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『暴力被害と女性――理解・脱出・回復』

村本 邦子 20011220 シリーズ こころの健康を考える

last update: 20170426

この本の紹介の作成者:TK(立命館大学政策科学部4回生)
掲載:20020729

【目次】

はじめに
第1章 女性への暴力とはなんでしょうか?
第2章 女性への暴力の実態はここまでひどい
第3章 暴力被害から抜け出すには
第4章 暴力被害によるトラウマから回復するために
第5章 暴力のない社会をつくる

【要約】

はじめに

 長い歴史において、女性への暴力は暴力のうちに入れられてこなかったが、これを暴力と認識するようになったこと自体が、大きな第一歩なのだ。その認識を確かなものにし、理解を深めることが出来たら、次の一歩を踏み出せるだろう。セクシャル・ハラスメント、DV、虐待と、何か流行のように扱われているように思えて、複雑な気持ちになる事がある。でも、日本社会が、こういった問題に対処するようになったことは何と言っても嬉しいことだし、これを流行に終わらせてはいけないのだ。

第1章 女性への暴力とはなんでしょうか?

1 女性への暴力が発見された

 ここ数年、ドメスティック・バイオレンスをはじめとした女性への暴力が、新聞・雑誌で目に付くようになった。女性に対する暴力は、最近、急に増えたのだろうか。
 1993年、国連総会での「女性に対する暴力撤廃宣言」に続き、95年の北京世界女性会議では「女性に対する暴力」が重点課題として上げられた。このような国際的意識の高まりとともに、日本でも女性への暴力に目がむけられるようになった。[p.2]
 「女性への暴力」とは、公的生活で起こるか私的生活で起こるかを問わず、女性に対する身体的、性的もしくは心理的危害または苦痛(かかる行為の威嚇を含む)、強制または恣意的な自由の剥奪となる、またはなるおそれのある性に基づく暴力行為をいう。−「女性に対する暴力撤廃宣言」の定義(第一条)、第二条では女性への暴力の具体的な分類[p.9‐10]
 女性への暴力の根本には、必ずや、社会における女性の地位に低さと女性差別がある[p.12]

2 女性への暴力にはどんなものがあるか

(1) ドメスティック・バイオレンス〜親密な関係の中で起きる暴力
 家庭内における暴力は、もっとも人目に触れにくく、たとえ触れたとしても、多く、見てみぬふりされる類の暴力である。加害者は日常的に身近にいるので、暴力被害は一度ならず、繰り返されることになる。
 ドメスティック・バイオレンスは、婚姻関係にあるパートナーだけでなく、付き合っているパートナーなども加害者に含まれる。また、暴力の内容は、身体的なものに限定されず、直接「生命又は身体に危害を及ぼすもの」に限らない。[p.20]
(2) セクシャル・ハラスメント〜社会的関係の中で起きる暴力
 女性は、私的領域において数々の暴力に晒されてきましたが、女性の社会進出が進み、公的領域へ出て行くようになると、暴力に晒される危険は、さらに高くなった。その代表的なものがセクシャル・ハラスメントである。[p.23]
 セクシャル・ハラスメントは、「相手の意に反した性的言動」を指すわけだが、この部分がくせもので、ほとんど全てのセクシャル・ハラスメントにおいて、加害者側は「相手の意に反していなかった」「相手も喜んでいた」などと状況を捉えている。[p.26]
 セクシャル・ハラスメントは、個人的な問題ではなく、場全体の問題であり、最終的には、その場の責任者の責任が問われる。[p.31]
(3) レイプ〜一般社会での暴力
 レイプとは、あらゆる種類の性的暴力を指す。日本では、80年代より、強姦や強制わいせつの被害の告発が起こり、「性暴力」という言葉が使われるようになった。加害者は、見知らぬ男性から、顔見知りの男性、職場の上司や学校の先生、デイトの相手、夫、父や兄、祖父、義父などの身内まで、あらゆる可能性が考えられる。[p.35]

第2章 女性への暴力の実態はここまでひどい

 現実に、女性たちはどんな暴力被害に合っているのだろうか。

1 女性への暴力をめぐる嘘がたくさんある

 女性への暴力に対しては、社会的・歴史的後押しがある。(例えば、暴力被害を受けた女性がその両親に相談した場合に「あなたも大変だけど、子供たちのために辛抱しなさいね。」と言われるなど。)ここでは、このように女性への暴力を後押しするものを「女性への暴力をめぐる嘘」と呼ぶ。
 女性への暴力をめぐる嘘は、長く続いてきた男性中心的な価値観を存続させるのに貢献してきました。女性への暴力は、女性を支配し、男性優位社会を維持するために用いられることが指摘されている。私たちの中には、女性への暴力にまつわる神話(嘘)が浸透し、加害者の責任を過小評価し、被害者を責める傾向がある。[p.48]
 嘘とは「被害者が望んでいた」「被害者のせいだ」「特定の女性のタイプに起こる」「被害者が嘘をついている、誇張している」「加害者に責任がない」「それほど悪影響がなかった」「例外的な状況だった」[p.49-52]

2 女性への暴力の実態を見る〜暴力は高い確立で起こっている

(1)ドメスティック・バイオレンス
 「夫(恋人)からの暴力調査研究会」による実態調査:59%の女性が夫(恋人)からの身体的暴力を経験。暴力の程度も深刻で、37%がけがを負い、そのうち6割が病院で治療を受けている。(1992年)[p.53]
 東京都調査、総理府調査においても女性から男性への暴力もあるが、割合からいえば男性から女性への暴力の方がはるかに高いということ、女性から男性への暴力には精神的暴力が多いということである。[p.56] 
(2)セクシャル・ハラスメント
 ・働くことと性差別を考える三多摩の会、一万人アンケート:ボランティア・サンプルによる調査であるが10人中9人までがセクシャル・ハラスメントを経験している。
 ・人事院・国家公務員セクシャル・ハラスメント調査
  http://www.jinji.go.jp/kisya/sekuhara.htm
 ・名古屋市男女共同参画推進会議他、セクシャル・ハラスメント等に関する意識調査
  http://www.city.nagoya.jp/josei/info.html
 ・名古屋大学でセクシャル・ハラスメントを考えるネットワーク、名古屋大学セクシャル・ハラスメント調査
  http://www2.jimu.nagoya-u.ac.jp/circle/sonota/nsnw/result.html
[p.57-64]
(3)レイプ
 今なお、その実態がつかめていないのがレイプである。警視庁の発表によれば、1998年、強姦の検挙件数1652件、強制わいせつの検挙件数は3498件でした。レイプは犯罪として報告される割合が低く、報告しても、有罪となるケースは、今なお、非常に少ないと言われている。[p.65]
3 女性への暴力がもたらす心理的影響を考える〜暴力は女性に深刻な影響を与える
 暴力には、身体的な損傷をもたらすものもあれば、目に見える傷を残さないものもある。ひどい打撲や骨折を見れば「これはひどい」という人でも、セクシャル・ハラスメントや痴漢などの被害に対しては、「いいじゃないか、触ったからって減るもんじゃなし・・・」と言うかもしれない。忘れてはいけないことは、暴力は身体的な傷だけではなく、心の傷をも与えるものだということである。[p.67‐68]
(1)一般的なトラウマがもたらす心理的影響
 ・PTSD(外傷後ストレス障害)−PTSDの診断基準
A‐危機的状況の経験(トラウマ)、B‐トラウマの再体験、C]‐回避・麻痺、D‐過覚醒、E‐上記、BCDの障害が1ヶ月以上継続していること、F‐その障害のために、苦痛が生じ、社会的・職業的など重要な領域で、重大な問題が生じていること[p。69‐72]
 ・複雑性PTSD−子どもの虐待やドメスティック・バイオレンスなど、暴力が長期にわたって繰り返される時、もっと複雑な症状を呈するPTSDのこと。
 ・解離性障害−解離性健忘、解離性遁走(フーグ)、離人性障害、解離性同一性障害、不特定多数の解離性障害の5つに分類する。解離については、よくわかっていない部分がたくさんあるが、要するに、体と心、思考と感情、意識と体験を切り離し、自己をいくつかの断片に切り離してしまうことをいう。[p.80‐81]
 ・その他−様々な身体症状、鬱、アルコール依存、摂食障害、強迫症状、パニック障害、自傷、自殺未遂、その他ありとあらゆる種類の症状の背後に、トラウマが潜んでいる可能性がある。[p.83]
(2)女性への暴力が及ぼす心理的影響
 ・ドメスティック・バイオレンスによる心理的影響
ドメスティック・バイオレンスによる心理的影響を表すものとして、レノア・ウォーカーは「バタード・ウーマン・シンドローム」という言葉を作った。バタード・ウーマン・シンドロームには、認知のゆがみ、麻痺・抑うつ・過覚醒・不安障害の3つの構成要素があり、PTSDの中に含められる。認知のゆがみにはいくつかの側面がありますが、いわゆる再体験、恐怖の体験が始終思い出されたり、些細な引き金によって、過去の記憶に引きずり込まれてしまう、フラッシュバック(恐怖となった場面が映像のように見える)、悪夢にうなされるなどの例が上げられる。[p.85]
 ・暴力のサイクル
ドメスティック・バイオレンスにおける暴力は、虐待のサイクルがあり、緊張が高まっていく第一相、爆発と暴力が生じる第二相、穏やかな愛情のある第三相という三つの層からなっており、これが繰り返される。虐待の加害者は、普段は人の気持ちに敏感で、気配りができ、純粋な少年のように見えることが多いと言われている。それで、女性の方は、ひどい暴力を水流に流し、彼を信じて新しい関係に賭けようと決心するのである。[p.90]
 ・セクシャル・ハラスメントによる心理的影響
三多摩の会の調査で、セクシャル・ハラスメントの心と体への影響に関して、被害者の36・4%の人が何らかの影響を訴え、具体的記述としては「会社勤めができなくなり、今も人間嫌いが残る」「男がそばにいると(主人でも)、鳥肌が立つ」「自殺未遂」その他が挙げられている。[p。93]
心理的影響の主なものはPTSDだが、セクシャル・ハラスメントに対する感情的反応としては、ショック・否認・怒り・フラストレーション・混乱・不安・恥・無力感・罪悪感・孤立感があげられる。[p.96]
 ・レイプによる心理的影響
レイプによる心理的影響は、レイプ・トラウマ・シンドロームと名づけられ、PTSDに含まれる。まず、記憶の侵入・再現とが現われるが、レイプ直後の危機段階では、被害の記憶とそれにまつわる不安、怒りに圧倒される。

第3章 暴力被害から脱け出すには  

 暴力被害に遭遇した時、あるいは身近な女性が暴力被害を受けていると知った時、私達に出来ることはなんなのだろうか。

1 被害を認識することから始める

 暴力被害から脱出する第一歩は、暴力被害の認識である。女性への暴力は、長い歴史において、自明のものと見なされてきたため、これを暴力被害のとて認識することは、実は非常に困難である。これが「女性への暴力」として認識されるには、長い時間と女性たちの闘いが必要だった。暴力を暴力として認めるには、女性も男性と同じく、尊厳を持って、自分の人生を主体的に生きる権利があるのだということが、人々の意識に十分に浸透していなければならない。今なお、それは大きな課題である。[p.108]
(1) 被害者であることを受け入れる
 被害を認識するとは、自分自身が被害者であることを受け入れるということである。被害者であることを受け入れるとは、正義や公正、あるいは世界の秩序といったものを認め、それに照らし合わせた時「自分は悪くない」と考えることができることである。[p.109]
(2) 被害者意識について
 被害者であることを受け入れるもう一つの困難は、「被害者意識」と呼ばれるものと関係があると思う。被害は被害であり、被害者は自らの不運を嘆き、悲しみ、加害者を責め、憎む権利がある。もちろん、被害者自身が被害者としての立場を取ることに固執しない事を選ぶ場合もあるだろう。だからと言って、周囲が「被害者に被害者意識を持つな」と押しつけることは出来ない。被害者は被害者意識を持つ権利があり、それとどう折り合いをつけていくかは、被害者の選択に委ねられるべきだ。[p.111‐112]
(3) サバイバー(生存者)であること
 被害者であることを受け入れる困難さには、被害者であることを受け入れることが、自分の無力さと直面するという、もう一つの理由がある。ひとたび、暴力被害を経験してしまうと、基本的信頼感にひびが入る。この世では、醜く恐ろしいことが起こるのだと知ってしまったわけであり、同時に孤立無縁感も経験する。その中で、自分が無力であるということを受け入れることは、残忍な運命に自分の人生をすっかり委ねてしまうことを意味する。[p.115]
 「サバイバー」とは、被害に遭い、犠牲になったばかりでなく、「そのような大変な状況下をよくも生き延びたものだ!」という感嘆と尊敬の念を持って、そこに、積極的な意義を見出していこうとする言葉である。[p.116]
 被害者であることを受け入れること、しかし、その被害を生き延びた自分に誇りを持つことの両方が必要なのである。[p.117]
(4) エンパワメントという考え方
 サバイバーであった自分の力を認識していくプロセスは、エンパワメントと呼ばれる。被害体験は、人を無力な状態へと陥れるが、そのような状況下で生き延びた自分の力を認め、誇りを取り戻していくプロセスが必要である。[p.118]

2 安全を確立するために行動する

 暴力被害に遭った(遭い続けている)女性に一番必要なのは安全である。何より、身体の安全と安心感(心の安全)が確保されなければならない。そのためには、危機を認識する必要がある。[p。119]
(1) ドメスティック・バイオレンス
 ドメスティック・バイオレンスの暴力から逃れ、安全な生活を確保するためには、パートナーとの距離を取るのが一番である。たとえ今すぐ、別居や離婚を決断することが出来ない場合でも、暴力を振るわれる危機がある時、一時的に避難する場所を探しておくことも必要である。[p.123]
@味方を探すこと、情報を集めること
相談機関−女性センター、女性相談センター(婦人相談所)、民間の相談機関
A一時的に家を出る
一時的な避難場所−公的シェルター、民間シェルター
B長期的な避難−女性自立支援センター(婦人保護施設)、母子生活支援施設
C離婚−協議離婚、調停離婚、裁判離婚の三種類がある。
DDV防止法−大きな特徴は、暴力に悩む被害者を加害者から分離する「保護命令」制度である。これは、生命の危機にさらされた時、危害を受けるおそれが高い時、被害者は公証人の認証を添えて、裁判所の書面で保護命令を申し立てることができる。[p.123‐136]
(2) セクシャル・ハラスメント
 セクシャル・ハラスメントには、対価型と環境型の二種類があり、加害者だけでなく、使用者の雇用管理上の責任がある。そのため、セクシャル・ハラスメントを認識した時、不快を訴える対象は、加害者とその場の責任者の二種類が考えられる。[p.137]
@意思表示をしたり、上司に相談する
A社内(学内)の相談窓口を利用する
B弁護士に相談する[p.137‐141]
(3) レイプ
@病院へ行く
A警察へ行く〜被害届と告訴[p.141‐150]

第4章 暴力被害によるトラウマから回復するために

 現実に暴力被害から逃れ、安全を確立したことで、心の平静を得ることができ、時間の経過とともに、だんだん被害が過去のものになっていけばよいが、時間が解決してくれないことがある。現実的な安全を確保することができたら、次に、心の安全、安心を得ることができているか、考えてみよう。[p.152]

1 メンタル・ヘルスの専門家の援助を受ける

 残った問題が心の問題ならば、メンタル・ヘルスの専門家の援助を受けることができる。女性相談や被害者相談など選択肢は色々ある。ただし、女性への暴力被害に対して理解していない専門家は少なくないので、どこにかかるか、よく吟味する必要があるだろう。[p.154]
(1) あなたに適切(2) な専門家を見つける
(3) 専門家の立場について
 女性への暴力被害に対する専門的援助の仕方には、様々な立場がある。[p.157]
@薬物療法−眠れない、自分を傷つけたい衝動に駆られる、気分が落ちこんで死にたくなるなど、症状によって生活が脅されている場合には薬が必要である。[p.158]
A認知行動療法−基本的には、認知や行動パターンに働きかけ、短期間で症状を抑える事を目指すが、トラウマによる症状に対処する多くのテクニックを持っている。[p.159]
BEMDR−「眼球運動による脱感作と再処理」。侵入的なイメージやトラウマの記憶と結びついた不快な感覚に対して、治療者の指の動きを目で追うことで、非常に短期間に症状が消滅する。[p.159]
C精神的動的治療法−フロイトに始まる精神分析やユング派心理療法に加え、支持的アプローチ、対人関係アプローチ、短期療法などを含め、クライエントの心に焦点を当てた心理療法の総称。基本的には、話し合うことで、自分自身を理解し、問題を解決していく方法。[p.160]
Dフェミニスト・カウンセリング−フェミニズムの視点から、女性を援助しようとする立場を取る人なので、女性の暴力被害に関しては、一番理解が期待できるかもしれない。[p.161]
(4) 回復の段階に応じた治療法を利用する
 最近では、トラウマからの回復の過程をいくつかの段階にわけ、それぞれの段階に応じた治療法を統合しようとする立場も出てきている。代表的なものとして、ジュディス・ハーマンによる、トラウマからの回復の三段階が挙げられる。第一段階が「安全」、第二段階が「想起と服喪追悼」、第三段階が「再結合」である。[p.162]

2 回復の段階とセルフ・ヘルプ

(1) 第一段階 : 安全
@トラウマの影響に気づく−自分自身の症状を客観的に捉え直し、被害との関連を探る。[p.164]
A自己コントロールの力を取り戻す−暴力被害は人を無力にし、自分で自分自身を、自分の体を、心を、生活をコントロールする力を奪ってしまう。この奪われた「力」を取り戻す必要がある。そのためには、秩序のある日常生活の確立と症状の管理が必要である。[p.167]
Bリラックスすることを学ぶ−暴力被害を受けた時、共通して起こる事は、リラックスできなくなるということだろう。一度危機を経験すると、再び安心し、リラックスする事が途方もなく難しい事になる。回復に向かうプロセスは、たくさんのエネルギーを必要とするので、できるだけ、リラックスする時間を持ち、エネルギーを貯めることは大切である。[p.169‐170]
Cサポート体制を作る−回復には、たくさんの人々のサポートを得る必要がある。被害体験は、孤立や疎外を生む。回復のためには、孤立を破り、他者の助けを受ける必要がある。[p.171]
(2) 第二段階 : 想起と服(3) 喪追悼
 トラウマは、記憶をバラバラにする。また、記憶を曖昧にしたり、なくしたりする。回復の2段階ですることは、ストーリーと感情・感覚を結び付け、過去を意味のある物語にしていく作業である。このプロセスは、トラウマとなった体験をもう一度、体験し直すことであり、大変辛い作業になる。[p.175]
@記憶を再構成する−過去を過去にするためには、傷ついた瞬間の断片化した過去をひとつひとつつなげ、ストーリーにしていく作業が必要である。被害を受ける前の自分はどんなだったか、どんなことが起こり、自分はそれをどう受け取り、どんな風に生き延びたのか。バラバラで扱いかねていた過去がつながると、過去が意味を持ち始める。[p.177]
A記憶に感情をつなげる−何が起こったかという事実を思い出すだけでなく、記憶が感情や感覚とつながる必要がある。そのためには、当時は自分を守るために、十分感じることができなかった感情や感覚を、安全な状況において、体験し直す必要がある。[p.180]
B喪失を悼む−過去の整理には、自分が失ったものを嘆き、悼むというプロセスを含むものである。喪失を嘆き、悼むということは、それを断念し、失った現実を受け入れるということだろう。これは加害者を許すこととは別次元のことである。加害者を許さなければ回復はないということではない。[p.183‐184]
(4) 第三段階 : 再結合
 これまで、過去にどっぷりと浸かっていた状態から離れ、基礎を現実に移し、新しい人生を歩み始める。過去がすっかり過去になり、現在から未来へと、時間が流れ始める。現在を生き始めるようになると、現実の新しい問題に直面し、問題解決に取り組むことが必要になる。[p.185]

3 子どもを虐待していたとき〜自分の加害者性と向き合う

 暴力被害者の回復が、これまでに見てきた三段階ですむとよいのだが、悲しい事に加害者としての自分と向き合う結果になる場合がある。暴力は、被害者に破壊的なエネルギーを注入し、注入されたエネルギーは、必ずどこかに吐き出されなければならないかのようである。[p.188]
 一般に、男性はこの破壊的なエネルギーを非行や反社会的行動という形で表しやすく、他者への暴力という形で発散させる傾向がある。他方、女性はこの破壊的なエネルギーの向け先がなく、自分自身に向ける傾向がある。この男女差は、社会の性別役割や役割期待に由来するものと考えられるが、暴力が強者から弱者へ向けられることを考えるならば、男性と比べて、社会的弱者の立場にある女性には、自分より弱者を見つけることが困難だからかもしれない。
 女性にとって、手近な弱者とは、多くの場合、子どもである。女性が子どもを虐待するのは、自傷行為の延長のようにも見える。母親を絶対視し、母親一人に子育ての責任を押し付ける社会は、この危険な誘惑を後押ししている事になるだろう。[p.188‐189]
 多くの人は、ある面においては、被害者であり、別の面においては、加害者であるのかもしれない。大切なことは、だからすべての責任をうやむやにせずに、なぜ、どんなふうに、何が起こったのかを理解し直すことだと思う。それができれば、同じ過ちを繰り返さずにすみます。被害者として加害者に怒り、加害者として自分に怒り、痛恨し、可能な償いをする必要がある。[p.190]

第5章 暴力のない社会をつくる

 暴力がこれまで見てきたように、深刻な影響を与えるのだとしたら、暴力が起こる前に、それをストップさせることを考える必要があるだろう。[p.194]

1 女性への暴力をもたらすもの

 女性への暴力の原因
@アルコール−ドメスティック・バイオレンスの25〜85%、知り合いによるレイプの75%までが、アルコールと関わっていたと報告されている。[p.194]
A家庭や学校での影響−女性に暴力をふるう加害者の多くが、子ども時代に虐待を受けていたり、暴力を目撃している。この経験により、女性への暴力が学習されて行くのである。[p.195]
Bメディアの影響−ポルノグラフィーが女性を対象化し、攻撃的な性の対象にする傾向を強めることは、様々な実験、研究によって明らかにされている。小学校時代、暴力的なテレビを長時間見ていた男の子は、思春期に暴力的な行動を取りやすく、成人してから犯罪を犯す傾向が高まることがわかっている。
C社会一般の影響、ジェンダー役割期待が及ぼす影響−男の子は、小さい時から「男らしく戦え」「男は泣くな」などと育てられ、女の子は年頃になると、「女らしく」なることが期待され、行動を慎むようにしつけられる。男女関係において、男性は多少なりとも攻撃的に、女性をリードすることが期待される。これが、男性を加害者にし、女性を被害者にするけいこうがあるのだ。[p.196‐197]
 女性への暴力は、これら、あるいはもっと多くの要因が複雑に絡みあって起こるのだろう。いずれにしても、女性への暴力をなくすためには、男女役割分担を見直し、女性を単なる性的対象と見なしたり、支配の対象と考える風潮をなくしていく必要がある。また、女性への暴力は、文化社会的問題であり、社会のシナリオに方向付けられ、家族や仲間関係、マスコミなどの媒体を通じて受け継がれていく。このシナリオを書きかえていく必要がある。[p.197]

2 具体的に変えていくべきこと

@法制度−社会の女性への暴力に対する寛容度が高ければ高いほど、暴力ははびこる。そのため、社会が女性への暴力を許さないという姿勢を示す必要がある。その手段が、法律と処罰である。2001年になり、ようやくDV防止法が成立したことは、そういう意味でも画期的である。[p.198]
A加害者の治療−暴力を奪う男性の治療については、多いに議論が分かれるところである。一般的には、性暴力の加害者にせよ、ドメスティック・バイオレンスの加害者にせよ、治療に必要な時間と労力は膨大であるにもかかわらず、成果が見られる人は少なく、非常に効率が悪いといわれている。[p.199]
 加害者の治療以上に、被害者の治療や支援体制が求められていることは議論の余地がないが、それでも、加害者の治療によって、未来の被害者を防ぐことができることは確かである。また、加害者形成のメカニズムがもっと明確になれば、加害者をつくることそのものを予防する道も開けるだろう。[p.200]
B社会啓発−社会が、女性への暴力が問題であることを認識し、それが起こった時、周囲の人々が放置するのではなく、きちんと対処できるためには、社会全体への啓発が必要である。社会啓発が目指すべきものは、第一に、誰もが、、問題に正しい理解を持ち適切な処置ができるようになること。第二に、問題意識を持つ個人が何らかの行動を起こせるようにすること。第三に、コミュニティ・アクションで、コミュニティ主導の行動を起こすよう促すことである。このように、女性への暴力をこの社会は許さないのだという姿勢が確立されていけば、暴力は減り、被害に遭っている女性も援助を求めやすく、問題を早期にくい止められるようになるはずである。[p.201‐203]
C予防教育−日本では、アメリカの「子どもへの暴力予防教育(CAP)」が広がりつつある。これは、いじめや性虐待が起こったとき、子どもがそれを認識し、抵抗し、報告するように教えるプログラムである。[p.204]

3 暴力への抵抗力をつける

 ブルームは「トラウマの細菌理論」を提示した。これは、トラウマを細菌に例えた理論である。私達一人ひとりは、細菌に対して無力であり、どんなに他者が個人的な善意と暖かい心を持って保菌者に接したところで、あるいは、どんなに一人が強くなったとしても、社会に広がるトラウマ・ウィルスを何とかしない限り、無力である。このウィルスに対処するには、感染源への抵抗力を増すこと、つまり、暴力へ抵抗力を増すこと、治療につながる要因の促進、病気を育てる外因を減らすことが必要である。バクテリアやウィルスが感染源になるように、暴力加害者は、トラウマという伝染病の保菌者であるといえる。[p.206‐207]
 ニーとピーターズは、虐待において、加害者、被害者、傍観者は三角形をなして均衡を保っており、この三角形からひとたび外れると、不均衡が生じ、人は新たなる三角形を形成しようと、三角形のメンバーを探すのだと言っている。「虐待の連鎖」とは、この三角形を保とうとする適応的な行動に他ならない。この連鎖を断ち切るのにもっとも有効なのは、傍観者の立場にいるものが、傍観者であることをやめ、被害者と加害者を援助する側に回ることだろう。傍観者であることをやめるために、私達がもっと暴力と、その破壊的影響について学び、認識し、協力し、介入していくことが必要である。女性への暴力をなくすために必要なのは、私達一人ひとりの力である。[p.208‐209]


……以上……


REV: 20170426
性暴力/DV:ドメスティック・バイオレンス(domestic violence)  ◇性(gender/sex)  ◇フェミニズム (feminism)/家族/性…  ◇BOOK  ◇2002年度講義関連 
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