにもかかわらずわれわれは、人体組織のさらなる使用を管理するある明確な手続きがなくてはならないと考える点で、オランダ保健審議会の報告書と一致している。われわれにはわかっているが、これが医療仲介者の役割なのである。組織を保管する病理学者であれ、組織銀行を担当する医療専門家であれ、医療仲介者は法律と専門的な行動規定の枠組みの中で働いている。イギリスのコモンローでは、専門的な行動規定は伝統的に裁判所の支持する立場に一致してきた。われわれはこのような仲介者を、組織が適切な尊厳をもってとり扱われるであろうという患者の当然の期待と、守秘confidencialityに関する患者の権利との、双方の守護者と捉えている。人体組織の調達と提供における利潤追求に対する障壁について述べた部分でも、医療仲介者の役割に言及している(段落 6.38 - 6.40)。 6. イギリスでは、医療仲介者はすでに、人体組織のさらなる使用を管理する役割を果たす存在として確立している。新技術に正しく迅速に適応した専門的な行動規定の下で、彼らは機能している。もし受け入れられるならば、われわれの勧告は管理手続きに不変性と厳格さをもたらすにちがいない。 公益と患者個人の希望とのバランス 7. オランダ保健審議会の報告書は、患者個人の希望に重きを置いている。われわれはこれまで、公益に資する可能性のあるものを比較対照しつつ考慮することに注意を払ってきた。医学的検査だけでなく疫学的調査のためにも保管された組織が使えれば、患者個人と公益の双方の利益になる。事実われわれから見れば、治療中に採取された組織の使用を医学的検査とさらなる医学的・科学的使用に限定すると、組織の保存を望まないかもしれない患者の希望に応える以上に、患者の真の権利を代弁することになるのである。しかし実際上は、われわれと彼らの勧告にそれほど大きな違いはないであろうと思う。なぜならわれわれの提言は、治療のために必要な組織の使用を保証しつつ、患者の権利を守ることを目的としているからである。ほんの小さな組織片も提供者の治療以外には使われないということを、われわれは強調しておきたい。 ◆3-4-7 遺伝研究の基本的指針に関するHUGO声明 The Council of Human Genome Diversity Project(HUGO) 1996 HUGO Statement on the Principled Conduct of Genetic Research, Genome Digest May:2-3  この声明はHUGOの倫理的法的社会的問題(ELSI ; Ethical Legal and Social Issues)検討委員会が作成しHUG審議会(Council of HUGO)により、1996年3月21日、ハイデルベルグでの会議にて承認されたものである。 HUGO声明の全訳   ヒトゲノム計画(HGP)は、1980年代に提案されて1990年に正式に着手されたものであるが、その特定の目的として、すべてのヒト遺伝子と完全なゲノム配列の同定(identification)がある。HGPの15年計画が完了するとき、当計画は、生物学と医学に基礎的資料(a source book)を提供するであろう。しかし、この時間枠では、すべての遺伝子の機能が個々にも協働的にもわかるまでには至らず、遺伝子の世界的規模の多様性が明らかにされることはないであろう。  ヒトゲノム多様性計画(HGDP)は、世界的規模で人々(populations)・家族・個人のDNAを分析して人類の遺伝的多様性を調査することで、HGPを補足する国際的科学的な試みである。HGDPは、人類の基本的単一性・ヒトの生物学的歴史・人口動態(population movements)・様々なヒトの疾患に対する易罹患性(susceptibility)や抵抗力について我々の理解の手助けを約束するものである。  HGP、HGDPやその他の遺伝研究は、以下のような多くの懸念を呼び起こしている: ・ゲノム研究が個人や人々に対する差別や、対象に汚名を着せること(stigmatization)につながったり、人種差別の助長に誤用され得るという心配 ・特に特許取得や商業化されることにより、研究目的で新しい知見にアクセスすることが出来なくなること ・人間をそのDNA配列に還元し、社会やその他の人間の問題を遺伝的原因に帰属させうること ・人々・家族・個人の価値観・伝統・本来の姿(integrity)に対する尊重の念の欠如 ・科学者集団と社会(the public)との間での遺伝研究の計画・指針に関する不十分な取り決め  HUGO審議会は、多数の国や研究分野の専門家で構成される倫理的法的社会的問題検討委員会(HUGOのELSI)に対し、これらの懸念に対処しHGPやHGDPの進めている倫理的基準との一致を確実にするようなガイドラインと手続きを準備するよう求めた。  HUGOのELSI委員会は、次の4つの原則にその勧告の基礎を置いた: ・ヒトゲノムは人類共有の財産の一部であるという認識 ・人権の国際的規範の堅持 ・被験者の価値観・伝統・文化・本来の姿(integrity)に対する尊重の念 ・人間の尊厳と自由の受容と支持 遺伝研究の基本的指針に関するHUGOの声明 HUGOのELSI委員会は以下の様に勧告する:  科学的適格性(competence)は倫理的研究にとっての不可欠な条件である。それには適切な訓練・計画・試験的ならびに実地のテスト・質的管理(quality control)を含む。  コミュニケーション(communication)は科学的に正確であるだけでなく、関係する人々(the populations)・家族・個人にとって理解できるものでなければならず、かれらの社会的・文化的状況には十分な配慮がなされなければならない。コミュニケーションは相互的プロセスである。つまり、研究者は、理解されるのと同様に、理解しようと努力しなければならない。  協議(consultation)は適切な被験者の募集に先立って行われるべきであり、研究の間続けられるべきである。文化的規範は多様であり、健康・病い・障害の認識も多様である。家族の認識、個人というものの占める位置や重要性の認識も同様である。  情報を与えられた上で被験者になることに同意する(consent)という決定は、個人や家族のもの、さもなくばコミュニティーもしくは人々のものである。研究の性質、リスクと利益、そしてどんな選択肢があるかについての理解は、きわめて大切である。そのような同意は、科学的・医学的あるいはその他の権威による強制なしにおこなわれるべきである。ある条件下でふさわしい権威をもって行われる、疫学的目的のための匿名の実験や観察は同意の必要の例外になり得る。  被験者から得たり明らかになった情報や資料(materials)の蓄積やさらなる使用に関して被験者が行った選択(choice)は尊重されるべきである。付随的な発見の成果に関する選択もまた、情報を与えられていた、いないにかかわらず尊重されるべきである。そのような選択は他の研究者や実験室を拘束する。このように、個人、文化あるいはコミュニティーの価値観は尊重されうる。  プライバシーの尊重や不正なアクセスからの保護は、遺伝情報の守秘(confidentiality)によって確実なものとされなければならない。遺伝子情報のコード化・管理されたアクセスの手続き・サンプルや情報の移転や保存に関する方針は、サンプル採取の前に開発し実行されなければならない。特別な配慮は、家族構成員の現実的あるいは潜在的な利益に対して与えられなければならない。  個人、人々、研究者における協同(collaboration)や、自由に交流できるプログラム(programs in free flow)、アクセス、情報交換における協同 )は、科学の進歩のためだけでなく、全ての関係者の現在および将来の利益にとっても必要である。工業国と発展途上国との間の協同(co-operation)と調整は、促進されるべきである。統一されたアプローチおよび条件と同意の標準化は、実行可能な共同と結果の比較をより確かなものにするために不可欠である。  どのような現実的あるいは潜在的な利害対立(conflict of interest)も、情報が伝達される時点や合意を得る前に、明らかにされるべきである。そのような現実的あるいは潜在的な対立はまた、どんな研究が始まる前にも、倫理検討委員会で再検討されなければならない。正直(honesty)と公正(impartiality)は、倫理研究の基礎である。  被験者個人・家族・人々に対する報酬による過度の誘導(compensation)は禁止されなければならない。しかし、この禁止は、以下のようなことを見越しての人道的目的での個人、家族、グループ、コミュニティー、あるいは人々との合意は含まない:技術移転・地方の育成・ジョイントヴェンチャー・ヘルスケアや情報基盤(infrastructures)の提供・コストの償還・特許権使用料の利益の活用。  継続的な見直し(continual review)・監督・監視は、これらの勧告の実行に不可欠である。そのような見直しには、可能な部分では、この研究の被験者の代表を含めるベきである。実際、継続的な評価なしでは、すべての人による利己的利用・不誠実・放置・濫用(abuse)の可能性が無視しえない。適格性と同様に、継続的な見直しは、国際的協同的な遺伝研究における人間の尊厳尊重には必須である。 訳者注:  上記のcompetence, communication, consultation, consent, choice, confidentiality, collaboration, conflict of interest, compensation, continual reviewを、10 "C"sと呼んでいる。 ◆3-4-8 プライマリーケアとしての遺伝医療と倫理ガイドライン 玉井真理子 . 狭義の遺伝性疾患からcommon diseaseへ  従来の遺伝医療(genetic service)は、単一遺伝子病(single gene disorder)と言われる疾患、すなわち狭義の遺伝性疾患をその対象とすることが多かった。しかし、そもそも疾患とは、広い意味では「遺伝」と「環境」の相互作用の結果であると言うこともできる。その意味において、遺伝医療とは、狭義の遺伝性疾患のみを対象とするものではなく、広義の遺伝性疾患、すなわちcommon disease(一般的疾患、以下ではcommon diseaseとする)をも当然その対象としているものである。  また近年、別な文脈でも、遺伝医療とcommon diseaseとの関連が指摘されている。それは、主に分子生物学分野における技術革新を背景とし、様々な疾患の病因・病態の遺伝子レベルでの解明が急速に進展していることによる。すなわち狭義の遺伝病からcommon diseaseへと、遺伝子診断・遺伝子治療の対象範囲が明らかに拡大しており、そういった状況を前提にした上でのいわゆるELSI(Ethical, Legal and Social Issues:倫理的法的社会的問題)関連の論考が、1990年代に入ってから散見されるようになっている。  以上ふたつの点から、現代の遺伝医療とはcommon diseaseをもその対象として成立しているものであると言うことができる。前者を、およそ医療とは「遺伝」と「環境」との相互作用の結果としての疾患をその対象とするものであり、遺伝医療もその例外ではないという“本来的な意味”において、とするなら、後者は、遺伝子レベルでの病因・病態解明の対象がcommon diseaseにまでひろがりつつあるという、“今日的な事実”において、である。  たとえば、遺伝カウンセリングに関しては先駆的な編著書1)もあるPeter S. Harperは、1995年のLancet誌において「(遺伝医療の)最近までの主たる関心と適用範囲は、メンデルの法則に従う遺伝形式(mendelian inheritance patterns)をもつような、希であるが重要でもある疾患に向けられてきた。しかし現在、力点は、多くの西欧諸国において主要な健康問題になっているchronic common disease(一般的慢性疾患)に移りつつある」と端的に述べ、遺伝医療はもはや疾患全体を実質的に射程内に入れた形で拡がりつつあることを指摘した2)。彼はまた、1990年代半ばにおいて糖尿病や乳がんの発症に関与する遺伝子が特定されたことなどを例として挙げ、とくに、1995年を、新しい遺伝学(new genetics)が公共政策としての医療に対してもたらした衝撃について多くの議論がなされた年であるとし、転換期と位置付けている。  たとえば、1995年4月にRoyal College of GP Spring Meetingのサテライトとして行われたEC Concerted Action on Genetics Services in Europe(CAGSE)のワークショップ報告も、タイトルは「プライマリーケアにおける遺伝学(Genetics in Primary Care)」である。その報告者Rodny Harrisは、細胞遺伝学や臨床遺伝学、そして高まりつつある社会の期待が、ヘルスケアシステム全体に様々な要求を突き付けており、それらの問題は遺伝学者だけで対応できるものではないことを指摘している。実際、そのワークショップは学際的(multi-disciplinary)なものであり、様々な専門分野の研究者が集ったものであったという3)。氏はヨーロッパ各国の実情の違いをふまえつつ、「遺伝スクリーニングに際しての事前の同意」に関しては問題が多く、特にダウン症の母体血清マーカースクリーニングではよくこの事前の同意が無視されていることや、「一般的助言と同意(generic advice and consent)」に関しての議論があることを指摘している。  この「一般的同意(generic consent)」という概念は、Sherman EliasがThe New England Journal of Medicine誌のsound Boardのなかで論じたもので、「The rights of patients;患者の権利」という著書もあるGeorge J. Annas との連名で書かれたものである4)。このなかで氏は、増え続ける説明同意文書が必ずしも患者の適切な自己決定に寄与するとは限らず、インフォームドコンセントではなく誤解に基づく同意("misinformed consent")も引き起こしかねないとの問題意識から、疾患の種類によっては「一般的同意(generic consent)」の可能性も含めて現実的な検討が必要であるとの問題提起をしている。 . 海外の動向  先進西欧諸国では、前述のごとくcommon disieaseが遺伝医療(とくに遺伝子診断)の実質的な対象となり、遺伝医療が特殊な疾患をもつ特殊な医療領域ではもはやなく、プライマリーケアや公衆衛生のなかに位置づくようになってきたことを見据えたガイドライン作りや法制化が進んでいる。社会的・倫理的側面に関して共通しているのは、適切なインフォームドコンセント、すなわち十分な情報提供と自己決定(同意・拒否・選択)の保障、事前・事後のカウンセリングの重要性、そして心理面でのそれを含む包括的なサポート体制の整備であろう。遺伝医療に関する各国のガイドラインの例としては、以下のようなものがある。 ---------------------------------------------------------- ・Policy Document一般 1. President's Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research. Screening and counseling for genetic conditions: the ethical, social, and legal implications of genetic screening, counseling, and education programs. President's Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research, Washington DC. 1983(USA) 2. Royal College of Physicians Report. Prenatal diagnosis and genetic screening. Royal College of Physicians, London, 1989 (UK). 3. Nuffield Council on Bioethics. Genetic screening: ethical issues. London, Nuffield Foundation, 1993 (UK). 4. House of Commons Science and Technology Committee Human Genetics: the science and its consequences. Science and Technology Committee, London, 1994(UK). 5. Genetics Research Advisory Group. The genetics of common disease. A second report to the NHS Central Research and Development Committee on new genetics. Department of Health, London, 1995 (UK) 6. Andrews LB, Fullerton JE, Holtzman NA, Motulsky AG. Assessing genetic risks: implications for health and social policy. Washington DC, National Academy Press, 1994 (USA). 7. Genetic screening. Report of a Committee the Health Council of Netherlands. The Hague. Health Council of Netherlands, 1994 (Netherlands). 8. Biotechnology related to human being. Oslo, Ministry of Health and Social Affairs, 1993 (Norway). 9. Annas G, The Genetic Privacy Act and Commentary. Health Law Department, Boston University School of Public Health, Boston, 1995 (USA). ・特定の領域や対象に焦点をあてたもの <遺伝性のがん> 1. Statement of the American Society of Human Genetics on Genetic Testing for breast and ovarian cancer predisposition. Am J Hum Genet, 55, 1-4, 1994 (USA). 2. National Action Plan on Breast Cancer. Position paper: hereditary susceptibility testing for breast cancer. NAPBC, Washington DC, 1996( USA). <小児の遺伝子診断> 3. Working Party of the Clinical Genetics Society. The genetic testing in children. J Med Genet, 31,785-97,1994 (USA) . 4. American Society of Human Genetics Board of Directors/American College of Medical Genetics Board of Directors Report. Points to consider: ethical, legal and psychological implication of genetic testing in children and adolescence. Am J Hum Genet, 57, 1233-41, 1995 (USA). 5. GIG response to the UK Clinical Genetics Society report "the genetic testing of children." J.Med.Genet.32,490-494,1995 (UK). ----------------------------------------------------------  国際的な声明としては、ユネスコ(UNESCO)が現在草案を検討中の「ヒトゲノム保護宣言(Declaration of Protection for Human Genome)」がある。これは、ユネスコという国際機関の性質上あくまでも学術研究の領域に限定されたものではあるが、ヒトゲノムを「人類共有の財産」であるとその前文で明確に定義している。また、最初から南北問題を背景としており、各国に対する当該問題に関するガイドライン等の整備を促すものでもある5)。  一方、学術研究にとどまらず、保健医療分野全般におけるガイドラインとしては、世界保健機構(WHO)が草案を検討中の「臨床遺伝学および遺伝サービスの提供における倫理的問題に関するガイドライン(Guidelines on ethical issues in medical genetics and the provision of genetics services)」もある。このガイドラインは、まだ草案の段階であるが国内でもすでに紹介されている。これは、家族計画(family planning)の文脈、とりわけ遺伝病の予防(prevention of hereditary disease)と同じ枠組みのなかで登場しており自発的な選択(voluntary)を強調してる点が特徴であるが、その特徴ゆえに、いくつかの問題点が指摘されているものでもある6)。また、詳細に関しては別稿にゆずるものとするが7)、草案起草の段階で、とりわけ「優生学」との関連に関しての記述内容が変わっており、項目のタイトルも、「優生学についての考察(eugenic consideration)」から「予防は優生学ではない(prevention is not eugenics)」になっている。草案として各国の関係者に配布されたものは後者で、個人の選択としての選択的妊娠中絶と国家の選択としての優生政策は違うものであることを強調している。  また、最近の米国のガイドラインとしては、「遺伝サービス:公衆衛生のためのガイドライン試案(Genetic Service: Developing Guidelines for the Public Health)」 が挙げられる8)。ここでも、サブタイトルには「公衆衛生(Public Health)」という文言が含まれており、一般医療としての位置付けを強調していることがうかがえる。このなかには、しばしば問題になる「匿名性」に関して、比較的整理された形の記述が見られる。「匿名性が保たれなければならない」などという記述を越え、以下のように、個人を特定できるか(code:識別番号/idendifier:個人情報)とサンプルをどこで使うか(単一の施設/複数の施設)によって4つのレベルに分けている点で興味深い9)。 <「匿名性」に関する4つのレベル> ---------------------------------------------------------- レベル1:識別番号付サンプルから個人情報を分離し、単一の施設内で使う。施設内の利用に際しても個人情報へのアクセスは制限する。 レベル2:単一施設内では個人情報付で使い、他施設では識別番号だけで使う。 レベル3:識別番号も個人情報も分離してサンプルだけを複数の施設で使う。  レベル4:いかなる利用に関しても個人情報を完全に破壊する。 ---------------------------------------------------------- 。. 実効性のあるガイドラインと作成プロセスの透明性 本邦においても、「公衆衛生(public health)」や「一次医療(primary care)」、さらには「家族計画(family planning)」などの文脈で語られるようになってきた遺伝医療における国際的潮流を見定めつつ、国内においても遺伝医療とりわけ遺伝子診断(遺伝子治療に関してのガイドラインはすでにある)に関してのガイドライン整備、とりわけ実効性のあるそれの策定が、急務の課題として幅広い関係者の間で認識されるよう、学際的議論の場が必要である10)。 国内にはすでに日本人類遺伝学会のガイドライン(「遺伝カウンセリング・出生前診断に関するガイドライン(1994年12月)」・「遺伝性疾患の遺伝子診断に関するガイドライン(1995年9月)」)が存在しており、いずれも包括的に問題をとらえ遺伝子診断一般を網羅したものとして一定の役割は果たしているものの、だからこそやや個別性・具体性に欠け「原則」と「現実」との接点が見えにくいため、実効性には乏しいであろう。現実的な妥協点を示唆するような解説を含んだ実効性のあるガイドラインと、ガイドライン作成プロセスも含めた可能な限りの情報公開が必要である。WHOのテクニカルレポート、たとえばWHOの研究報告書シリーズのいくつか 、たとえば「遺伝病のコントロール(Control of hereditary diseases)」 に見られるように11)、遺伝性疾患当事者の団体の代表を加えて検討するなどの方法は、特に検討されてしかるべき点であると思われる。 これに対して、日本国内でも、いくつかの団体がガイドライン作りに着手しており、そのひとつが、家族性腫瘍研究会の遺伝子診断(genetic testing)に関するガイドラインである。このガイドラインにはその策定過程も含めて、これまで日本国内においては見られなかった以下のような特徴がある12)。 1)ガイドラインを作成した倫理委員会には学会員以外の、非医療関係者も含まれており、学際的な議論がなされた。 2)「遺伝性疾患」一般に対するきわめて強いネガティブバイアスが社会的に存在することに配慮したカウンセリングをするように求めている。 3)これまであいまいだった「研究」と「臨床」を分けて記述しており、研究段階である技術が多い現実に言及している。 4)当事者団体からのヒアリングの過程を経ている。  さらに、最近国内において、医師以外にも門戸を開いた形での遺伝カウンセラー制度が具体的検討の段階に入っていると報道されているが13)、従来より指摘されながら解決されず、それが最大の難関になってきたといっても過言ではないカウンセリングの健康保険適用なども含めた形で、積極的な問題提起が望まれるところである。 文献 Harper PS, Practical Genetic Counseling. Butterworth-Heinemann Ltd, 初版1981,第4版1993 Harper PS, Genetic testing, common diseases, and health service provision. Lancet, 346, 1645-46, 1995 Harris R, Genetics in primary care. J Med Genet, 33,346-348,1996 Elias S, Annas GJ, Generic consent in genetic screenig. N Eng J Med, 330,1611-3,1994 ぬで島次郎、海外の動向〜ユネスコ・ヒトゲノム保護宣言策定を中心に.生命倫理研究会遺伝子問題研究チーム研究報告書「これからの医療と遺伝」、165-181、1995 白井泰子・土屋貴志・丸山英二,筋ジストロフィーの遺伝相談および全身的病態の把握と対策に関する研究、平成8年度研究班会議プログラム・抄録、35-37 Tamai M, WHO's Guidelines on Medical Genetics and "Eugenics": Japanese perspective(in press). 1997 Genetic Service: Developing Guideline for the Public Health(draft). Council of Regional Network(CORN) for Genetic Service. Proceeding of conference held in Washington, D.C., February 16-17, 1996, Co-sponsored by Genetic Service Branch, Maternal and Child Health Bureau, Health Resources and Services Administration, U.S. Department of Health and Human Services. Pelias MZ, Informed Consent and the Use of Archived Tissue Samples. Genetic Service: Developing Guideline for the Public Health(draft), 152-158 Tamai M, The Medical Genetics Services within Primary Care and Formulating the Guidelines in Japan. Tsukuba International Bioethics Conference Report(in press). 1997 Control of hereditary diseases. WHO Technical Report Series,865, 1992 Tamai M, Clinical Genetics and New Ethical Guidelines in Japan. Proceeding of UNESCO & ABC Conference(in press). 1997 遺伝カウンセラー制度化の試案作成へ:日本人類遺伝学会黒木委員長、医師・コメディカルを対象に、来年の総会に提案.Medical Test Journal 第552号、1996 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * バイオエシックス資料集 第1集 [遺伝医療と倫理] 発行 信州大学医療技術短期大学部心理学研究室 編集 玉井真理子・中澤英之・阿部史子 1997年9月1日 〒390 松本市旭3-1-1 TEL:0263-37-2396 FAX:0263-37-2370 E-mail:mtamai@gipac.shinshu-u.ac.jp * * * * * * * * * * * * * * * * * * * 112