第1章「アメリカのNPO活動と日本の市民活動」
last update: 20170426
第1章
アメリカのNPO活動と日本の市民活動
Ishizuka, Miyuki
石塚 美由紀
『NPOが変える!?――非営利組織の社会学(1994年度社会調査実習報告書)』第1章
1980年代の半ばくらいから,これまでと質的に異なる,新しい市民活動の流れが起こり始めているという。この新しい市民活動の特徴として,これまでの社会批判をしたり,問題提起をしたりする市民運動的なものとは違い,自分たちでは何ができるのか,自分たちで何をしなくてはならないのかという意識をもち,地域社会で自分たちの生活というもの
を自分たちでデザインして自律的な社会形成をするというような,生活者としての市民意識を強くもった自発的な活動であることが挙げられる(山岡・中村[1995:56-57])。
これらの団体は様々な形態をとって活動している。公益法人という形態で活動している団体もあれば,有限会社や株式会社という形態で活動している団体,そして任意団体のまま活動を続ける団体もある。これらの活動を,総合研究開発機構の『市民公益活動基盤整備に関する調査研究』は「市民公益活動」と呼び,「民間非営利活動の一部で,その中でも特に多くの市民の自主的な参加と支援によって行われる自立的な公益的活動」と定義している(総合研究開発機構[1994:xv])。
そういう中で,90年代に入り,日本でもNPO(ノン・プロフィット・オーガナイゼーション)という言葉が聞かれるようになり,市民活動に取り組んでいる人々を中心に議論が高まっている。★01
NPOはアメリカ合衆国(以下,アメリカと略)の法制度の中に規定されるものであり,また,この国の歴史的,文化的背景の必要によって生まれたものである。TではアメリカのNPOについて紹介し,Uではそれに対応する日本の制度をみる。Vで,日本で民間組織の活動の推進,NPOの制度化などを目指している団体をいくつか紹介する。
T アメリカのNPO★02
1 制度
ここ数年で関連文献が増えているが,意外と具体的なところがわからないことが多い。そして,広義のNPO,狭義の,あるいは通常想定される場合のNPOとあって,少々ややこしい。いくつかの文献に書かれていることを総合し,広義の方から徐々に絞っていく
と以下の1.〜4.のようになるようだ。
まず,州に法人登記申請をする。この手続きは簡単で手数料数百ドルを支払い(税免除団体の資格を得れば返却される),定款(だいたい書式が決まっている)を提出する。直接州の事務所に行けば即座に,郵送で手続きすれば2週間くらいで法人化される。これでNPOになる。このようにNPOは州法で定められたものだから,その種類,分け方も州によって異なる。(岡部[1993:48-49])…1.
しかしこれは法人格を得ただけで,税制上等の優遇が受けられるわけではない。この手続きと同時,あるいはその後,州の租税控除の申請をする。次に,この後,日本の国税法にあたる内国歳入法(the Internal Revenue Code)第501条(c)(3)項〜第501条(c)(21)項(その一覧はSalamon[1992=1994:17],出口[1993c:190])の条件を満たすと,連邦の法人所得税が免税になる(岡部[1992:50])。1.の手続きの後,それとは別に,内国歳入局に申請する。内国歳入局では平均的な人がこの申請書を理解するのに4時間41分,作成して送付するのに9時間22分かかるとしている。ただ,多くの場合,NPOは申請を弁護士に依頼するという。(柏木[1993:22,28]。柏木[1993:69]には申請用紙のサンプルが掲載されている。)…2.
このうち,501(c)(4)〜(21) の団体は「共益団体型」のNPOで,寄付の税控除は認められない。「501(c)(3)と(c)(4),特に(c)(3) に規定された団体が典型的なNPO」(岡部[1993:16])である。(c)(3)と(c)(4)というくくり方もあるということである。…3.
通常NPOといわれる時には,(ファイブ・オー・ワン・)シー・スリー(c3)団体と呼ばれるこの団体が想定されている。「アメリカでNPOというと,「あぁ,501(c)(3)のことですか」といわれることがよくある」「NPOの代表格である 501(c)(3)」(柏木[1992:7,26])…4.
501(c)(3)団体は次のように定義される。
「法人,共同募金,基金,財団のうち,おもに次の目的において設立され運営されているもの。宗教的(religional),慈善的(charitable),科学的な目的,公共安全のための試験の目的,文学的な目的,あるいは教育的な目的,または全米あるいは国際的なアマチュアスポーツ競技を育成する(ただしその活動が運動設備や器具の提供を含まない場合に限られる)目的,あるいは,児童や動物の虐待を防止するために組織運営されているものであって,その純利益が一部たりとも民間の株主や個人の利益に帰属することなく,その活動が立法に影響を与えるようなプロパガンダにつながることなく,あるいは公職を目指す候補者のために政治的なキャンペーンに参加したり干渉(声明の発行や,配布を含む)することのないもの」(出口[1993c:191-192])
この「定義」ではわかりにくいが,c3団体には慈善,芸術,文化,人文科学,教育,宗教だけでなく,人間環境保全,公民権運動,性差別救済,ホームレス保護,地球環境保全,難民救済,核兵器廃絶など,アドボカシー団体と呼ばれるものも含まれる。上の法律上では,一種の社会教育団体として位置づけられるようだ。アドボカシー団体とは,権利擁護や政策提言をしているような団体をいうが,このような団体が政府の政策とは異なる活動をしている場合でもc3のNPOとして法人化が認められる。このようにアメリカの(c3の)NPOには,非常に広範囲にわたる活動の団体が含まれている。
この団体に対する寄付については,税控除が認められる。このc3団体にもさらにいくつかの類型があり,それに応じて控除される限度が違うが,寄付について,個人なら,調整後所得額の30%あるいは50%まで,企業なら10%まで,課税対象から控除できる(岡部[1992:50-51])。これらには5年間の繰り越しも認められている。
他に得られる優遇措置としては,別途申請が必要だが,郵便料金の割引がある。多くの場合10円以下でニューズレター等を送ることができる(岡部[1993:4][1994d])。
以上より,501(c)(3)団体は次の5つの特徴を備えることになる。★03
@公共サービス提供の目的を持っていること
A非営利または慈善の団体として法人化されていること
B組織管理の構造が自己利益や私的な財産的利益を不可能にしていること
C連邦税の支払いを免除される資格を得ていること
Dその団体に寄付を行った場合,税控除の対象になるように規定された,特別な法的地 位をもっていること(ハウジングアンドコミュニティー財団[1994:10])
もう2つ,c3団体についてつけ加えると
E政府の助成金や企業や個人からの寄付が収入の一定以上をしめていること
F政治活動が制限されること
つまり,@公共的なサービスを行い,E事業収入だけで運営されているのでない組織が,
B利益の非分配という制限と,F政治活動の制限を受け入れ,A法人化されると,C免税と,Dその団体への寄付が税控除の対象となるという特典を受けることができる。そうした組織がc3のNPOだということである。
@について。「提供するサービスが特定の個人だけに対するものであってはならない。…公益団体のサービスは,あるクラスの人々に向けて提供するというのでなくてはならない。」クラスとは「一定の条件にある人々」である(柏木[1993:20])。
次でも見るが,有料のサービスを提供することは可能である。ただ「通常の市場価格と同じでは公共性が問われる…。… サービス受給者の支払い能力に応じて料金を課すようなこともしばしば行われている。こうしたスライディング・スケールであれば,より公共性にそったものということができるからだ」(柏木[1993:24])
Bについて。NPOは,日本語で非営利団体と訳される。このようにいうとNPOは収益的な活動は全くできないように思われるが,そうではない。NPOは営利企業と同様に有料のサービス提供,また目的と無関係な収益事業を行うことが認められている。ただし,そこで得られた収入はNPOが行う公益活動に使われなければならず,利益を分配することは禁じられている。NPOの特徴は,この「非分配条件」が自発的,公的に表明された制約として受けいれられていることである。このことと関係する組織の特徴(理事の過半は経営と利害関係をもってはならない――カリフォルニア州法の場合)については第3章でみる。
Dについて。この制度によってどんな小さな団体でも,社会的に認めてくれる人がいれば寄付を受けるのが容易になる。
寄付金の税控除は,政府による暗黙の補助金(an implicit tax subsidy) であるとも言われる(James & Rose-Ackerman[1986=1993],等)。寄付金の税控除を正当化する理論として「補助理論」(Subsidy theory)と「公平理論」(Equity theory)がある。
「補助理論」とは,慈善団体の行う公益の供給は,一般の市場になじむものではないので政府からの補助を行う必要がある。これを政府から直接補助金を支出するのではなく,寄付控除という税制上の補助金とする方が経済的に見て効率的であるという考え方である。
「公平理論」とは,慈善目的の寄付はもともと自分の利益を求めるために行われるのではなく,所得課税は納税者の現実に享受する収支に対するものになすべきだとすれば,利他的目的で寄付をした場合と,自己の利益のために資材を費消した場合とを同等に課税するのは妥当とはいえない。したがって課税の公平という考え方に立ち,慈善目的の寄付金には課税せず控除をして公平を図るべきだ,という考え方である。(公益法人・公益信託税制研究会編[1990],雨宮[1993:296-298]に紹介)
また寄付する側からすると,自分では直接使われ方を特定することができない政府への税金を納める代わりに,地元地域社会で公益的な活動をしているNPOに別の「税金」を直接収める選択権をもてる。
Eについて。これはBのところで述べた,事業がどの程度認められるかということとも関係する。学校,宗教団体,病院は自動的にc3団体の特典が与えられるが,それ以外の団体が租税控除の特典を維持しようとする場合は,通常,収入の3分の1以上が政府の助成金や企業や個人からの寄付でまかなわれているのでなければならない。ただし,政府や財団からの新規の助成金が加わっていることや,会員や特定の個人以外の一般の人々にもサービスを継続しているといった条件を満たせば,上記の収入が1割以上であれば特典は剥奪されない。(柏木[1993:25])
Fについて。「アメリカで「政治活動」といえば選挙運動やロビー活動など主に議会向けの活動に狭く解釈される。地域社会でNPOが様々に展開する「市民運動」は,体制批判的なものでもここにいう政治活動とは異なり,実際上,さほどの制限は受けない」(岡部[1992:51])。c3団体の中にも,選挙運動,ロビー活動ともに完全に禁止される団体(数は少ない)と選挙活動は禁じられるが,ロビーイングは 100万ドルまで(小さいNPOの場合は活動支出の5分の1以下)なら認められる団体とがある。他方,501(c)(4) 〜(21)の団体は選挙運動・ロビーイングともに行える。NPOの中には,政治活動の制限をきらい,c3でなく 501(c)(4)=c4団体としてNPO登録するところもある。また1つの団体を法律上2つに分け,片方が税控除の寄付を受け,片方が政治活動をする「c3/c4分割」という戦術もあり,「シエラ・クラブ」(環境保護団体,c3団体の資格を剥奪されたことがある),「グリーンピース」,「全米女性機構(NOW)」などがこの方法を使っている(岡部[1992:51],柏木[1993:26])。
2 歴史と現況
アメリカのNPOの成長は1940年以降に始まる。第二次世界大戦のための富国政策により政府は大学や病院などに多額の助成を行った。この時期に現在の規模の大きなNPOが成長していった。1960年代は公民権運動をきっかけにして,ラディカルな運動が盛り上がった時期であるが,この時期政府は,社会福祉団体やメディケア団体などへ助成を行うことによって福祉や人権などの充実を図った。このようにアメリカのNPOは一種社会政策的な意味をもつと考えられる。アメリカのNPO活動は,市民側からの自発的な運動に加え,政府の一種の要請によって成長して行った。
1960年代に一つの成長期を迎えたNPOであるが,1980年からのレーガン政権下の新保守主義政策によりNPOへの助成金が大幅にカットされることになる。このことによりつぶれてしまうNPOが数多く出た。1981年には19,000のNPOが活動を停止している。この中でアメリカのNPOはマネジメントやファンドレイジングをしっかりするような性格を強めていった(柏木[1993:5-7])。
1990年現在,NPOの活動による生産はアメリカの国民総所得の 6.8%を占めている。また雇用においては1571万人が働いている。全産業の11.4%。これは無給労働(ボランティアなど)を含めた数で,これを除くと 930万人,6.7%になる。(岡部[1993:11-12],表1)その総収入(1990年)は4246億ドル。日本の国家予算にほぼ匹敵し,同年度の連邦政府予算収入1兆 313億ドルの約4割になる(岡部[1993:13-14])。
ただこのように総計だけを見てもわからないことがある。アメリカのNPOには日本の市民団体のように草の根と言われる団体のほかに,大きな病院や私立学校,美術館,博物館と言ったものも含まれる。財政データ提出が義務づけられた比較的規模の大きいNPOだけをとっても,数としては4%の大規模団体が全支出の77%,全資産の75%を占めている。(岡部[1993:17,表2])上記の巨大な収入(そして支出)の大部分は大規模な団体のものなのである。そしてこのことは,NPOの圧倒的多数が小規模の団体であるということも同時に意味している。
表1 アメリカの非営利セクターの規模(1990年)(岡部[1993:13])★04
法人数 国民所得(10億) 就業者
非営利法人 1,375,000( 5.9%) $315.9( 6.8%) 15,705,000(11.4%)
公益団体 983,000( 4.2%) 288.5( 6.2%) 14,436,000(10.4%)
内,教会 351,000( 1.5%)
共益団体等 392,000( 1.7%) 27.4( 0.6%) 1,269,000( 0.9%)
営利法人 22,008,000(93.8%) 3,623.2(78.2%) 98,021,000(70.9%)
内,非農家 19,865,000(84.7%)
政府 83,000( 0.4%) 692.5(15.0%) 24,530,000(17.7%)
合 計 23,466,000 4,631.6 128,256,000
表2 アメリカのNPOの寡占構造(c3団体,1988年)(岡部[1993:17])★05
団体の規模(年間支出) 団体数 年間支出 資産
$10,000,000以上の団体 1.2% 4.3% 77.2% 74.6%
$ 5,000,000〜10,000,000 0.7 2.4 6.3 6.4
$ 1,000,000〜 5,000,000 3.6 12.5 10.4 10.3
$ 500,000〜 1,000,000 2.8 9.5 2.5 3.0
$ 100,000〜 500,000 9.4 32.4 2.9 3.7
$ 25,000〜 100,000 11.5 39.7 0.7 1.9
$ 25,000未満 ※ 71.0
※財政データ未提出団体 全団体数は460,289団体。財政データ提出団体数は133,602
団体 団体数の右の項,年間支出,資産はデータ提出団体中の内訳
3 政府の性格・多様性への対応
アメリカのNPOが社会的に一つの大きなセクターとして機能しているのには,法制度以外の理由がある。
日本人によるアメリカのNPOである「太平洋資料ネットワーク(JPRN)」(→第3章)の今田克司氏は「アメリカのNPO活動というのは本当にやむにやまれぬ,必要性があるからこそ,そうせざるを得ないっていう現実性に根差した行動だと思います。」と指摘する。
アメリカでは政府とはもともと小さなものであり,そのために人々の政府に対する期待はそれほどない。これは政府よりも先にコミュニティが存在していたという歴史的背景にもよるだろう。
政府の政策は画一的であり,白人中産階級には有効であっても,ヒスパニック系などマイノリティの人々にとってはそうであるとはいえない場合が多い。日本では政府がやって当たり前と思われているようなことでも,それらの人々にとってはそういった恩恵はないのが当たり前だったりする。アメリカでNPOが社会的に大きな役割を占めているのは,日本では政府がやっているようなサービスがもともとない「やむにやまれぬ」状態があり,そのサービスが必要であると感じている人々が集まって活動を始めた,そうせざるを得なかった,ということがある。
例えば,B型肝炎はアジア系の人々にとっては大きな問題である。しかし,アメリカにおいてアジア系の人は人口の3%しかない。そのため,平均的なサービスをする政府では十分なサービスが提供できない。そうするとアジア系のNPOがそういったサービスをすることになる。自分たちの問題を自分たちで解決するため,そのサービスはより的確で受けやすいものとなる。NPOはアメリカの多人種多民族性に非常に適している。
アメリカのNPOの重要な活動の一つとしてアドボカシー(advocacy=権利の擁護・主張・代弁)がある。実際,アドボカシー・タイプのNPOのプログラムが行政に取り入れられている。政府によっては保証できない問題をアトボカシーのNPOは補完している。
今田「アドボカシー・タイプのNPOが社会を変えて行く力になっていることは紛れもな い事実で…その(NPO)のプロジェクトとしてやるというよりは,何か社会的に問題が起きた時にデモをすると。こういった場合はボランティアでやる場合が非常に多いです。ただ何でそういうものがボランティアでできるのかと言えば,既存のNPOがあってネットワークがあって,そこを通って流れるわけです。これはやはり行かなくてはまずいということでデモが大規模なものになる。そういった一つのつながりを使ってアドボカシーができるっていうのはすごいことだと思います。」
しかし,次のような指摘もある。
「アメリカほど,慈善的な行為を熱狂的に喜ぶ国はない。慈善試合やパン売り,オークション,それに何か正義の目的で他をつなぐ運動などが,これ程盛んな国はない。そのほとんどがまじめな動機に基づくものであり,称賛に値する。しかし詳しく見ると,こうした慈善が実際に貧しい人々の役に立つことはまれだと分かる。特に疑わしいのは,所得階層で10分割した際に第1分位に属するアメリカ人の,個人寄付分の3分の1から半分に関してである。ある調査によると,こうした寄付金は恵まれない人々のための社会サービス,すなわち貧困世帯のための学校教育の改善や地域医療センター,あるいはレクリエーション施設などには,あまり使われていないことが分かった。」(Reich[1991:380-381])。
アメリカでは公益的活動は,かなりの部分がNPOによってなされていてそれが当たり前になっているが,その活動はする側にとっても,サービスを受ける側にとっても自由なものである。中村陽一氏(消費社会研究センター代表,「NPO推進フォーラム」に参加)も,「(アメリカの)NPOっていうのは誤解を恐れず言えば,不公平でいいっていう活動なんです。こういう人達を支援するためにやっているんだっていうふうに,ちゃんと固めてミッションステイトメント(→第3章V−1)やっていますから…」と指摘する。
現在の日本では人々の指向が,以前の人並み指向というような同一のものではなく,その人によって価値観もさまざまであり,抱える問題も人それぞれである。政府による政策は平均的な問題に対応するものであり,そういった多様化した問題に十分に対応できない場合が生じている。したがって,自分たちで問題を解決する市民団体の活動は大変有効な手段である。
しかし,市民団体の活動はもともと自分たちが必要と感じるサービスを行うものであるため,アメリカのようにサービスの供給にむらが生じるといったことが起こる。つまり,アメリカではNPOの活動は大変盛んであり,それがアメリカの多人種多民族性に適してはいるが,そこにサービスをより多く享受できる人々と,あまり享受できない人々がいるということである。日本で市民活動が定着するには,どこまで政府がやるべきで,どこまでは市民活動がやるべきか,という線引きが重要になる。中村陽一氏は次のように指摘している。
「福祉なら福祉の分野について,最低限度ここはもう政府がやらなくてはだめだよって合意形成をして,そこは行政の担当っていう枠組みを作って行くしかないでしょうね。市民的な活動ですべて賄えるとは僕も思いませんので,どうしたってやれないところが必ず出てくるはずなんで,そこをアメリカなんかは本当に個人に任されちゃいますから。保険の制度自体が日本のようにないわけですから。そういう状態っていうのはやはり招くわけには行かないでしょうね。」
U 日本の市民活動に関する制度
1 法人化
現在,日本で草の根と呼ばれるような小さい団体が市民活動をするには,任意団体という形が一般的である。任意団体に法律的な規定はないが,判例では「団体としての組織を備え,そこには多数決の原則が行われ,構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存在し,しかして,その組織によって代表の方法,総会の運営,財産の管理,その他の団体としての主要な点が確定しているものではならない」(最判昭39.10.15)とされている(総合研究開発機構[1994:22])
しかし,任意団体のまま活動を続けて行くのは,その団体の活動規模が大きくなればなるほど,難しくなってくる。
登記や登録を必要とする不動産や事務機器などの名義はだれかの名義を借りなくてはならない。この場合,極端な場合,名義人がその財産を持ち逃げしてしまうというようなこともありうるし,名義人が死んだ場合,財産の相続に関して問題が生じてくる。任意団体の財産の所在はかなり不安定であるといえる。
また,任意団体が金融機関から融資を受けるのは不可能である。個人が借りる形をとらなければならない。
さらに,団体が社会的に問題を起こした場合,その責任が個人に問われることもありうる。(アメリカが訴訟社会であることが,NPOの法人化を促しているという指摘(柏木[1993:18-19])もある。)
これらの問題を多くの団体がかかえている(V−1に紹介するシンポジウムでの発言を参照)。
日本に公益的な活動★06をする団体に関する制度が全くないわけではない。日本の公益法人に関する制度としては,民法第34条に定められる公益法人(いわゆる民法法人,財団法人と社団法人の2種類ある),私立学校法に定められる学校法人,宗教法人法に定められる宗教法人,社会福祉事業法に定められる社会福祉法人などがある(その一覧,概要が総合研究開発機構[1994:23]にまとめられている)。
しかし,市民団体が公益法人として認められるのは日本では大変難しい。その理由として,主務官庁による許可制がある。全国で活動する公益法人となるには中央省庁のいずれかが監督官庁としてつかなくてはならない。そして,その設立許可は監督官庁による自由裁量であり,不透明で恣意的であるといわれている。また,団体の活動に関してもその監督官庁の指導を受けなくてはならなくなり,行政の枠を超えるような活動は不可能である。実際,公益法人として活動している団体は市民的なボランタリーな活動というより,主務官庁の役人の天下り先となり,政府の下請け的な活動をする外郭団体である場合が多い。また,財団法人を作る場合,法人格を得るためには基本財産が5億円は必要と言われている(客観的な基準はない)。東京都内に事務所を構えるとしたら,実際は10億円は必要だろうとも言われる。地域で市民活動を行っている団体は,そのほとんどが小さな団体であり,財団法人化は不可能である。市民団体は政府による統制になじみにくいといったこともあり,その多くは法人化できず任意団体のまま活動を続けている。
やむを得ず,営利企業として活動をしている団体もある。例えば,1983年にアルコールの害の予防を行うことを目的として設立された「アルコール問題全国市民協会」(ASK)は,初めは小さな団体で任意団体として活動をしていた。予防活動の一環としての収益事業が力を伸ばし財政基盤ができ,活動が拡大していくにつれ,法人格をもたない任意団体では前述したような不都合が生じてきた。そこで,設立5年後には公益法人計画が持ち上がった。しかし,日本の今の制度では公益法人化は非常に難しく,ASKも公益法人化を断念し,事業部門を独立させ,株式会社とした。他方,母体であるASKが市民活動を続けている。(浅野[1994])
市民団体が法人格を得ることができれば,任意団体の上記のような問題はかなり解決されることになる。また,法人格取得によって市民団体の活動の社会的認知も期待される。法人格を得たからといってすぐ社会的認知が得られるとは思えないが,人々の市民団体に対する認識は変わってくるだろう。
2 税制★07
公益法人は原則非課税だが,一般企業と競合関係にある収益事業に対しては,一般企業(37.5%)に比べ低い税率(27%)で課税されている。また,公益法人が収益事業の収入を公共事業に支出した場合その収入の30%までが公共事業にかかる寄付金として税控除される。そのほかにも非課税措置はとられているが,消費税,有価証券取引税といった間接税,地方税のほとんどは課税対象となり優遇措置はない。任意団体の課税率も,収益事業のみに課され課税率は一般企業と同じ37.5%である。ただし,年間所得が 800万円以下の場合その税率は28%であり,公益法人の課税率とほぼ同率である。
また,アメリカでは寄付金による税控除がNPOの寄付を促していることは前述したが,日本の寄付金の税控除の制度はアメリカほど整ってはいない。日本で個人が寄付をする場合,税控除が受けられるのは寄付をする相手が,国,地方公共団体,「特定公益増進法人」の場合と,大蔵大臣による「指定寄付金」に限られている。
「特定公益増進法人」とは,所得税法施行令 217条に基づき認定され,事業目的について細かい規定があり,その運営組織及び経理が適当であると認められること,相当と認められる業績が期待できること,受け入れた寄付金によりその役員又は使用人が特別の利益を受けないこと,その他適当な運営がされているものと認定されたものと厳しい条件がある。また,特定公益増進法人は,特別の場合を除き民法第34条に基づく公益法人のみを対象に認定される。
大蔵大臣による「指定寄付金」とは,民法第34条に基づく公益法人,その他公益を目的とする事業を行う法人,団体に関する寄付金で,@広く一般に募集されること,A教育又は科学の振興,文化の向上,社会福祉への貢献,その他公益の増進に寄与するための支出で,緊急を要するものに充てられることが確実であること,が認められなければならない。それに加え,大蔵大臣の指定は,@寄付金を募集しようとする法人又は団体の営む事業の内容及び寄付金の使途,A寄付金の募集の目的及び目標額並びにその区域及び対策,B寄付金の募集期間,C募集した寄付金の管理の方法,D寄付金の募集に関する経費,の審査により行われる。
これらの寄付金は特定寄付金と呼ばれ,年間所得の25%−1万円までが税控除の対象となる。特定公益増進法人にしろ,大蔵大臣による指定寄付金にしろ,認定の対象となるのは法人格のあるものに限られ,任意団体は除外されている。任意団体として活動している市民団体への個人による寄付金は税控除にはならないのである。まず,法人格の取得という壁を乗り越えないことには,寄付金の税控除はなされないのである。
法人が寄付を行う場合は,個人が寄付を行う場合と,税の優遇措置が大きく異なってくる。「贈与又は無償の供与として行われた財産的給付のうち,法人の事業遂行と直接関係のないもの」はすべて寄付金とされる。国,地方公共団体への寄付金などを含む特定寄付金以外の,いわゆる一般寄付金にも税の優遇措置があり,寄付の相手は個人が寄付をする場合のように制限されていない。したがって,寄付は必ずしも公共的な寄付に限られていない。
日本では,個人が寄付をするより法人が寄付をすることに関して制度が寛容であるといえる。実際,日本の寄付金支出は法人による寄付が寄付総額に占める割合は94.14%(1990年)と非常に高い。それに対しアメリカは 5.1%である。アメリカでは個人の寄付がかなり一般的である。1989年の個人所得による寄付は平均2.19%である。75%の世帯が年間平均 978ドルを寄付している。(岡部[1993:14],本間[1993:63-71])(→第4章)
V 市民団体活動を推進する
NPOについて議論が高まる中で,実際にNPOやフィランソロピーの活動を進めて行こうとする団体も増え始めている。
1 NPO推進フォーラム
NPOを日本にも根付かせよう,日本にアメリカのようなNPO的なシステムを作り,実質的にも地域でいろんなグループが活動できることを目標として活動を進めている団体として,1993年9月に発足した「NPO推進フォーラム」がある。この推進フォーラム自身も一つのNPOとして活動して行くことを目指しており,企業,生協,シンクタンクの関係者等によって構成されている。
まず,アメリカにおけるNPOの活動の実情を知るため,アメリカに調査団をこれまでに2回派遣している。1回目1993年10月の調査テーマは「NPO活動における情報の役割」であり,平和,環境,労働運動といった市民運動のパソコンネットの確立,市民団体にコンピューターの使い方を教育する,市民団体に意見広告を出すノウハウを教える,などといった「情報」の観点からサンフランシスコを中心にNPOを訪問した。2回目の1994年9月の調査テーマは「自治体と市民とのパートナーシップ――市民参加に果たすNPOの役割」で,コミュニティの問題解決のためのモデルづくり,自治体と市民の媒介としてのNPO,市民団体の対抗的相補性などといった観点でNPOを視察した。
NPO推進フォーラムの一つの主要な活動は,市民団体の活動を情報ネットを手段として広げることである。アメリカにはサポートセンターと呼ばれるNPOの設立や技術面での支援をするNPOがあり,組織の運営に関するコンサルティングや情報を提供している(柏木[1992:25],O'Neill[1987:10])。現在の日本では,市民活動をしている団体についての情報は不足しており,どんな団体が,どこで,どのような活動をしているのかといった基本的な情報を得ることも難しい状態である。したがって,新たに市民活動を始めようという人が,既に同じようなテーマで活動している団体を参考にしたり,市民活動団体が問題に直面したときに,別の団体からヒントを得る,といったことが難しい。NPO推進フォーラムではテーマ別に市民活動団体を分類し,基本的なデータベースをつくり,アメリカのNPOに関するいろいろな情報も含め,さまざまな質問に答えられるようになり,日本のサポートセンターとなることを目指している。
また,地域でNPO的な活動を理解して,実質的にもそういう活動を進めていけるような団体を支援し,NPO化のプロセスに実践的にかかわり,その成果をモデル事業として公開しよう,という企画も進められている。
2 シーズ 市民活動を支える制度をつくる会
この団体は,実際に活動をしている市民団体が,自分たちの活動しやすい法制度を作ることを目指して作られた市民団体の連合体である。
準備会が1994年5月に発足。これと合せて,シンポジウム「市民活動を支える制度を考える」を開催した。少し長くなるが,これを伝える新聞記事を2つ引用する。何が日本で問題になっているのかが現れていると考えるからだ。またこれらの記事がいずれも「家庭欄」に掲載されているのも興味深いと言えば興味深い。
「… 呼びかけ人の一人,市民システム研究所の松原明さんによると,地球規模の環境,難民問題などに市民レベルで取り組むNGO(非政府組織)は国内に約 300団体で最近,政府の援助を受ける事業も出てきた。ほかの分野の市民運動も含めると3000近くあるという。法人格の取得には政府の許可が必要だが,人権問題など国の方針に沿わない活動をする団体は難しい。
シンポジウムには自治体関係者も含め 180人が参加。米国の環境団体のコンサルタント,シャロン・ビハールさんが,米国税法を紹介。「NPO(非営利組織)に寄付した人への税控除や,事業への非課税など優遇措置が認められる一方で,政治活動の範囲が限定されている」と説明した。
日本消費者連盟の富山洋子さんは「法人格がなくても企業や官庁との交渉で困らなかったが,郵便料金の値上げや財政難で,優遇措置がほしいと考えるようになった」。NGO活動推進センターの伊藤道雄さんは「寄付に対する免税措置がないと企業は寄付をしない。事務所の賃貸契約や海外組織に参加するにも法人格がないと不利」と語った。
NPOのための新しい制度も提案された。プランニング・コンサルタントの山岡義典さんは特定の官庁に縛られない法人の設立許可基準を,東京生活クラブ生協の林和孝さんは,都道府県への届け出制や株式会社のような登記制を,朝日大学教授の石村耕治さんは,法人格がなくても寄付金控除を認めたり,家族がボランティア活動の費用を負担したとき,扶養者が寄付金控除を受けられるようにしてはどうか――などだ。」(『毎日新聞』94-5-16:13)
「… 続いて,NGO活動推進センター常務理事の伊藤道雄さんと,日本消費者連盟運営委員長の富山洋子さんから,法人格がないために契約主体になれず,職員の社会保険などに加入しにくいなど日本の市民団体が抱える悩みが披露された。
どんな制度が求められるのか,実際に提案をする第二部では,市民団体に法人格を与えることを中心にした「市民活動推進法案」や,市民団体への寄付金控除などの税制見直しが提案された。
特に議論が集中したのが行政のかかわりの問題。「役人と関係のない仕組みでないと,将来に禍根を残す」(石村耕治・朝日大学法学部教授)など,現在の公益法人のように官庁の監督を受けるのでは法人格があっても様々な面で活動に支障をきたす,との考えが参加者の間では強かった。
会場からも「株式会社は法の要件さえ満たせば設立できる。私利のための組織なら準則主義で,公益のための活動には役所の許可がいるという考えがそもそもおかしい」「行政や企業がつくったような団体や非営利組織も市民団体に含まれるのか?」などの意見が出されていた。」(『朝日新聞』1994-5ー3:13)
こうした活動を経て,1994年の11月5日,21の市民団体によって「市民制度を支える制度をつくる会」(略称:シーズ=C's)として正式に発足★08。正会員となっている市民団体は28団体(1995年1月31日)→48団体(1995年8月8日)。今回の調査対象団体では末廣ハウス,昨年度の調査対象団体ではヒューマンケア協会も正会員である。
この団体の目指すものは次の3つである。
@法人格の簡易な取得
A市民活動を推進する税制の整備
B市民活動情報の公開
この団体が目指す制度は,政府にコントロールされる仕組みでない,市民団体の活動しやすい,市民団体にとって意義のある,活動のツールとしての制度である。市民団体側からの提案による制度作りを目指している。
今年(1995年)1月17日に起こった阪神大震災をきっかけに,法人格取得の問題が政府側からもクローズアップされて来た。これに対してシーズの側からも発言をしてきている。これについてはWと第1章付論で紹介する。
3 末廣ハウス
『ボランティア もう一つの情報社会』(金子[1992])の著者でもある,金子郁容氏
を代表とするNPOであり,場所である★09。場所は中野区,JR中野駅から歩いて10分ほどのところにある。上記の本の印税を使ってアパートを改装,1994年4月から活動を開始した。近くの電柱に「末廣ハウス」という蕎麦屋のような広告?がかかっている。2階はかなり広いスペースがあり,机・電話・ファックス・コピー機等があって,事務関係の仕事ができるようになっている他,大きなテーブルがあって会合等に使える。1階にも,車イスのままで10人くらい集まれる部屋がある。寝泊まりできる部屋もある。障害者にもアクセス可能な仕様になっている。
火・木・金の午後とプログラムのある土曜日にオープンしている(1995年3月現在)。障害者や学生,企業人,ボランティア,近くの住民といったいろいろなフィールドの人達を引き合わせ,新しいつながりを作ることを目的としている。プログラムとして以下のようなものがある。
@金曜日サロン:94年春から夏までのNPOセミナーを発展させた,金曜日の夜ごとにテーマを決めていろいろな人が集まって話し合うサロン。たとえば第3金曜日は「テラリスト」(→第6章)がコーディネートする「企業人サロン」。
Aピアカウンセリング/コーカウンセリング:フレームリットというグループがコーディネート。アサーティブな自己を確立し,他者や社会と積極的に関わり,よりよい関係性を作り出していく。
Bスタイリッシュ・ヘアカット・プログラム:月一回,心身に障害をもちながら自立している人,もしくは自立をめざしている人を対象に,プロのヘアアーティストが無料でカット&スタイリングする。
Cマックサロン:アップルコンピュータ社やクラリス社,インタープログ社から提供してもらったハードとソフトを使い,マッキントッシュのセミナーを行う。スタートアップセミナーとアドバンストセミナーがある。受講生は障害をもつ人やその家族,介助者などを優先。講師はマック関係の各雑誌の編集者,大学院生,テクニカルライター,JCAメンバーなど,無給のボランティア。
D会計・経営セミナー:ボランティア団体・非営利団体の人などが非営利組織の会計について学ぶセミナー。公認会計士の宮内氏が無給のボランティア講師を務めている。
このほかにも新しいプログラムが予定,実施されている。
ここでは特別な人に対してというよりも,普通の人に対して普通に気楽にやろうといった感じで場を提供しているようだ。「金曜日のセミナーなんかは,学生だけじゃなくて,社会人も前から来てる人もいるし,地域のおじさんでノート取っちゃったり,というようなことが起こっているからけっこうおもしろい。学生だけでやるとか,身体障害者だけでやるとかいうんじゃなくて…。」(金子氏)
NPO,市民団体についていろいろ議論がなされているが,一番大切なのは一般の人々の意識を高めることだと思う。末廣ハウスは,わたしも何かできるんじゃないかしらと思ったときに,こういうこともあるし,こういうこともおもしろいよ,といった感じで情報を得られる場である。ここでまた新しい人とのつながりができ,活動の輪を広げることもできる。市民活動は,まだ一般の人には取っ掛かりにくいところがあると思う。末廣ハウスのような場によってそういった先入観を取り除くことができれば,市民活動はもっと参加しやすいものになるだろう。★10
W 阪神大震災以後
1 ボランティア
アメリカのNPOの活動についてみていくと,人々の市民意識の高さが感じられた。日本では,人々は自分の生活に関わっていくことなのに公益的な活動はすっかり政府任せにしてしまっているように思えた。これから市民団体が活動をより活発なものとしていくためには,一人一人が自分たちの生活を自分たちでよくしようという意識をもち,市民団体の役割を認めて行く事が一番大切なのではないだろうか。アメリカでは「やむにやまれぬ」状態でNPO活動が行われているというが,日本ではそういう状態はなかなか感じられなかったかもしれない。
しかし,1995年1月17日に起こった阪神大震災において,政府の対応が遅いと言われる中,ボランティアによるきめ細かい救助活動が展開された。★11
「何かと人手がいる。神戸市はボランティア 30000人を募る呼びかけをした。ボランティアの輪の広がりを期待する。」(『読売新聞』1995-1-19:3)
こうして集まったボランティアは予想を越えかなりの数に上った。
「神戸市災害対策本部が呼びかけた救援ボランティアは,5000人を越え医師と看護婦を除いて募集を打ち切ったという。」(『読売新聞』1995-1-22:3)
「全国各地から駆けつけたボランティア団体などがキメ細かい救援活動を展開している。その数は22日には7000人以上に上った。」(『毎日新聞』1995-1-26:14)
日本はボランティア後進国といわれていただけに,このボランティアの盛り上がりは意外なことのようにも思われた。この後も,ボランティアの活躍が,新聞,テレビなどを通して報道され,一般の人々に政府によらない市民による活動の重要性を知らせることができた。さらに,ボランティアの意義を訴える論者の主張があいついで新聞紙上等に登場することになった。
「これまでも政府が中心になって,高齢化社会に備えた民間マンパワーの活用が唱えられ,ボランティアの育成,支援策を次々と打ち出して来たが,総じて不調に終わっている。日本には行政が期待するボランティア像しか存在せず,国民がなんとなく功利的なものを感じていたからだと思います。
今回の大震災はこれがボランティアだ,という明確なイメージと動機を与えたわけです。… 21世紀の日本にとってボランティアを活用すべき分野は緊急救援のほか,高齢化社会国際貢献,過疎地域支援などが柱になると考えています。民間だからこそ国境の壁を楽々と越えられるし,税金による支援は使途が限定される。だからボランティアの存在が光ってくるのです。… ボランティアに対する公的援助制度はぜひ必要です。日本では赤十字に集中する仕組みになっている浄財の配分についても改革すべきでしょう。」(菅波茂,『日本経済新聞』1995-3-4:1)
「ボランティアは今回の震災で完全に市民権を得ました。ただ,自治体がボランティアを取り込むというのではなく,フォロー(支援)するという姿勢であるべきです。企業も有給休暇を与えてボランティアという会社主義の延長ではなく,社員の自発的な動きをつつましく支援することにとどめた方がよい。」(堤清二,『日経新聞』1995-2-24:1)
2 NPO
さらにこの中でNPOの法制化の必要性を訴える主張もいくつかなされている。
「行政は,市民の活動には価値があるということを認めないから,ボランティア団体の公益法人化も認めない。団体への寄付の控除など,税収が減るからとんでもない。市民の善意の活動は,橋や学校を造るのと同じように公益性が高いのだということを官僚側が認め飛び越えない限り事態は進展しません。」(堀田力,『朝日新聞』1995-2-10:7)
「日本中が市役所めがけて物資を送るのではなく,いくつものNPO(非営利組織)が,このグループは医薬品,ここは衣料品,われわれは食料などと自発的に役割分担し,それぞれの得意分野で物資を集めて配るという作業ができていたら,ずっとスムーズな物流が実現していただろう。しかし,それには普段から社会的に認知されている多様なNPOが多数存在することが前提条件だ。そのためにはボランティア団体の法人化をしやすくし税制上の特典を与える「NPO基本法」などの早期の制定が望まれる。」(金子郁容,「優しい町とボランティアの組織化――「NPO基本法」制定を早く」,『朝日新聞』1995-2-14夕:7)
「NPO研究フォーラム」(会長,本間正明・大阪大教授)による緊急提言(1995年2月24日)もなされた。
「阪神大震災の救援活動を通して,こうした非営利団体の重要性が改めて認識されるようになっているという。
現在NPOのほとんどは任意団体として活動している。法人化するには所管官庁の許可を受けなければならず,満たさなければならない要件が多いためで,税制上の優遇や法律上の保護なども受けにくくなっている。
提言では,NPOについては「登録非営利法人(仮称)」として,法人資格の取得を登録制に改め,契約や課税などの面で法律上の地位を明確にする。
そのうえで,事業内容や財務内容,寄付金の使途の情報公開を義務づけるなどして,「免税非営利法人」や「公益寄付金控除法人」に格上げし,資産収益などを非課税としたり,NPOに寄付した個人や法人に対する所得控除を認めるようにすべきだとしている。
また,法人化しなくても,ボランティア活動をした個人や団体に対して,活動の必要経費に何らかの税控除を認めるような制度改革が必要だともしている。」(『朝日新聞』1995-2-25:夕14)
政府側でもNPOについて何も考えてきていなかったわけではない。94年7月には国民生活審議会(首相の諮問機関,会長・加藤一郎成城学園長)の総合政策部会市民意識と社会参加活動委員会が報告「自覚と責任ある社会へ」を提出。この中で重要さを増す社会参加活動を中心的に担う非営利組織(NPO),非政府組織(NGO)への支援策として,法人格を取りやすい「中間法人」制度の創設を提唱した(『毎日新聞』1944-7-2)。これを受けて経済企画庁が市民公益団体への支援策の検討を行ってきていた。
ただそれは,具体化までは程遠いものだった。しかし,阪神大震災をきっかけに政府側の動きが急になった。1月27日,被災地で活動しているボランティアへの支援強化が決定され,2月3日には,18省庁が参加する「ボランティア問題に関する関係省庁連絡会議」(事務局は経済企画庁)が設置された。政府によるボランティア支援立法の要素としては,@市民公益団体の法人格の取得について,Aボランティアや市民公益団体の公益性を担保する法的枠組みについて,Bボランティアや市民公益団体にたいする支援措置について,Cその他活動するボランティアや市民公益団体に共通する課題について,等が検討されることになった。(『朝日新聞』95-2-4:3)
団体結成当時は,独自に法案のモデルを出し,市民団体による議論を重ねたうえで3年目ぐらいには国会に提案することを目標に,長期計画を立て,1995年1月からボランティア支援立法についての法案検討委員会での検討を開始していたシーズでは,市民団体側でも政府の側でも,この問題に関しては十分な討議がなされるべきだと,政府の法制度化への動きに対して慎重な姿勢である。経済企画庁はボランティア支援立法について震災対策と切り離すことを強調しているが,この急激な政府側の動きを見る限り,行政の補完目的としてボランティア支援立法が検討されていないとは言い切れないだろう。
2月8日には村山富一首相あてにボランティア支援立法に関する要望書を提出した。この要望書は,関係省庁連絡会議と並行してボランティア団体,市民団体の代表が参加する検討機関を設置し,その団体により出された提言を結論に盛り込むよう努力してほしい。阪神大震災の被災地域で活動しているボランティア団体への支援措置は重要であるが,ボランティア支援に関する立法に当たっては,長期的な観点による措置を望む,といった8項目を挙げている。
また2月14日に行われたシーズのオープンフォーラムでも,年間予算 800万円以下の市民団体ならば,任意団体のままで活動して行く方がよいのではという意見も上がった。
政府による何らかのサポートがなければ,市民団体の活動は難しいところがある。しかし,市民団体の活動は自主的であるところにその本質がある。市民団体に関して政府の対応が遅れていると言われているが,対応を急ぐあまり,市民団体の意見がとりいれられないまま,政府によって制度が作られてしまうようでは,この本質が失われてしまう危険がある。十分な検討をへた上での制度化が望まれる。★12
注
★01 NGOという言葉がある。「「NGO」という用語の一般的な意味を確認すれば,NGOとは,国連が政府以外の民間団体との協力関係(協議取極)を定めた国連憲章第71条の中で使われた用語で,直訳すれば「非政府組織」を意味する。しかしながら,より一般的には,国連経済社会理事会との協力関係の有無に関わらず,開発問題,人権問題,環境問題,平和問題などの地球的規模の諸問題の解決に「非政府」かつ「非営利」の立場から取り組む国際組織及び国内組織をNGOと総称している。」(湯本[1994:84])他に,NGO活動推進センター[1994:13-14]の解説を参照のこと。
文献として福田[1988],日本平和学会編[1989],岩崎[1993],久保田他編[1993]他。最近の報告として湯本[1995]。ガイドブック,ダイレクトリーとしてNGO情報局編[1993],NGO活動推進センター編[1992a][1992b][1994][1995]。「シャプラニール」について,シャプラニール活動記録編集部編[1989][1992],シャプラニール=市民による海外協力の会編[1993],「アジア眼科医療協力会」についてアジア眼科医療協力会編[1993]。「国境なき医師団」についてアザーハウス企画・制作[1995]。なお米国ではNGOという言葉はほとんど聞かれないという(今田克司氏による)。
★02 アメリカのNPOについては,岡部[1992](柏木[1993]に再録),個々の団体の具体的な活動報告を含む岡部[1993b],組織構造や具体的な手続きについても詳しい柏木[1993]がよく実態を伝えている(2人は米国でNPOの法人格をもつ日本太平洋資料ネットワークで活躍している→第3章)。出口[1993c]は法制度について比較的詳しい情報を提供している。NPOの経済分析としてJames & Rose-Ackerman[1986=1993],豊富なデータを用い,各領域におけるNPOの活動を概括・分析したものとしてSalamon[1992=1994]。また寺田[1994]はアメリカの環境運動について論じる中で,岡部・柏木の文献等を使いつつNPOを紹介している。ほかに山本[1994],田代[1994a],秋山[1995],等。
★03 James & Rose-Ackerman[1986=1993:5]は501(c)(3)団体の特質として次の3つをあげている。
(1) 法的に,かつ,構造的に非営利であること
(2) 社会的に有益なサービスを行うこと
(3) 収入の一部を寄付金から得ているフィランソロピーであること
またSalamon[1982=1984:22]は「非営利セクター」に固有の6つの特徴として以下のものをあげている。
1.公式に設立されたもの
2.民間(非政府機関という意味)
3.利益配分しない
4.自主管理
5.有志によるもの
6.公益のためのもの
国際的に見ても非営利セクターといった場合,その枠組みは国によってまちまちであり,はっきりしているとは言えない。Salamon 他,ジョンズ・ホプキンス大学非営利セクター国際比較研究グループが5年がかりでまとめた「比較研究から見た非営利セクターの現状」により,第三セクターの必要性とともに,これまでの先入観を覆すような多くの事実が明らかになったが,これに参加した研究者が上げた非営利セクターの基準は,次の七つである。
@きちんとした組織形態をもつ。
A民間の組織であり,政府機関とは別のもの。
B目的は公益であり,営利追及や利益配分はしない。
C自主的な管理能力をもち,外部の支配を受けない。
Dボランタリー性,自発的な意志で運営している。
E宗教に関係しない。
F政治的組織ではない。
これにより,系統をグループ分けした国際分類も作成された(『日本経済新聞』1995-2-12:23,2-19:23)
★04 出典はHodgigkinson et al.[1992]。国民所得にはボランティア,無償家事労働の換算所得を含む。就業者にはパートタイム,ボランティア,無償家事労働者を含む。公益団体とは501(c)(3),501(c)(4)団体。政府は連邦,州,自治体,その他地方団体を含む。
★05 出典はNational Taxonomy of Exempt Entities (NTEE),Hodgigkinson et al.[1992]。
★06 公益的な活動をしている市民団体に対して法人格を認める際に問題となるのは,何をもって「公益的」とするかである。現行の法によっては「公益」とは何かは定められていない。公益法人に関しては民法第34条に「祭祀,宗教,慈善,学術,技芸其他公益ニ関スル社団又ハ財団ニシテ営利ヲ目的トセサルモノハ主務官庁ノ許可ヲ得テ之ヲ法人ト為スコトヲ得」 とあるが具体的に「公益」の内容は定められているわけではない。
★07 日本における公益活動に対する税制,寄付に関わる税制については,総合研究開発機構[1994:22-32],経済団体連合会編[1992:287-296](寄付金税制)。宮内[1992]には寄付金税制の民間助成効果について具体的な試算がある。他に,橋本・古田・本間編[1986],石村[1988][1992][1994],公益法人・公益信託税制研究会編[1990],雨宮[1993],等。また,今田[1993:127-135]は制度の変遷をまとめている。
★08 代表は武者小路公秀明治学院大学教授,事務局長は松原明氏。連絡先は112 東京都千代田区飯田橋4-4-5-501 03-5210-3526 fax03-5210-2047。
★09 以下は,末廣ハウスでの金子氏へのインタヴューと,インターVネット(→第1章付論)の【非営利組織情報】00068「SUEHIRO HOUSE」(小菅富美子,95/03/09)による。
他に,末廣ハウスとそこに参加する人々の紹介として,『朝日新聞』1994-6-21夕の「こころ」欄(「人の相互依存を重視し新社会システムを模索――『ボランティア』の著者金子郁容・慶大教授」)。末廣ハウスの住所は,中野区中央4-42-4 03-5340-5241 fax03-5340-5242。オープンしているのは,火・木・金の午後,プログラムのある土曜日。
★10 他にも,NGO活動推進センター(千代田区神田,資料室を公開→ボランティア・ワークショップ[1994:242]),市民ネットワーク情報センター(港区赤坂→ボランティア・ワークショップ[1994:68])等がある。
★11 神戸でボランティア活動をした人達の記録として,ながた支援ネットワーク編[1995]。アメリカの災害ボランティア,NPOについてマスコミ情報センター編[1995b]。
★12 1992年から1993年の政府,審議会の答申などをあげておく。生涯学習審議会[1992]=「今後の社会の動向に対応した生涯学習の振興方策について(答申)」(1992.7.29 第2部第2章「ボランティア活動の支援・推進について」),厚生省[1993]=「国民の社会福祉に関する活動への参加の促進を図るための措置に関する基本的な指針」(1993.4.14 厚生省告示第117号)(これについて栃木[1993]),中央社会福祉審議会地域福祉専門分科会[1993]=「ボランティア活動の中長期的な振興方策について(意見具申)」(1993.7.29)