第3章 特定の領域に焦点をあてた指針・勧告・声明など ◇3-1 がんに関して ◆3-1-1 アメリカ臨床腫瘍学会声明:がん昜罹患性遺伝子検査について Statement of the American Society of Clinical Oncology: Genetic Testing for Cancer Susceptibility Adopted on February 20, 1996 by the American Society of Clinical Oncology Journal of Clinical Oncology, 14:1730-36 声明文(p.1730)の全訳と、解説部分の(3)「インフォームドコンセントの必要性」の部分の全訳 声明文  アメリカ臨床腫瘍学会( American Society of Clinical Oncology;ASCO)は、がんの治療に携わる医師によって構成される団体の中で指導的な立場にある組織として、がん専門医はがんリスクの遺伝子検査に関しても幅広い知識を持つべきであるという認識をもっている。発がんリスクの高い個人を見つける技術は、最近発見されたものでまだなお開発中であるが、この技術はがんのよりよい予防法や早期発見の方法を約束するものである。しかし同時に、この検査技術は医学的、心理的、あるいはその他の、個別なリスクを伴っているため、遺伝子検査の説明および同意意思の確認の過程で、こういったリスクについても明確に述べておかなければならない。ASCOは、遺伝子検査を行ういかなる医師も、現行の検査手順による利益と検査の限界とについて十分わかっていること、可能な予防、治療方法の様々な選択肢によく通じていること、さらにそれを患者とその家族に伝えることができること、などの条件が求められていると信じている。以上の理由でASCOは下記の原則を表明する。 ・臨床腫瘍学者の役割は、患者の家族歴を記録すること、家族性がんであるというリスクおよび発症予防方法と早期発見方法についてカウンセリングを行うこと、そして、遺伝子検査の適用となる家族を特定することである、とASCOは考える。 ・がん昜罹患性検査はできる限り、患者の長期的フォローをする研究の枠の中で、行うべきである。ASCOは、まず適切な守秘制度を徹底させた上で、研究および患者登録を全国的に行う協力体制を確立し、がん責任遺伝子とわかっている遺伝子部位の突然変異が持つ臨床的意味を明確にしていくべきである、と考える。 ・ASCOは、腫瘍学者が遺伝カウンセリングと遺伝子検査とを臨床腫瘍学と予防腫瘍学の場に具体的に組み入れることができるように、医師に対して、がんリスクの数量評価、遺伝子検査、検査前および検査後のカウンセリングなどについて教育の機会を提供する責任を担っている。(訳注:後述参照) ・腫瘍学者は、遺伝体質検査を行う場合、それが臨床レベルのものであれ研究レベルのものであれ、患者に対して検査について納得のいく説明をした上で同意の意思の確認をとるという作業を、その検査全体に不可欠なものとして必ず行われるようにしなければならない。 ・ASCOは、下記のすべての条件を満たした場合にのみ、がん体質検査を行うよう薦めている。  1)がんあるいは非常に若年で発症する疾患の家族歴が明らかに見られること  2)検査結果が適切に解釈できること  3)検査をすることが患者やその家族の医療管理方法に影響を与えること  臨床の場で検査がより行いやすくなるであろうことから、腫瘍学者は有効な検査技術を持つ検査施設に検査を依頼し、そして家族には長期的研究への参加を勧めるべきであると、ASCOは考える。 ・ 腫瘍学者はその検査前・検査後のカウンセリングの際に、がんの早期発見と早期予防の様々な様式について、また、遺伝性がんリスクの非常に高い人に対するそれらの効果がまだ仮説レベルを超えるものでなく証明されたわけではないという点について、話し合いの中で触れるべきであると、ASCOは考える。 ・ASCOは患者の臨床上の決断に使われるようながん昜罹患性検査を行う検査施設に対して、規制権限を強める努力が必要であると考える。遺伝子検査に使用される製品に対する適切な管理、照合サンプルの検査結果の検査施設間比較、そして品質管理メカニズムなどは、その規制内容に含まれていなければならない。 ・ASCOは、がん昜罹患性が遺伝したことを理由に、個人が保険会社や雇用者からの差別を受けないように、法律制定を含めて、あらゆる努力をしなければならないと考える。 ・遺伝性がんのリスクがある人は誰でも適切な遺伝子検査および関連の医療を受ける機会を与えられなければならず、その費用も税金や企業寄付によって賄われるべきである。 ・ASCOは、遺伝子検査がハイリスクの人にもたらす心理的影響について、患者中心の研究が行われるよう継続的に支援をして行くべきであると、考えている。  [以上が声明文,以下は(3)インフォームドコンセントの必要性に関する記述]  (3)インフォームドコンセントの必要性  ASCOは、腫瘍学者が遺伝カウンセリングと遺伝子検査とを臨床腫瘍学と予防腫瘍学の場に具体的に組み入れることができるように、医師に対して、がんリスクの数量評価、遺伝子検査、検査前および検査後のカウンセリングなどについて教育の機会を提供する責任を担っている。  新たな技術が開発されればされるほど、検査や治療のもつ研究的(investigational)な性格が増し、インフォームドコンセントへの関心もますます高まってきている。遺伝子検査は臨床腫瘍学の場で行われているが、遺伝情報の持つ特別な性格により、インフォームドコンセントが継続的に必要とされる。同意にいたる以前に、検査のリスク、検査のメリット、検査の限界について徹底的に話し合い、それを書面で記録に残すことも必要で、さらにそのための訓練を受けた医療専門家が行うことも重要である。書面で記録を残すことは、教育教材にもなるし、話し合いの記録としても役立つ。インフォームドコンセントというプロセスは、現在遺伝カウンセリングを行う上でなくてはならない重要な要素なのである。  検査に先立ち、表1(訳注:以下の1〜11に対応しているため省略)に掲げたような論点について話し合わなければならない。検査結果がわかってからではいけない。話し合いでは次のようなことについて話さなければならない。  1)検査の目的が、DNA上で、特定の発がん性遺伝子部位に突然変異があるかどうかを知る、ということにあること。  2)検査の結果が陽性であれ陰性であれ、それから何がわかるかについて。すなわち、陽性の場合はもちろんのこと、陰性の場合もリスクがまったくないとは限らないので、どのような発症リスクがあり、そのリスクがどれほど高いかという最新知識について。  3)検査が一通り終わっても、リスクに関する結果が出ない場合があるということ。  4)検査を行わなくても、他の方法を使ってリスクをだいたい知ることもできること。例えば、様々な家族歴を分析することで作られた、乳がんリスク査定一覧表を使って知ることもできる。  5)突然変異が子どもに遺伝する可能性について  6)検査の正確さの技術的な限界について  7)検査そのものにかかる費用、および医療専門家が患者に対して行う検査前の教育、結果の説明、そして検査後のフォローなどにかかる費用について  8)突然変異が発見されてもされなくても、いずれの場合も心理的負担のリスクと家族崩壊のリスクがつきまとうこと  9)遺伝検査の結果を人に知られると、雇用や保険において差別を受ける可能性があること  10)遺伝子検査の結果は、その他の医療検査結果や検査過程が秘密を守られるのと同様、守秘の原則に従って管理されること  11)検査で陽性と出た後、観察(サーベイランス)を続けても限界があることについて。観察以外にも選択肢があり、また検査が陰性であってもがんのスクリーニングを受けることが一般的に勧められること。この後者の場合、すなわち、陰性だが、検査以外での遺伝要因、年齢、環境、その他の発がん要因がある場合、偽陰性で安心しきってしまったり、偽陽性で不必要に観察(サーベイランス)することを避けることが重要である。  患者はこれらについて話し合うことで、がんリスク要因や、がんによる致死率を下げると考えられる方法のうち、検査を受けると何がわかり、何がわからないかを知ってから、検査を受けるかどうか決めることができる。すなわち、これらの議論は、個人には検査を受けない権利があるということを、言下に意味しているのである。 ◆3-1-2 p53突然変異遺伝子の発症前検査についての勧告 Frederick P. Li, Judy E. Garber, Stephan H. Friend, Louise C. Strong, Andrea F. Patenaude, Eric T. Juengst, Philip R. Reilly, Pelayo Correa, Joseph F. Fraumann 1992 Recommendations on Predictive Testing for Germ Line p53 Mutations Among Cancer-Prone Individuals, Journal of the National Cancer Institute 84:1156-1160 報告冒頭の抄訳と、第二分科会「リフラウメニ症候群家族に対して発症前検査を行うにあたっての倫理的問題」(Ethical Issues in Predictive Testing in Li-Fraumeni Families)および第五分科会「介入とその評価」(Interventions and Evaluation)の部分の全訳  アメリカがん研究所(National Cancer Institute)とアメリカヒトゲノム研究センター(National Center for Human Genome Research)がスポンサーとなって1991年にワークショップが開催され、p53突然変異遺伝子の検査の問題が話し合われた。p53遺伝子は、家族性がんであるリフラウメニ症候群の原因となることがわかっている。議論は、ハイリスクの血縁者に対する発症前検査の是非に集中した。  同ワークショップでは、以下のような5つの分科会がそれぞれのテーマについてディスカッションした。 1) リフラウメニ症候群とp53遺伝子突然変異との関係(Li-Fraumeni Syndrome and Germ Line p53 Mutation) 2) リフラウメニ症候群の家族に対して発症前検査を行うにあたっての倫理的問題(Ehtical issues in Predictive Testing in Li-Fraumeni Families) 3) 患者の選出と検査技術について(Patient Selection and Laboratory Techniques) 4) 試験的検査プログラムの構造とその内容(Structure and Components of Pilot Testing Programs) 5) 介入とその評価(Interventions and Evaluation)  本稿は、分科会での議論の前提事項(background)と、議論に用いられた「たたき台(recommendations)」とをまとめたものである。ただし、このたたき台は、参加者の有志が議論のためにあらかじめ用意したもので、分科会ごとの結論ではない。 (中略) 第二分科会「リフラウメニ症候群の家族に対して発症前検査を行うにあたっての倫理的問題」 前提(background)  p53突然変異遺伝子を発症前に検査するにあたって、自律性(autonomy)、善行(beneficience)、守秘(confidentiality)、そして正義(justice)の4つの倫理原則を遵守しなければならない。  自律性の原則とは、他から強制されることなく、自分の行動がもたらす意味を十分理解し、自分の人生に深く影響を及ぼすような決断は本人が決めるという個人の権利を尊重することである。  善行の原則とは、「まず人を傷つけてはならない」という言葉に凝縮されているように、医療の根本的な原則となるものである。発症前検査の結果を受け入れる心構えができていない患者を傷つけてはならないという、検査者とカウンセラーの責任の土台をなすものでもある。  守秘の原則は、不注意によって第三者に秘密が漏れることのないよう注意を払うことを要請する。  そして最後に、正義の原則は、誰もがヘルスケアを受けることができ、発症前検査の結果によって差別を受けることのないという、公正さを意味している。  リフラウメニ症候群の家族に対するp53遺伝子検査をする際にも、これらの倫理原則を適用しなければならない。 勧告(recommendations)  1)家族歴から検査対象に選ばれたすべての患者に対して、検査に関する最新の情報を伝え、それを知ってもらった上で、自発的な決断をしてもらわなければならない。患者に対して、最も質の高い情報とカウンセリングを提供しなければならない。  2)検査を受ける受けないを決める権利は、その本人だけにある。よってカウンセラーはいかなる場合においても、検査を受ける本人の承諾なしには、あるいは本人が未成年だったり知的障害を持つ成人であれば両親や保護者の承認なしには、検査に関する情報や結果についての情報を第三者にもらしてはならない。 3)リフラウメニ症候群の家族の子どもはがんの発症率が高く、がんの発症率とそれによる致死率を減らすために、子どものうちに(できれば青年期の前までに)検査を受けさせることが望ましい。また、単に親の許可を求めるだけでなく、検査に対する子ども本人の賛成反対の意向も、本人の成長の度合いに合わせて考慮していくのが適当であろう。親と検査者は、子どもに検査結果を伝えるタイミングや、誰が伝えるのかについても計画を立てておく必要がある。 4)ハンチントン舞踏病のような治療の見込みのない疾患は、早期に発見したところで余命を延ばすことにはつながらないが、がんの早期発見は治癒の確率がかなり高い。医療者に検査の結果を知らせる(あるいは知らせない)べきかを、検査の前後に本人とじっくり話し合うべきである。 5)検査に参加する対象者は、本人の経済的理由によって、検査を妨げられてはならない。 6)検査に参加した対象者は、検査結果が出る前であっても、いつ参加を取りやめてもかまわない。しかし取りやめた後も、検査後の観察対象となってもらうべきである。それは、本人が支援サービスを受けられるという理由と、検査の影響を評価するためである。 7)p53突然変異遺伝子の発症前検査は、カウンセリングと支援サービスの制度が整ってからでなければ、始めてはならない。また、検査対象の候補者に、重い精神疾患症状がみられるときには、検査への参加を見送った方がよいだろう。 8)遺伝子検査の倫理原則に明確に従うことが、心理上の問題や、社会的問題、経済的問題といった、p53突然変異遺伝子の発症前診断がもたらすであろう害を、最小限に抑えることにつながるのである。 (中略) 第五分科会「介入とその評価」(Interventions and Evaluation) 勧告(recommendations)  1)リフラウメニ症候群(Li-Fraumeni syndrome)の家系における生殖系列の変異(germline mutation)についての最近の報告によれば、現在健康ではあるが、家系から見るとハイリスクである、という人に対しても遺伝子検査を行うということが起こりうる。このような検査を発症前に行うと、検査の適切な利用や遺伝情報の保護、そして、自律性・プライバシー・守秘・公正などについての問題が起き、さらには、未成年者に対する検査、それに付随する複雑な家族問題なども引き起こしかねない。  2)p53のキャリアの人が、がんの症状や兆候に対して医学的な見地からの注意を早期からはらえるよう、カウンセリングがなされなければならない。そしてヘルスサービスの利用の仕方の変化についての評価もなされなければならない。  3)発症前検査によって得られる結果がもたらす心理社会的影響については、その有益な部分と有害な側面双方から検討されなければならない。また、有害な部分を緩和するための支援サービスの効果についても、モニターされる必要がある。  4)p53のキャリアの人に対しては、喫煙や過度の飲酒、その他の発がん物質にさらされることを避け、より健康的なライフスタイルを実行するよう勧めつつカウンセリングしなければならない。また、患者が忠告をどれほど守っているか(compliance)についても評価すべきである。  5)p53キャリアの人の乳がんの発症予防にタモキシフェン(tamoxifen)を試してみるといった、薬物による発症予防の調査研究も考慮されなければならない。  6)検査対象となった患者の主治医に対する教育も必要で、p53のキャリアは発がんのリスクが極めて高いこと、守秘義務が求められること、がんの症状と思われるような訴えに細心の注意を払うことが大切であることなどを知っておいてもらう必要がある。  7)キャリアの人の発症率や死亡率の減少を評価するためには非常に長い年月を要するので、検査を受けた人たちは長期的にフォローされなければならない。  8)検査の有益性・有害性、いずれの評価に関しても、限られた数の被験者しかいないことは問題となる。大きな影響は10人から15人程度の被験者から得られたデータからでも検証できるが、あまり目立たない影響の検証には、100人以上の被験者が求められるだろう。したがって、いくつかの共通の項目が入ったプロトコルを複数の施設で用いて、統計的処理に耐え得るように、検査結果を蓄積するべきである。  9)リフラウメニ症候群の家系のデータを集めたり、 p53を検査することで得られた知見を世界的規模で集約するための登録制度が作られるべきである。  10)国レベルでの諮問機関(advisory group)を設立し、発がん性遺伝子部位の突然変異を発症前に検査すること全般に関係してくる問題、例えば専門家および一般への教育といったような問題について提言して行くべきである。 訳者注:  これらの勧告は、L. B. Andrews eds. 1994 Assessing Genetic Risk : Implications for Health and Social Policy, National Academy Press, Washington DCの第2章Genetic Testing and Assessment(p.59から p.115)にも引用されている。 ◆3-1-3 遺伝性がんの遺伝子検査とカウンセリング Barbara Bowles Biesecker, Judy E. Garber 1995 Testing and Counseling Adults for Heritable Cancer Risk, Journal of the National Cancer Institute Monographs 17:115-118 がんの遺伝子検査についてのワークショップが1994年4月にワシントンD.C.で開かれた。6つの勧告文は、そこでの話し合いの中から、遺伝サービス(遺伝子検査および遺伝カウンセリング)に関わる者が参考にするべき要素をまとめたものである。上記論文中に引用され解説されている部分(pp.115-116)の全訳。 勧告(Recommendations) 1)「リスク」や「可能性」といった遺伝学の基礎概念だけでなく、「がんの罹患性」という特有の概念についても、一般の人(the public)に対して教育をする努力が必要である。  検査を受けるかどうかという決断をするためには遺伝学に関する知識が不可欠である、という認識が広まりつつある。遺伝子検査を受けるかどうかの決断をする場合も、遺伝学についてより多く教育を受けた人の方が、遺伝子検査からわかる発がんリスクの情報には限界があることを十分把握できたり、また遺伝情報が潜在的にどのように利用あるいは悪用されうるものなのかについて理解することができるので、教育はその心構えを十分にするといえる。遺伝サービスを利用するようになる消費者も、予め遺伝子について十分わかっていた方が、検査の時に自発性や自主性の重大さをしっかり認識しながら決断することができるだろう。また、すべてのハイリスクの人にとって、発症前検査が役に立つものあるいは受けた方が望ましいものであるとは必ずしも言えない。消費者側が遺伝学について教育を予め受けていれば、広告の文句にただのせられて検査を受けてしまったり、検査の潜在的な悪影響を正しく理解せず検査を受けてしまうことはあまり起きないだろう。  被験者の科学知識が不十分である場合は大きな困難が伴う。さらにまた、数字の誤解はしばしば起きることで、リスク要因などの数字の場合はなおさらである。数学のよくできる人物でさえ、リスクのことになると合理的な判断ができなくなるという調査もある。人間は、リスクを見るとき、それが自分に降りかかる重荷であるという主観的な捉え方をする。よって、がんの遺伝子検査の分野で、換算遺伝子浸透度(reduced penetrance)の不確実さについて人々に教育すること、そして罹患性の抽象的概念を人々に教育することは、どちらも疑いなくやりがいのあることであると認識すべきである。 2)政策決定者および行政担当者は、健康保険制度の全国的な見直しをはかりつつ、その枠組みの中で、遺伝サービス、特にがん体質の検査およびカウンセリングという遺伝サービスを、とらえ直すべきである。  全般的に見て遺伝カウンセリングサービスが公正に行われていない現在の状況を考えると、今後遺伝性がんのリスク検査およびそのカウンセリングを提供する際、ケアへのアクセスのよさが大変重要な問題であることがわかる。患者は複数の専門家による医療チームから、教育、カウンセリング、医療的管理などの面からケアを受けられるようにするべきである。社会の構成員全員が、検査とカウンセリングを受けられるだけではなく、リスクの管理に必要な医療を利用できなければならず、高価なサーベイランスや高額の治療方法にも、それが必要であれば手が届くようにしなければならない。 3)遺伝学、腫瘍内科、腫瘍外科、プライマリーケアなどで現在活躍している専門家であっても、さらなる訓練を積む必要があり、遺伝子検査に関する適切な情報を提供したり、がんリスクについて適切な遺伝カウンセリングを行えるよう備えなければならない。  遺伝性がんの体質検査について勉強する必要があるが、その必要性すらわかっていない医療者も多い。医師が遺伝学や遺伝子検査についてわかっているかというと、検査に携わっている専門医(例えば小児科医や産科医)であれば、知識も豊富だが、しかし研修医になると、遺伝子検査、遺伝学教育、遺伝カウンセリングなどの要求が腫瘍学の分野でますます増えているにもかかわらず、それらについてあまり知っていない。医学教育および看護教育の中に遺伝学の視点を採り入れ、カリキュラム全体の見直しをはかるという効果的な方法を探る努力がもっと必要となるであろう。  最終的には、NIH(National Health Institute)コンセンサス会議のようなメカニズムを通じて、遺伝子検査およびがんリスクについてのカウンセリングの臨床用のガイドラインを開発しなければならない。例えば、ハンチントン病やリフラウメニ症候群の場合も、発症前検査のガイドラインを作ったことが臨床基準を作るのに役立った。どちらのガイドラインの場合も、その作成過程において、消費者側と医療者側から、ハイリスクの人達のために最善を尽くそうという大勢の参加があった。 4)検査計画およびカウンセリング計画の改良や評価の過程に消費者側の人を加えるべきである。  ハンチントン病の検査と、p53やその他疾患遺伝子の検査について、ガイドラインの作成、配布、実行といった過程に消費者が参加することは非常に重要である。教育教材や決断に必要な資料の作成(development)に、消費者がそれらを利用する立場から参加することによって、ハイリスクの家族が直面している問題をバランスよくもりこむことができる。アメリカ乳がん協会もその声明の中で、まだ答えることのできない疑問が残っていることを理由に、遺伝子検査を用いて乳がん体質を調べることは時期早尚であると警告している。  また、遺伝性がんの家族のためにピアサポートの制度を取り入れることが提案された。ちなみに提案したのは会議に参加していた消費者である。現在、リフラウメニ症候群のサポート団体、デイナ・ファーバーがん研究所(Dana-Farber Cancer Institute)と、フォンヒッペルリンダウ病(Von Hippel-Lindau disease)のサポート団体(VHL家族連合)、そして家族性大腸がんのサポート団体(ジョンズホプキンス大学)が存在する。これらのサポート団体があるということは、ハイリスク家族の人にとって、支援が遺伝子検査を受ける以前から必要であるという証拠でもある。遺伝性の乳がん、卵巣がん、大腸がんの家族から、遺伝病サポートグループ連合(The Alliance of Gnetic Support Groups)に寄せられる問い合わせの件数も増加している。この傾向を考えると、このようなサポートグループが近い将来の内にますます増えるだろうことは当然予想できることである。そしてまた消費者も検査後のサポートに当然参加するだろうから、消費者がそのサービスについて理解し、サービス開発の役割の一端を担うことが重要なのである。 5)がん罹患性を調べるDNA検査について実施基準を作るべきである。  がんのDNA解析の大半は小規模の研究施設で行われており、患者に伝えられる検査結果はこれらの研究を臨床応用したものだと言える。臨床面および経済面から遺伝子検査を実用化せよという強い圧力があるだけに、検査基準の作成と実施が必要なのである。しかし実験室レベルの検査を臨床の場に応用するのは面倒な作業であるから、これらの基準の作成と実施には困難が伴うと予想される。  検査基準には検査の正確さおよび研究所での検査の実行についての規定を盛り込む必要があるが、それだけでなく検査結果の解釈についても触れられていなければならない。さらに検査規定に責任を持つ監督機関(アメリカでは厚生省食品医薬品局や健康保険財務局など)も基準作成の過程に加わるべきであろう。また現行の連邦法によると、研究所が研究結果を被験者に伝える場合には、その研究所はCLIAの認定を受けている必要がある。 6)検査およびカウンセリングプログラムの開発に携わる者は以下の項目について考慮する必要がある。 a)患者が十分な説明(社会的・心理的リスクおよび利益についての説明)を受けた上で同意をするかしないかを決めることが非常に大切であり、そして遺伝子検査における決断を本人の意志で決めることも重要である。そのためにも罹患性検査を遺伝カウンセリングの枠組みの中で行うことが必要である。 b)各疾病ごとに(あるいは各がん遺伝子ごとに、またはがんの各分類ごとに)、個別の検査手順を定めることが可能でなければならない。発がんリスクのある臓器が様々であれば、発症の年齢にも幅があり、各発がん性遺伝子によってがんリスクへの対処方法も異なってくる。すなわち検査やカウンセリングプログラムは一様にはならないということである。 c)遺伝性がんの発がんリスク検査について話し合いをする際、遺伝以外のリスク要因についても触れることが大切である。環境要因や、リプロダクションの要因、あるいはその他の要因が、遺伝要因とどのように相互作用して罹患率を上げるのかについてはほとんど知られていない。それだけに、発がん遺伝子部位に突然変異が見つからなかった個人に対して、発がんの恐れがまったくないと言うべきではない。 d)遺伝子検査の手続きにはいる前に、身体所見をとってがんがすでに存在するかどうかを確認することが望ましい。発症前検査と診断のための検査とを混同するべきではない。がんの遺伝子検査はがんを探す検査ではないからである。将来がんになるかどうかという検査を受けている人が抱える心理的問題と、今がんがあるかどうかを検査で調べている人が抱える心理的問題とは、明らかに異なっていることも理解しなければならない。ハンチントン病の発症前検査のガイドラインがよい例であるが、その中にも検査に先立って徹底した神経検査が必要であると記されている。 e)がん体質の検査やそのカウンセリングプログラムに参加すること自体に、心理社会面・感情面への強い影響力が潜んでいることを認識しなければならない。検査に先立って心理的検査を行い、適切な教育方針およびカウンセリング方針を作ることが大切である。またその検査は、検査を延期したい(あるいはまれに中止したい)という何らかの意思表示をする機会になるという意味でも大切である。これによってパターナリズムを助長するつもりはないが、患者が自分の置かれた状況を十分理解するためにも患者の心理的評価が重要であり、さらに患者が人生のスランプに陥っているときは特にそれが大事であると主張したいのである。またまれにであるが、患者が感情的に非常に不安定な状態にあり、検査結果を開示する前に正式な臨床カウンセリングを行って心理的な評価をした方がよい場合がある。また臨床的に鬱状態にあったり極度の不安状態にある場合には、検査を延期するべきである。検査が感情に与える影響を調べる際、心理テストを利用すれば価値あるデータを集める機会も増えるであろう。 f)同じ地域に住んでいないが、それぞれ自分の住む地元で検査とカウンセリングを受けたいと考えている家族のために、ケアと情報の両面で協力体制が必要である。 検査およびカウンセリングの要素(Elements of Testing and Counseling Programs)  下記のリストは、これで必要なことがすべて網羅されているとは思わないが、検査およびカウンセリング計画の開発の際に重要となる論点を箇条書きにしたものである。またここでは、検査前教育およびカウンセリング、リスクを開示する時のカウンセリング、そしてその後のフォローのカウンセリングとの3回のカウンセリングを想定してある。検査に参加した人が、必要な支援を受けつつも自己の意思に基づいて決断を下し、さらに後で振り返ってみて納得のいく決断ができたと思えるようなカウンセリングをしたい。しかし何回のカウンセリングをすればこの目的がかなうのか、またこの目的に必要な最良かつ最低限の回数が何回であるか、などについては現在行われている以上にさらなる研究が必要であろう。 ・検査前の教育およびカウンセリング   包括的なインフォームドコンセント(書面および口頭)   保険加入資格について   守秘義務が解除される可能性について   与えられる情報の限界について(検査の限界、(遺伝子)浸透度の限界、選択肢の限界)   医療的観察(サーベイランス)と予防方法についてのまとめ   参加意志と検査への期待の評価   カウンセリングおよび医療的治療行為にかかわる金銭的問題について   家族や医療専門家が検査を受ける方向に圧力をかけていないかについて ・リスク開示時のカウンセリング   開示時に同伴者あるいは本人を支えてくれる人の同席をすすめること   開示情報の限界について確認すること   開示に二の足を踏む気持ちあるいは開示に対する不安をはっきりさせること   プライバシーの保護について   検査結果開示の準備について   危機に陥ったときの支援について   医療管理の選択肢について ・フォローアップカウンセリング   質問または心配事について電話で話ができる体制   医療者側担当者の継続性   秘密が守られていることを確認   DNAバンクについて   新たな情報がわかった場合再度連絡を取る義務の履行について   心理カウンセリングを継続して行う体制   ピアサポートグループの紹介 ◆3-1-4 乳がん・子宮がんの易罹患性をもつ家族への遺伝カウンセリング Barbara B. Biesecker, Michael Boehnke, Kathy Calzone, Dorene S. Markel, Judy E. Garber, Francis S. Collins, Barbara L. Weber 1993 Genetic Counseling for Families with Inherited Susceptibility to Breast and Ovarian Cancer, JAMA 269:1970-1974 訳者による要約。ただし、Abstractは全訳  Abstract  染色体17q12-21上にある遺伝子(BRCA1)を分離する研究が進んでいる。この遺伝子の突然変異を調べることで、女性の乳がんおよび卵巣がんの発症を事前に知ることができるからである。BRCA1遺伝子に突然変異を持つ女性が生存中に乳がんを発症する確率は85%とみられており、卵巣がんについても数値は明らかになっていないにせよ、リスクはかなり高いといわれている。また、アメリカ人女性の 200人から 400人に1人は、BRCA1突然変異型の保因者と推定されている。我々は、乳がん・卵巣がんの両方(あるいは一方)とBRCA1に隣接する遺伝子マーカーとの間に連鎖(linkage)がみられる家族をいくつか特定した。現在では、このような連鎖のみられる家族を調べて、家族のメンバーのうち誰がBRCA1突然変異型を持っているかを調べることができる。我々は、その情報の持つ臨床効果の重要性と緊急性とを考慮して、1家族に対して、親族も含めて、この情報を伝えることにした。また、家族に情報を提供するにあたって、遺伝子サービスを提供する際に浮上してくるであろう様々な問題に対処するためのプロトコルを開発した。BRCA1突然変異型のキャリア検査は、現在のところ、研究目的のもとでごく一部の家族にだけ行われているだけである。しかし、BRCA1突然変異型のスクリーニング検査をより大規模に国民全体を対象に行う技術も数年のうちに実現しようとしている今、本稿の経験はその難しさを予言するものである。  ケース報告(略)  カウンセリング前の教育とアセスメント(略)  臨床カウンセリング(略)  医学的管理(略) <心理的評価とサポート>  ハンチントン病(Huntington's disease)が典型例であるが、人生の後半になってから出る疾患を発症前に診断することに関連して、心理的に様々な問題がある。しかし、易罹患性でみた乳がんとハンチントン病との大きな違いは、前者の場合、スクリーニングを行って治療介入すれば突然変異型保有者の発症率と致死率を下げることができる点である。いずれにせよ両者とも家族関係にかかわるので、これらのカウンセリングをするのは難しい。我々のクリニックでは、家族メンバーに同じ日にカウンセリングを行うようにしている。もちろん、カウンセリングを別々の日に行った方が、個人個人のプライバシーが守られるかもしれない。しかしこの家族の場合、検査への参加の意志をオープンにしていたので、家族の圧力を感じて参加した人が中にいなかったかという方がむしろ問題となった。検査を行う前の段階で広く見られた心理上の問題は、家族の中で誰がハイリスクかがはっきりしてしまうことに対しての不安と安心感との葛藤であった。家族の中の若い女性の場合、自分がハイリスクの運命にあると感じ、検査の結果がどうであれ、手術による予防を考慮していることもわかった。その女性の中には、十代の多感な時期に母親を乳がんで亡くし、自らの家族歴に憤り、自分の乳房にまでも憤りながら育った人も何人か見受けられた。カウンセリングセッションを通じて一般的に見られた感情的反応は、不信感、親族(特に両親や子ども)に対しての責任、怒り、安心、忘我、そして絶望感であった。それらの感情的反応について話し合いをもとうと何度も試みたが、家族は興奮や驚きのために話し合いどころではなかった。検査結果の情報を伝えてしまうと、自分の感情をすぐに整理し、それについて考察を加えることなど、大抵の人には無理なことであった。この点は、その他の危機カウンセリングと異なるところである。検査後もすぐにフォローのカウンセリングが必要なことは明らかであった。我々の遺伝子クリニックで幾度も繰り返されるテーマは、この遺伝子がどのように遺伝するかについての説明を真に理解させることである。というのも、検査前に家族には、遺伝する頻度は高いが必ずおきるとはいえないと伝えられていたからである。ここで、自分はBRCA1突然変異型を譲り受けている確率が高く、しかし多くの家族メンバーには遺伝していない、また子どもにも遺伝しないだろうと聞かされたとしても、自分ががんになるのではないかという恐怖感が消えることはない。他の遺伝性疾患のカウンセリングの経験からすると、家族は検査結果を聞いて長期間鬱や絶望的になりうるという懸念がある。さらに、自尊心や生き甲斐などに変化をきたすリスクもある。予防的手術を考えている女性であれば、体のイメージの問題も確かに存在する。この家族の場合も、罪の意識を持ったり責任を感じてしまうことが予想されていたが、その通りの反応がかなり見られた。この家族の中で、検査結果を知らされた人には、検査の一週間後に電話を入れて、開示内容に対する反応について話し合われた。さらに3カ月から6カ月たった後、心理社会面でのカウンセリングがもたれた。加えて1年後にも、フォローのカウンセリングを行った。 <社会的問題>  我々は、18歳未満の個人には検査結果をあかさないようにした。この決断は次のような配慮をしたためである。: (1)未成年者の場合、自分が疾患遺伝子の保有者だということを知ったところで医学的にメリットがない。(18歳未満で乳がんを発症した症例は見たことがない。あるとすれば、現在研究中の遺伝子と関係しているかもしれない)。 (2)検査結果を受けとめられるほど情緒的に成長しているか否かを推し量ることは困難である。 (3)人生後期に発症する疾患について子どもにスクリーニング検査をする際の全国的なガイドラインができていない。  幼児期・青年期に発症するリフラウメニ症候群でさえ、突然変異型p53の検査を行うためのプロトコルができていない状態である。ハンチントン氏病の発症前診断のプロトコルには、未成年者は検査を受けるべきではないと記されている。また検査をするに当たって、守秘の問題や将来起こりうるリスクについて、保険に入れないことなどを含めて、家族一人一人と詳細にわたって話し合った。さらに、本研究の内容や、検査結果が臨床上なぜ必要なのかについて詳細に記された小冊子が手渡された。フォローのためのカウンセリングの手紙が一人一人に送付され、各患者に対して個別にファイルもつくられ、他人には誰のファイルかわからないようにするという配慮もなされた。病院のカルテにも最低限の来院記録のみを記し、検査結果を明記しないという方法で本人の秘密を守った。しかし残念ながら、家族のうち一人でもこの情報を遺伝子クリニック以外の医療関係者にあかしてしまうと、プライバシーがもはや基本的に守られる保証はなかった。検査結果が漏れないように監視するのは、法律上では家族の責任になっている。また、一旦BRCA1突然変異型遺伝子の検査が臨床の場でできるようになると、検査結果もカルテに記入されるようになるだろう。すると、カルテを調査する立場にある保険会社は、リスクを回避するために特にその検査結果に興味を持つであろう。ハイリスク家族の中でもBRCA1突然変異型を譲り受けなかった人の場合は、検査結果を空欄にしておくとかえって怪しまれてしまうので、結果を伝えた方が得であろう。逆に、BRCA1突然変異型の保有者の場合、保険会社に検査結果を知られてしまうことはもちろん損であり、知られた上で乳がん・卵巣がんを発症してしまったときこそ大きな負担をうことになるだろう。他方でまた、予防に力を入れている保険会社であれば、検査結果を知ったとしても、加入者の乳がん発症率を下げて、医療コストの減少になるような医療行為には、保険金の支払いをするであろう。 <BRCA1について将来考慮すべき点>  突然変異型の保有者を特定する研究施設は現在のところほんの一部に限られている。検査も本稿の例のようなごく一部の家族を対象としており、検査の正確度を上げるためには大勢の親族をも巻き込んでいるのが現状である。このため、BRCA1突然変異型キャリアに関する情報は、研究に参加してくれた家族を追跡調査するしか方法はなく、臨床で使用する標準的な検査技術もまだ確立していない。しかし、いったんBRCA1遺伝子の分離に成功し、様々な突然変異型をすべて把握する技術が確立すれば、状況は大きく変わるであろう。仮に保有率が200人から400人の女性に一人の割合であれば、全国民に対するスクリーニングがかなり強く要求されるだろう。BRCA1突然変異型と同様に大人になってから発症する疾患に対して行われているスクリーニング例を見れば、乳がんの場合のスクリーニング計画をつくる上で役に立つであろう。もっとも、BRCA1突然変異型保有者の場合は治療が可能であるため、大半の前例とは状況が異なっている。現在は検査対象が乳がんの家族歴のある18歳以上の女性に限られているものの、このような検査の需要は今後急速に伸び、今でさえ数に限りのあるDNA検査資源がますます品薄になってしまうだろう。また、家族全体の遺伝関係調査のためであれば、今のところ被検者が費用を負担することはない。しかし、いったんBRCA1遺伝子が分離され、突然変異型の検査が商業ベースに乗ってしまうと、そのようなスクリーニング費用は高く設定されるであろう。さらにこういった女性や家族に対して、検査を受けるかどうか、スクリーニングと予防的手術を選択するかどうか、といったインフォームドチョイスを行うため、綿密なカウンセリングが必要になってくるだろう。加えて、結果を知ったことから生じる心理的ストレスに対処できるよう支援していく必要も生じる。また、予防手術(両側卵巣摘出手術と乳房切除術)の費用であるが、乳房再建手術とともに行うと、我々の病院でも現在30,000ドル(およそ300万円)から40,000ドル(400万円)ほどかかってしまう。乳がん・卵巣がんの予防(遺伝子治療を使った予防法のこと)によって国民一人当たりの医療費がどれくらい減るかを計算することは非常に難しい。しかし、予防によって長生きをする間だけ生産的でいられることを考慮すると、数回に渡って行われる予防的手術にかかる費用を十分埋め合わせることもできるだろう。このように、医療保険制度に次から次へと変化を迫ってくる技術革新の波に即応していくことが重要である。本稿で紹介したプロトコルは、カウンセリングを受けた1家族、35人の対象に対して、BRCA1遺伝子検査の結果を伝えるためのものである。現在我々は、同様のサービスを、別の少し大きめの2家族に対して提供しているが、そこでもこのプロトコルを使用している。もしももっと大勢を対象とした突然変異型スクリーニングを行うのならば、プロトコルもそれに合わせて作り替えなければならないのは当然である。特に、遺伝カウンセリングやがん患者の介護の専門家の不足が、今後足を引っ張ることになりかねないので、現存のプライマリーケア部門との連携が不可欠となろう。 ◆3-1-5 家族性腫瘍ポリープに対する商業ベースのAPC遺伝子検査の利用とその解釈 Francis M. Giardiello, Jill D. Brensinger, Gloria M. Peterson, Michael C. Luce, Linda M. Hylind, Judith A. Bacon, Susan V. Booker, Rodger D. Parker and Stanley R. Hamilton 1997 The Use and Interpretation of Commercial APC Gene Testing for Familial Adenomatous Polyposis, New England Journal of Medicine 336-12:823-7 Abstract(p.823)の全訳  <背景> 家族性がん(familial cancer)に関係する遺伝子検査が商業ベースに乗せられ利用されているが、これに伴って、これらの検査が患者にどのような影響を与えるのかという問題も持ち上がってきている。家族性腫瘍ポリープ(familial adenomatous polyposis)は、APC遺伝子上の突然変異(germ-line mutation)によって常染色体に傷がつき起こる(autosomal dominant disease)ものだが、予防的に結腸切除術(prophylactic colectomy)を行わないと結腸直腸がん(colorectal cancer)に発展する。本稿では、商業ベースに乗せられたAPC遺伝子検査技術を臨床の場で用いることについての評価を行った。  <手段> まずサンプルとして、1995年の1年間にAPC遺伝子検査を受けたという125家族177人の患者を全国から選び出した。そして、検査前にインフォームドコンセントが得られていたかどうか、および事前に遺伝カウンセリングを受けたか否か、という検査のindicationsについて調査した。さらに、担当の医師と遺伝カウンセラーに電話でインタビューを行い、検査結果の解釈について調査した。  <結果> 検査を受けた177人のうち、家族性腫瘍ポリープを発症しているかあるいはハイリスクであり、検査を受けるにあたって妥当な適応性あり(with valid indications)とみなされる患者は、83%であった。発症前検査を行った場合で、正規の方法(appropriate strategy)で検査が行われたのは74%(63人中50人)であった。検査前に遺伝カウンセリングを受けたという患者はわずか18.6%(177人中33人)で、書面でのインフォームドコンセントが得られていたのは16.9%(166人中28人)だけであった。さらに、全体の31.6%において、医師が検査結果を誤って解釈していた。また、「検査の適応性なし(with unconventional indications for testing)」とみなされた患者のうち、検査した結果陽性とでた割合は2.3%(44人中1人)であった。  <結論> 家族性腫瘍ポリープの遺伝子検査を受けた患者は、十分なカウンセリングを受けておらず、伝えられた検査結果も誤っていた可能性があることがわかった。遺伝子検査をさせる場合、医師は遺伝カウンセリングを行えるように前もって準備をする必要がある。 ◆3-1-6 インフォームドコンセントとBRCA1検査 Gail Geller et. al. 1995 Informed consent and BRCA1 testing, Nature Genetics 11:364 訳者による要約  乳がんのリスクがある女性のうち、約9割近い人がBRCA1の検査を受けようと思っているという報告が出されている。そのもっとも大きな理由は自分の子どものリスクが知りたいというものであった。しかし、これらの調査が行われたとき、調査対象の女性にBRCA1検査のもつ長所および短所について十分な教育が行われていなかったことが明らかになった。我々が調査したところ、検査に非常に興味を持っていた人でさえ、検査の限界や不確実性について十分理解をすると、検査に対する興味が減少するという結果がでている。この傾向はその人の社会経済的背景に関わらずみられた。さらに、大半の乳がんがBRCA1とは関係ないこと、乳がんを予防する確実な方法がまだないこと、検査結果が外部にもれるリスクがあること、などの事実を知ると、検査を行う価値さえ疑うようになる傾向も明らかになった。つまり、検査の長所および短所について理解すると、検査に対する興味が減少するのである。ただし、これらの調査結果はまだ数値化されていない。いずれにせよ、これらの結果は、教育をすることなしに遺伝的昜罹患性検査を行うことが危険であることを表している。また、検査に興味を持っていることと、実際参加しようと思うことは異なることも認識しなければならない。さらに、検査が研究レベルで行われるものであっても臨床レベルのものであっても同様に、検査対象者の教育を行い、理解度を推し量りつつ、また本人の検査に対する抵抗感を理解した上で、検査に参加するか否かの決断を本人がしっかりできるようにすることが必要である。 ◇3-2 小児に関して ◆3-2-1 子どもおよび青年に行う遺伝子検査の倫理的、法律的、心理社会的意味(アメリカ人類遺伝学会理事会およびアメリカ遺伝医学協会理事会報告) The American Society of Human Genetics Board of Directors and The American College of Medical Genetics Board of Directors (ASHG/ACMG Report) 1995 Points to Consider: Ethical, Legal, and Psychosocial Implications of Genetic Testing in Children and Adolescents, Am J Hum Genet 57:1233-1241 訳者による要約  遺伝学の発達によって、症状のない子どもに検査を行って、遅発性の疾患、発症確率、キャリアー・ステイタスを知ることが可能になった。同時に、子どもと親の利害に関する、倫理的・法律的問題がでてきた。親が子どものためを思ってすることでも、子どもには悪影響を与える場合もある。医療従事者はこうした問題を家族に伝え、話し合う用意ができていなければならない。 本報告は以下の社会的コンセプトに基づいている。 1)遺伝子検査の最大の目標は子どもの福祉(well-being)の向上であること 2)子どもが家族関係のネットワークの一員であるという認識がそのためのサポートにつながるということ 3)子どもは認識力と道徳的判断力において、連続的段階をへて成長していくものだから、適切な時機を見計らって話し合いに加えていくべきだということ  子ども・家族とのカウンセリングでは下記の3つの要素を含んでいなければいけない。 1)検査のもたらす利益と損害(harm)の重要性を査定すること 2)子どもの意思決定能力を推量すること 3)子どもの利益を代弁する性格のものであること 以下の点が考慮されなければならない。 I. 考慮すべき点 A. 潜在する利益・損害の検査に対する影響 1. 子どもにとって医療上の利益があることが、遺伝子検査を行う第一の根拠である。予防・治療・アドバイスにつなげることができないなら、検査を行う正当性はない。 2. 子どもの心理社会面の利益についても同様である。 3. これらの利益が、成人するまで生じないのであれば、検査も成人するのを待つべきであろう。ただし、子ども本人が十分な理解力を持っていればこの限りではない。 4. 利益・損害の判断がつけにくいときは、子ども(理解力がある場合)と家族とケースバイケースの話し合いで決めるべきである。 5. 医療者側で利益がないと判断したら、検査をしなければならない義務はない。 B. 決断過程における家族のかかわり 1. 両親・子どもに対する教育・カウンセリングを、本人達の理解に合わせて、検査の前後に行う。医療者側は、その準備をしておく必要がある。 2. 両親に検査についての了承を得ておくこと。さらに子どもからも、できれば(決断能力があれば)承諾を得ること。ただし、子どもの決断能力の有無を判断するときは慎重に行う。子どもの変わりやすい気分に惑わされず、理解力と精神の発達度合いを見ながら、できるだけ本人の自発的な承諾が得られるようにしなければならない。 3. 医療者は常に子どもの立場に立って、判断をすること。 4. 子どもが十分判断がつく場合で、本人が検査結果を知りたいにもかかわらず両親が本人に隠したがり、親子の意見の食い違いがみられたら、子どもの意見が優先されるべきである。できれば、こういった食い違いは検査前に克服しておくのが望ましい。 C. 研究の将来について  将来にわたって、研究は予防・治療につなげていかなければならない。検査による心理社会的な影響についても研究が必要である。 II. 論点(Discussion) A. 子どもに対する遺伝子検査の利益・損害(長所・短所)  両親が子どもに成人になって発症する疾患の検査を受けさせたいと希望することがある。もしも問題が見つかれば、あらかじめ準備ができるからというものだが、これは心理社会的に大きな問題となる。賛否両論があるが、医療としてではない検査の利用は問題が大きすぎて、小児科の範疇を越えかねない。  他の臨床場面でもそうであるように、子ども本人に自発的なインフォームドコンセントをする能力がない場合、本人の福祉をまず第一に考えて決断しなければならない。その際、以下にあげるような、検査の利益・損害を検討する必要がある。  (医療面での問題)  治療・予防の可能性、サーベイランスについての決断、予後・診断について 1. 治療と予防。早期からの投薬や生活指導によって治療に結び付けられる検査は、広く認められているものである。しかし、治療に必ずしも結びつかず、度重なる検査と効果のはっきりしない治療などで、負担を増すだけになってしまう場合もある。このことを踏まえて、ルーチンとして検査を行ってしまう前に、予防・治療面での検査の利益・損害を確かめておく必要がある。 2. サーベイランス。がんの遺伝子の発見によって、発症前から監督すること(サーベイランス)が可能になる。サーベイランスが有効な疾患もあり(網膜芽腫)、検査も有効だが、早期発見が予後の改善に貢献しない場合は、検査そのものの意義がないことになる。 3. サーベイランスの縮小。2.とは逆に、遺伝子検査の結果が陰性であれば、それ以降のサーベイランスは必要なくなる。これは検査による利益である。 4. 検査の利益がもう一点ある。すなわち、検査が診断の精度をあげることになる場合、あるいは遺伝型と表現型が一致している疾患の場合、検査は有効である。 5. 一般の診察方法では正確な診断が下せない場合、遺伝子検査が有効なときがある(fragile xにおけるDNA検査など)。子どもの遺伝子を調べることで、家族の遺伝疾患がはっきりするというメリットもある。ただし、この場合予期しないことまで(本当の父親・養子関係)がわかってしまうことがあるので注意しなければならない。  (心理社会面での問題)  心理社会面での問題は、遺伝子検査によって悪化することもあれば、改善することもあるので、十分な話し合いが必要である。検査に対して強度の不安がある場合は、検査は行うべきではない。 1. 不確実性の縮減。不確実さを解消できることが、遺伝子検査のもたらす心理的な利益である。ハンチントン病の検査で、陽性陰性がはっきり出ると不安が減る一方で、中間の結果が出ると不安も減らないという報告もある(Wiggins et al.1992)。検査の結果、余命が短いとわかっても、準備をすることが可能になるだろう。知らないでいると、両親も子どもも不安なままだが、陰性がはっきりすれば両者ともに安心できるというメリットがあるし、陽性であっても、問題を直視するきっかけとなるだろう。 2. 自己のイメージの変化の問題。自己形成の大事な時期に自分が遺伝病を持っていると知ると、自己喪失につながりかねない(Koocher 1986)。また、病気に関する理解力不足から、病気を自分のせいにしかねない(Perrin and Gerrity 1981)。このような状態で、情報が家族以外にもれると、さらなる自己喪失につながる。他方で、家族に同じ疾患を持つ人がいることが、子どもを前向きにすることも報告されている(Peterson and Boyd, in press)。また、仮に子どもが陰性と出ても、子ども本人は、他の家族が遺伝疾患をもってそれで死ぬかもしれないのに自分だけ生き残って悪いという罪の意識(survivor guilt)を抱く場合がある(Wexler 1985)。子どもにとって、病気になるかどうかわからない"not knowing"という状態の方が、むしろ疾患を持つ家族と痛みを分かち合うことができることもある(Fanos and Johnson 1993)。また、疾患を持つことが子ども本人のアイデンティティになっている場合もあり、この場合は、検査で陰性がわかった時点でアイデンティティの再構築が必要になる。このように子ども達には遺伝疾患に対する根拠のない思い込みがありうるので、検査をするしないにかかわらず、年齢に応じたカウンセリングが必要となる。 3. 家族関係にもたらす影響。発症前診断は、子どもの、両親・兄弟との人間関係に影響を及ぼす(Fanos and Johnson 1993)。問題遺伝子を持つことで、甘やかされたり、距離をとられたり、スケープゴートとして扱われたりする(Gardiner 1969)。重大な疾患を持つ子どもの親は、子どもを守りすぎて遊びにも出さず、「傷つきやすい子ども」症候群("vulnerable child" syndrome)に陥ることもある(Green and Solnit 1964)。この反応は、検査で遺伝子の正常が確認されても起きる。疾患を持つ子どもばかり可愛がると、その兄弟は親をとられたと感じる(Carandang et at.1979)。一人の子どもが検査すれば、他の家族にもそれが知られてしまう。その中には、検査について考えたくない人もいるし、あるいはそれをきっかけに検査を考える人もいるだろう。伝える義務と患者本人の隠したい希望がぶつかったときは、本人の意思を尊重して、隠したことで身体の異常を生じない限り、親族には黙っておくことが、現在すすめられる対応(President's Commission for the Study of Ethical Problems in Medicine and Biomedical and Behavioral Research 1983)であり、実際行われていること(Werts and Fletcher 1988)でもある。 4. 人生設計との関係。将来の健康状態が予測できることは、本人の進学計画、職業選択、キャリア、居住地(家族や医療施設の近くなど)の選択に影響を及ぼし、退職計画や保健の受け取りの計画などをも左右する(McEwen et at. 1993)。  問題の遺伝子を持つ子どもは、汚名を着せられ、いわれない差別を受けることがある(Billings et al. 1992)。子どもに対する周りの期待も、陽性と出る前と出た後では大きく異なる。発症前に診断を下すことは、保険加入もできなくなるし(Ostrer et al. 1993)、長期的に進学の予定を立てることもマイホームを持つこともできなくなりかねない(Billings et al. 1992; Alper and Natowicz 1993)。さらに、養子縁組みの際も検査情報が使われかねない(Wertz et al. 1994)。また、現在のところ、ADA法が遺伝性疾患に適応されるかは定かではなく、実例もない(Natowicz et al. 1992)。  (リプロダクションの問題)  遺伝子診断を考える上で、家族計画の問題は避けて通れない問題である。カウンセラーが非指示的な態度であっても、遺伝情報は陽性と出た人の選択に大きな影響を及ぼす。遺伝疾患を持たない子どもが欲しければ、養子縁組み、ドナー配偶子を使った人工授精、着床前診断、胎児診断、堕胎などの方法がある。堕胎を前提としない胎児診断は、ときには疾患のある子どもを持つための準備ができるという長所がある。  子どもがこの点でメリットを得ることは少ない。性行為を行ったとしても遺伝問題を考えて家族計画を立てることは希だし、それほど実用的に理解もしていない。子どもよりもむしろ両親の方が、次の子どもをどうするかという判断に役立てることができるだろう。 B. 子どもと家族の利益の追求  子どもの医療のことは親が決めるのが一般的ではあるが、親の決断が子どもに害を及ぼすのであれば、この親の権利は制限されなければならない。しかし、遺伝子診断の場合、結果が曖昧なところがあり、この問題をさらに難しくしている。子どもも成長するにしたがって決断に加わるようになるだろう。すると親と意見が対立することもあるだろう。そのとき、医療者は、親と子どもの両方の利害を追求しなければならない義務が生じる。  (親権の前提)  遺伝子検査についての話し合いでは、親権は基本的な原則となる。 1. 親権の歴史:  20世紀以前の法律は、子どもを父親の所有物とみなしていた(Melton 1983)。子どもに価値があったのは確かだが、育児に関しては親がすべてを握っていたのである。今日の子どもは所有物よりは個人とみなされてはいるが、教育・食事・医療・福祉(well-being)は親の決断のもとにある(Pelias 1991)。  子どものことを決めるには親という立場が最も適当だし、利害関係も最も大きい、というのが親権の最も大きな第一の根拠である(Melton 1983)。二つ目の根拠は、親が自分のことは自分で決めたいということで、子どもの代わりに決めることもここには含まれる(Holder 1988)。後者の根拠は、つまり自主性という道徳原則に端を発するもので、インフォームドコンセントの中心概念でもある。子どもは自分で的確な判断を下せないから、その役割を両親あるいは保護者に担ってもらい、他方彼らは自分達の自主性の延長として、子どもに代わって決断を下すのである(Buchanan and Brock 1989)。 2. 親権の制限:  両親の決断が子どもにとって害になるといえる明らかな理由がある場合は、親権は制限され得る(Wadlington 1983)。児童虐待法が、このように親権を制限するもののよい例である。同法は親の利害にかかわらず、子どもに医療を受けさせるべきだとも定めている。例えば、フェニルケトン尿症(PKU)のスクリーニングは子ども本人の利益になるので親が受けさせるのが正当であろう(Laberge and Knoppers 1990)。同様に、予防接種も、本人および公衆衛生のために利益になるので、受けさせるべきであろう。また、輸血や、細菌性髄膜炎の治療などは、親が反対しても行った方がよいだろう(American Academy of Pediatrics Commitee on Bioethics 1988)。  両親は、子どものために治療手段を探ることが、法律で義務づけられている。例えば、本人が望まないのに、裁判所の許可なしで、未成年者の断種手術をさせてはならない(Reilly 1991)。また、子どもを、親の勝手で、研究対象にさせてもならない。連邦政府も、成人の研究参加は認めているものの、子どもを研究対象にする場合、研究のメリットと安全性が厳しい基準をクリアーしなければならないと定めている(45 CFR46.408,1994)。  また、臨床の場で、診断・治療にメリットがなくむしろリスクやコストが大きいと医療者が考えたとき、診断・治療を拒否することができる。患者には、治療を拒否するという面での自己決定権はあるが、医療者に対して治療を強要することができる自由はないからだ(Brett and McCullough 1986; Youngner 1988)。例えば、患者は、ウイルス感染だからといって抗生物質を請求することもできないし、ただの頭痛なのにCTスキャンを要求することもできない。しかしながら医療者側には、なぜ治療・検査を行わないかを説明する義務があり、さらに必要あれば、治療・検査を請け負う医療者を紹介する義務もある。 3. 子どもの権利を認めていこうという法的傾向:  法律は、大人には決断能力があるとしているが、子どもにはその能力を認めていない。しかし、医療面で親の同意がなくても子どもの同意で治療を行うという動きが、多くの州でみられる(Wadlington 1983; Holder 1988)。これらの州では「大人としての未成年者ルール」("mature minor rule")を取り入れていて、未成年者をある程度の決断なら下せるものとみなしている。このルールは、未成年者の医療に対する意識を高めたいという州側の意向がある場合に適用され、避妊・性病・薬物アルコール依存などの場合がこれに相当する。また、自分で生計を立てている場合、結婚・妊娠している場合、子どもがいる場合などといった、法的に独立したとみなされる未成年者("emancipated minor")も同様に、法的な大人として決断能力があるとみなされる。  (子どもの決断能力)  18歳というのが一般の法律で決断能力の有無の境になっているが、大人としての未成年者ルールや法的に独立したとみなされる未成年者といった概念があるのは、子どもの理解能力・道徳的判断能力の発達を経験上観察できるからである。これらの能力は、継時的に人によって異なる速さで成熟する(Weithorn 1983; Buchanan and Brock 1989)といわれる。すなわち子どもは、連続した発達段階を経ながら、自らの福祉に関する決断能力も獲得していく。よって、子どもの能力に見合った段階で話し合いに参加させていくことが、次の発達につながっていくのである。このような心理的・哲学的な根拠があって、18歳未満の子どもにもある程度の自己決定を許すという、微妙な違いが出てくることへの理解が可能になるのである。  自己決定能力は、3つの能力、すなわち理解力・コミュニケーション能力、合理的で慎重な思考能力、そして道徳価値観の展開・維持能力に分けられる(Buchanan and Brock 1989)。子どもは7歳までに、ある程度の言語・理解能力を備えるため、自分で物事を決めるようになる。そこでアメリカでは、7歳の子どもならば、リサーチの調査対象になるという本人の「賛同」("assent")は有効であるとみなしている(45 CFR 16.408,1994)。同意(consent)には個人の独立した選択をする能力が不可欠だが、賛同(assent)にはリスクとメリットを理解する初歩的な理解能力があり、参加するかしないかだけを決められればよいからである(Grodin 1994)。  子どもは青年期を通して、死の概念、原因があれば結果があること、物事の善悪、今が将来と関係するという感覚などを学ぶ(Buchanan and Brock 1989)。こういった青年期の決断能力の発達にともなって、本人の意向がますます重要になってくる。両親の意向と異なったり、それが必ずしも本人のためにならなくても、本人の意向に注意をむけなければならない。青年期の子どもは、キャリアのことや子どもを産むかどうかの選択に関する情報に純粋な関心をもつ段階にあるのかもしれない。ただし、家族・同年代の子どもからの強制や、差別、自己イメージの変化に耐えられないことも起こりうる。12歳から14歳であれば、検査・治療のもたらす個別のリスクとメリットを評価する能力がある子どももいる(Wadlington 1983; Weithorn 1983)。  (子どもの医療面の委託を受けた者としての医療者)  検査の要求および結果の守秘要求に対して、誠意をもって対応すること。 1. 検査要求の評価  生殖問題のカウンセリングでは、医療提供者は非指示的な態度を保たなければならないが、他方で患者との医療上の委託関係を考慮に入れると、時には特定の選択をすすめることもある。さらに、子どもを担当しているのであれば、子どもの福祉に反することを行わないという場面もあろう。しかし、親の意見も尊重しなければならない。すなわち、医療者は子どもの利害に対する責任と親の望みとの間のバランスをとらなければならない。つまり、親からの要求内容を、子どもに対するメリットとデメリットとの観点から、評価しなければならないのである。しかし、状況が医療よりも心理社会的性格を帯びてくると、この評価もより難しくなるであろう。  遺伝子検査に関しては、そのリスクと利益について、現在わかっていることよりももっとより多くのことがわかるような時機が来るまで、「第一に傷つけてはならない」("primum non nocere")の原則に従うべきである、つまり、不確かな結果にぶつかったら、不明確な利益を追うよりも、危害を加える可能性を避けるべきだ。リスクよりも利益の方が十分大きくなるまで検査は延期すべきだという議論を立てることも可能となる。しかし、検査による利益・損害が明らかでない場合こそ、判断能力のある子どもの意思と両親の意思とに重点をおくことが必要となる。こういった問題はいつも簡単に解決するとは限らない。医療提供者は、最低限、家族と詳細にわたる話し合いを進めなければならない。両親によっては、遺伝子検査を過信して、まったくリスクがないと誤解している人もいる。さらに、他の遺伝サービス提供者、小児科、カウンセラー、倫理委員会に相談して、検査の損得、子どもの決断能力、自主性などを評価してもらうのもよいだろう。また、検査の意味について両親と話し合いをする中で、医療提供者は、子ども・家族に対する価値観について両親との合意点を探ることができよう。もしも合意が得られなければ、検査を断ってもよいし、他の医療者を紹介してもよいだろう。  遺伝医学の臨床応用は、子どもにとって必ずしも最良の利益をもたらすとは限らない検査がつきまとう。例えば、両親が娘のテイザックス(Tay-Sachs)病遺伝子の有無を調べさせ、娘の将来の家族計画に役立てさせようとする場合、娘にとって直接利益がないまま汚名を着せられかねないという深刻な問題につながる。または、子どもの将来発症する疾患を調べさせ、両親が自分達の家族計画や社会経済的問題の決断に役立てようとする場合は、また違った問題が起きてくる。例えば、子どもの遺伝子によって、次の出産計画を決めたり、将来発症する病気を調べてから学費を貯めるかどうかを決めたりするといった問題である。このような場合、家族の利益をとるか、あるいは子どもの利益をとるかでまったく逆の結果になる。子どもの将来を予言することになる発症前診断が、潜在的にもたらす独特な問題は、十分注意をして議論されるべきである。 2. 守秘要求の検討  なかには、検査の結果を子どもに黙っていて欲しいという親もいる。この場合、子どもの福祉のためを思って自分達が決断したいという親の利害と、自己決定権という子どもの利害との間の葛藤が生じる。さらに、子どもが成長して自分で物事を決めるようになると、たとえ開示することが子どもの福祉に貢献しないと医療提供者が考えていても、開示をしないでおくことはさらに難しくなる。  また、検査結果を開示したら子どもにどんなに害を及ぼすかと親なりに解釈する一方で、万が一隠していること自体が露呈する心配もある。親は開示することを避けつつも、こういった葛藤を抱いているのである。医療提供者は、こういった問題を話し合っている間は、検査を先送りにすることも考えるべきであろう。  万一この話し合いが済む前に検査が行われてしまったら、十分話し合ってから、開示するかどうかを決めればよい。その際、子どもの年齢、治療の必要性、治療計画を作るときに子どもを加えるかなどの点について話し合うような、包括的なカウンセリングが必要となる。子どもが成人したときには、検査が行われたことをまず伝え、結果を知りたいかどうかは本人に任せるべきであろう。 C. 結論  子どもの遺伝子検査をする際、医療提供者は、子どもの利益と、両親・家族の利益とを推し量らなければならない。さらに、家族と一緒に、医療面・心理社会面・生殖面での問題について話し合い、子どもにとっていちばんよいケアを探らなければならない。つまり医療提供者は、個々の家族と包括的な話し合いをし、検査についての個別の情報と提案を伝えなければならない。検査のもたらすものは非常によいものであることもありうるし、非常に悪いものである場合もあり、しかもますます検査の適用自体広がってきている現在、家族カウンセリングにおける医療者の役割は重大になってきている。 58