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『なぜ夫は、愛する妻を殴るのか?――バタラーの心理学』

ドナルド・G・ダットン、スーザン・K・ゴラント,中村正 訳 20010830 作品社

last update: 20170426

この本の紹介の作成:下釜 輝光(立命館大学政策科学部3回生)
掲載:20020810

第一部  バタラーとは、どのような男なのか?

第一章
 「バタラー」とは、妻や家族に暴力をふるう男性のことを言う。
もっとも危険なバタラーとは周期的に繰り返して妻を殴る男である。
このタイプの男性の危険性は、暴力が繰り返して起こり、人目につかないことである。
 アメリカンフットボール史上、類いまれなランニングバックであるO・J・シンプソンは、元妻のニコルとその友達ロン・ゴードマンを殺し容疑で告訴された。彼は、スポーツの場だけでなくTV番組の人気コメンテーターであり、映画にも出演し、アメリカの誰もがわかる有名人である。ところが家庭では全くの別人であった。O・Jが家庭内で殺人を犯したのである。信じられないファンは、裁判所の外で多くの人々が集まりO・Jへの忠誠を誓っていた。しかし、カリフォルニア州検察官によって公開された妻ニコルの警察への通報電話の録音テープはこの神話を崩し、家庭では暴力的であり、対外的な面とのギャップをしらしめた。
 私たちは、見ただけで彼ら「バタラー」を識別することはできない。家の外では他の人と同じように見える男性が、なぜ家の中で暴力を振るうのかを理解することができない。 親密な間がらにおける虐待は、殴ったり、叩いたりすることだけではない。過去から現在に渡りすべての社会的関係から妻を切断し、孤立させるために、心理的・物理的に彼女らを支配することである。妻の自己の価値を低下させることにより、奴隷状態に陥れようとすることだ。妻たちは腕の骨を折られても「事故」と偽り、また、何十回も殴られながらもう一度夫にチャンスを与える。
 虐待する男性の多くは、「見捨てられた」と心で感じたときに、虐待がエスカレートする。この「見捨てられた」という感覚は、勝手な思い込みであり、誤解でしかない。虐待者は、最悪の事態を想定し、「予言の自己成就」(思い込みを実現するように行動する)をしているのである。この「見捨てられた」という男性の幻想には、性的な要素が強烈に影響している。妻が他の男性を求めていると性的な三角関係に結び付け、夫はわずかな証拠をかき集める。妻の下着を何らかの痕跡を確認するためにチェックし、男性から電話があるだけで暴力を振るう。
 虐待する男性は、犠牲者だともいえる。感情的な渇望や欲求をもった人格がつくりだされてしまったという意味で犠牲者といえる。

第二章
 「身体的虐待」と「感情的虐待」とは、相互に関連している。ともに相手を意のままに操りたいとの欲求を基礎としている。感情的な暴力は、必ずしも身体的な暴力につながるわけでなく、身体的な暴力とは感情的な暴力の一種だと考えることもできる。殴られることで感情的にも傷つくからである。
 虐待者のタイプには三つあり、人間としての行為の基準を破ったときに自らをとがめることができない精神病質的な虐待者。何でも自分でやりたい過剰にコントロールされた虐待者と、暴力と嫉妬が絡み合った感情の複雑な心的機制を有している周期的に感情を爆発させる虐待者である。

第三章
 虐待の周期は三つの段階からなっていて、「緊張が高まっていく段階」「虐待が爆発する段階」「悔い改める段階」である。彼らは、感情的な衝突が地震のように激しくなる異なった世界観を形成し、地殻変動のような感情の爆発が起こる。そして、爆発後は、紳士にもどる。緊張が高まっていく段階では、虐待したくなるという欲求に突然襲いかかられる。彼らの心の中に存在する根本的な恐怖心と精神的な弱さが、彼らの”気分の変化”と”思い込み”の背景に存在する。女性にとって危険な時期は、二人が別居している時、シェルターを探しているとき、妊娠したときである。虐待が爆発する段階は、加害者がアイデンティティが害されたと感じたときである。心が身体から離れていくように思える「解離状態」である。周期的な虐待者にとって、物理的な暴力的行為は、鬱積した緊張と「回避的な覚醒」による感情を開放するもので、虐待者が疲れてへとへとになるまで暴力は続けられる。虐待者はこの過程を繰り返すうちに、緊張からの解放感から中毒になっていく。最後の悔い改める段階では、虐待者は暴力について受け入れない態度、償いたいという態度と暴力をなくすという約!
束をする。犠牲者はこの悔い改める段階で示される行動こそが、本来の夫なのだと信じ、彼を助けることができるのは自分だ
けだと思い込んでしまう。
 虐待は、男性が酔っているときに起こることが多い。そして暴力をアルコールの責任に転嫁するする。彼らはアルコールは迎鬱と不安の不快感を抑え、覆い隠すための方法であると学習し、また、アルコールが抑制を解き放つことも経験している。こうした過程で暴力を振るう危険が高まる。

第二部  <虐待的パーソナリティ>は、どのようにつくられるか?

第四章
 専門家たちは、虐待の攻撃性を二つに分類し、敵に対しての正常な攻撃と、全く見知らぬ人や愛する人に向けられる異常な攻撃である。妻を攻撃する者は脳の構造に欠陥があるために暴力を振るうのだと医学は信じてきた。
 家庭内暴力を振るうものの脳の状態は、一時的な脳の癲癇にあるという。最近の研究では、子供のころに虐待を受けたことが、男性の場合、大人になってから自らが虐待をする側へまわるという危険な要素になっているという主張もある。精神医学も妻への虐待のため外来治療にやってきた男性の61%が頭部に損傷を受けた経験があることを発表した。また、遺伝子が命令するという研究やフェミニズム的説明もある。 ただ、このような研究には、暴力の爆発の対象者がどうして配偶者や愛人、恋人に集中しているかという疑問に答えていない。
 周期的に暴力を繰り返す男性たちに、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の兆候を持っている。その兆候とは、迎鬱、不安、睡眠障害、そして解離である。この分野の常識では虐待者ではなくて、犠牲者のみが心的外傷を患うとされている。しかし、このことから虐待者の幼児期に規則的に起きていたトラウマが、彼らの怒りと関係があることを示唆している。

第五章
 虐待者は父親から肉体的・感情的に厳しく、そして、後の妻への暴力に影響を与えるようなやり方で罰せられていたケースが多い。虐待されていただけでなく、拒絶され辱められていた。父親による辱めの体験は、成人になってからの暴力、PTSD、親密な関係性にある者に加えられる虐待に大きく関係している。断続的な虐待で辱める父が、確かな自分というものを感じられない少年を形成する。恥辱が加えられると、人は耐えがたい不安にかられる。彼の存在は死んだも同然である。同じようにして、身体全体に怒りの感情が影響し、怒りに身体が従属してしまう。つまり、自分自身を優位な位置に置くのである。

第六章
 一方、母親との関係では、非常に早期の母親と幼児の間に形成された破壊的なトラウマに、親密な者同士の怒りが何に由来するのかについての源泉を見出すことができる。母親が子供を拒絶し、脅かすと、子供の愛着欲求を強く刺激する。彼を落ち着かせることができるのは母親の身体接触である。しかし、母親が、子供との接触を拒むと子供の内部に深刻な葛藤が起きる。さらに愛着欲求が進み、母親になだめられなければ怒りが込み上げてくる。これが繰り返されて、愛着と怒りのシステムが形成される。怒りで反応するスタイルが出来上がるのである。
 虐待者は支配できる女性たちを追い求める。私たちが何かをコントロールしようとしている時、普通、不安と怒りが私たちの行動の背後に存在している。過剰にコントロールすることで、捨てられることの不安を軽減しようとする。このコントロールが脅かされたとき、隠された心配や怒りが、表面に出てくるのである。

第七章
 虐待者は制御できない人間だ思われている。しかし、暴力を受けている子供たちにとって虐待者は全能のように見える。虐待が行われている時、子供は自分自身に対する嫌悪感がこみ上げ、それに耐えなくてはならない。嫌悪感から生き残るためには嫌悪感を鈍感にさせなくてはならなくなる。どのように押さえ込むかは学習の経験による。虐待を受けないように父親の行動をコントロールすることは賢明ではないことはそれまでの経験から学習している。父親に対する見方を訓練しているのである。しかし、ほとんど解決の手段は失っている。もし部屋にたどり着ければ、父親の怒りの声から逃げるように音楽を聴き逃げようとする。それがうまくいかず自由にならない時は、「学習性無力感」という耐えられない状態に身を置かざるを得ない。このような環境で育った子供は嫌悪感をなくそうとして消極的な引きこもりという行動を学ぶ。音楽、コンピュータ、本などの世界へのめり込む。もう一つの反応は「解離」である。身体と心を分離することを学ぶ。子供たちが虐待からの出来事をコントロールできると感じると、嫌悪感は、怒りの感情へと変わる。怒りは報酬をもたらす。自己強!
化する感情である。怒りを表現することで、満足感を得る。怒りはまた、傷つきやすさを回避するための不安感情でもある。男性は怒っているというよりも、恐れを感じていることに嫌悪している。怒りと恐れは表裏一体である。

第八章
 辱める父親、母親との両義的な愛着、家庭での暴力、これらすべてがあいまって暴力に走りがちな男性を作ることを助長する。虐待者の見捨てられることへの不安、極端な欲求、親密さを必要とするコミュニケーションができないことが満ち溢れている。妻を傷つける言葉と行動で、彼女を遠ざける。しかし、時には彼女に助けてもらいたい。はかない感情が非常に迅速に飛び交う。そして、すべての悪を彼女としてとらえるのである。

第三部  バタラー治療は可能か?
第十章
 治療グループへの参加で虐待をなくす。初回のセッションでは虐待者自身の恥ずべき行動が暴露されるかもしれないという恐れを感じている。初回セッションでは時間厳守で、お酒を飲んで参加しない。セッション内容には秘密厳守。なにより正直であること。自らの暴力行為には自らが責任を持つ。そしてさらに乗り越えなければならないことは、加害者自身その暴力行為について認める。本人で説明すること。である。これがうまく乗り越えられないと、ほかにどんなことをやっても効果はない。第二週目からは、別のレッスンがはじまる。感情や行動を区別して、争い事がなんであるかを明確にする方法を教える。ほとんどの患者が時折、後退の症状を示すため、この準備として「逆戻り防止」モデルを応用する。以下のとおりである。
(1)問題熟視の前段階・・問題は自分にあることを理解
(2)熟視・・問題を理解
(3)準備・・援助を求める
(4)行動・・暴力からの回復
(5)維持・・暴力を利用せず冷静になる
(6)終結・・非暴力の維持の階段からの抜け出る
 治療の結果初回に逮捕されてから暴力行為がなくなるまでの期間が短くなり、何度も犯していた暴力の数も減少する。十年間での追跡調査で、治療を完了した人の中で完全に暴力を克服したわけではない人は、全体の3%であった。
第十一章
 女性は、男性が虐待をはじめる危険な兆候を理解し、事実を確かめる。パートナーから離れるつもりなら、その意思をパートナーに伝える前に安全確保をしっかりとしておく必要がある。
 男性に思いつくことがあれば治療をすすめる。不安や羞恥心に行く手をさえぎられてはならない。

コメント(略)

……以上……


REV: 20170426
性暴力/DV:ドメスティック・バイオレンス(domestic violence)  ◇性(gender/sex)  ◇フェミニズム (feminism)/家族/性…  ◇BOOK  ◇2002年度講義関連
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