◆3-4-5
ムーア対カリフォルニア大学理事会
[人体組織サンプルにかかわる倫理的法的問題]より
Nuffuild Council on Bioethics 1995 Human Tissue Ethical and Legal Issues,
pp. 139-140
上記報告書中ののAppendix 1(p.139-140)「資料. ムーア対カリフォルニア大学
理事会」(Moore v Regents of the University of California 1990, 793 P 2d
479)の全訳
1. この予審に対するカリフォルニア州最高裁判所の判決は1990年になされた。
パネリ判事は、判決の中で以下のように事実を要約した。
ムーアが最初にカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターを訪れた
のは、1976年10月5日のことである。毛様細胞白血病にかかっていると知らされた
直後のことであった。ムーアを入院させ、「大量の血液、骨髄吸引液とその他の身
体物質を採取し」た後、ゴールドはその診断を確認した。この時点で、ゴールドを
含む被告のすべてが「ある種の血液産物や血液構成物質は、いくつもの商業的、科
学的試みにとって非常に価値がある」ことに気づいており、そういった患者に近づ
くことができることで、「他者との競争に役立つ、商業的、科学的な利益」を得る
ことができることがわかっていた。
1976年10月8日、ゴールドはムーアにひ臓の摘出を勧めた。ゴールドはムーアに
「あなたの生命は危険にさらされており、提案したひ臓摘出手術は......病気の進
行を遅らせるのに必要です」と伝えた。ゴールドの陳述によれば、ムーアはひ臓摘
出手術に同意する文書に署名したという。
手術前に、ゴールドとクゥアンは「意図的に、摘出後の[ムーアの]ひ臓の一部
を入手し」、別の研究室に届けるよう「手配した」。ゴールドは1976年10月18日と
19日に、この趣旨の指示書を与えている。この調査行為は「[ムーアの]治療とは
なんの関係も......なく意図されたものであった」。しかし、ゴールドもクゥアン
も、この調査を行うという自分たちの計画をムーアに知らせようとしなったし、許
可を求めようともしなかった。カリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセン
ターの外科医たちが―原告は彼らを被告として名を挙げてはいないが―1976年10月
20日にムーアのひ臓を摘出した。
1976年11月から1983年9月までのあいだに、ムーアは何度かカリフォルニア大学
ロサンゼルス校メディカルセンターに戻って来ている。彼はゴールドの指示により
そうしたのであって、陳述によると「そういった来院は必要でしたし、彼の健康と
幸福のために不可欠でした。そしてそれは、医師と患者の関係に本来備わった信頼
に基づくものだったったのです」。来院のたびに、ゴールドは「血液、血清、皮膚、
骨髄吸引液と精液」のさらなるサンプルをとった。毎回ムーアはシアトルの自宅か
らカリフォルニア大学ロサンゼルス校メディカルセンターまで出向いていたが、そ
の措置がそこで、ゴールドの指示のもとで行われるべきだと告げられていたからで
ある。
「[しかし]実は、ムーアがゴールドの治療を受けている期間に、被告たちは
[ムーアには]秘密
[資料集p.99]
にされていた行為に積極的に携わっていたのである。......具体的には、被告たち
はムーアの細胞で研究を行っており、[その細胞を]利用し、[ゴールドのいう]
継続する医師と患者の関係に基づく独占的な[細胞との]接触を利用することで、
金銭的にも他者との競争のうえでも利益を得ることを目論んでいたのである......
」。
1979年8月のどこかの時点で、ゴールドはムーアのTリンパ球から細胞株を樹立
(established)した。1981年1月30日、理事会はゴールドとクゥアンを開発者と
して、その細胞株の特許を申請した。「既定の方針に基づき......理事会とゴール
ドとクゥアンは......この特許から生じた......すべての使用料や利益を分かつこ
とになった」。1984年3月20日、この特許は許諾され、ゴールドとクゥアンはこの
細胞株の開発者として、理事会はこの特許の受託者として登録された(米国特許番
号4,438,032 [1984年3月20日]。)
この理事会の特許は、また、リンフォカイン製造のための細胞株のさまざまな使
用法をカバーするものである。ムーアは申立ての中で「個々のリンフォカインの臨
床的な潜在価値の本当のところは......予測が難しい[が]......関係分野で競争
を繰り広げている企業がバイオテクノロジー産業の定期刊行物に公表した報告書に
よると、[それらのリンフォカイン]全種の潜在的市場は1990年にはおよそ30億
1000万ドルになると予測されている......」。
理事会の支援を受け、ゴールドはその細胞株 とそれから得られる製品の商業的
開発のために合意書を交した。ジェネティック・インスティテュート社との合意で
は、ゴールドは「有償の顧問となり」、そのうえ「7万5000株の普通株式を保有す
る権利を得た」。ジェネティック・インスティテュート社はさらに、その細胞株と
それから得られる製品についての資料と研究結果を独占的に入手する......のと引
き換えに、「[ゴールドの]給料の一定割合の株式と諸手当を含む少なくとも33万
ドルを3年間にわたって」ゴールドと理事会に支払うことに同意した。1982年6月
4日、サントスが「その合意に加わり」、ゴールドと理事会に支払われる報酬は11
万ドル引き上げられた。「この期間に......クゥアンは理事会のために」その細胞
株に関する「研究に職務時間の70[パーセント]を費やした」。
2. 当初ムーアは1984年に、ゴールド、クゥアン、カリフォルニア大学理事会、
サントス、およびジェネティック・インスティテュート社を相手どり、カリフォル
ニア州高等裁判所に訴訟を起こした。ムーアは、横領[他者の所有物への不当な干
渉]とインフォームドコンセントの欠如が訴えの理由であると申し立てた。この訴
訟は、高等裁判所から控訴院へ送られ、その後最高裁へ送られた。最高裁の過半数
は、ムーアにその体から取り出された細胞の所有権はないとしたが、ムーアのイン
フォームドコンセントを得る義務と患者ムーアに誠実であるべき義務の遂行を医師
たちが怠っていたか否かという点について下級裁判所に差し戻した。その後この訴
訟は、裁判外で決着がついた。
訳者注:
「」および[]の使い方は原文のまま
[資料集p.100]
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