HOME > BOOK >

マザー・ストレス

――産んで得るもの、失うもの――

上原 章江 著 青春出版社 2001.3.10

last update: 20170426

この本の紹介者:KH(立命館大学政策科学部3回生)
掲載:20020720


はじめに
第1章 闘うワーキングマザー
第2章 専業主婦のユウウツ
第3章 育児に専念するという選択
第4章 仕事と育児は両立するか
第5章 保育園について考える
第6章 産む気になれない女性たち
取材を終えて

はじめに

 少子化が止まらない。どんどん子供が減っている。いや、厳密に言うと、子供を産
む人、つまり母親になる人が減っているのだ。その反対に、産む気になれない人、産
もうとしない人、産みたくない人は、どんどん増えている。
 では、産んだ人々、母親になった人人々の暮らしはどうだろうか。育児ノイローゼ
や児童虐待の不安に苛まれる女性の叫び、過酷なほど忙しいワーキングマザーたちの
悲鳴、子供の教育に異常に熱心な母親たちの姿など、どうも芳しくない話を耳にする
機会の方が多いような気がしてしまう。
 本書は『マザー・ストレス』というタイトルだが、子育て中の母親たちがストレス
に悩まされている話ばかりを集めた内容ではない。産もうとする人が減ってきた現代
において、母親になることを選択した女性たちの置かれている現実と、彼女たちが子
育てを乗り越えようと果敢に闘っている、力強い姿を描いたつもりである。(p.3)

第1章 闘うワーキングマザー

◇夫の出世に嫉妬。私だって仕事がしたい
ひと昔前は、夫の社会的地位=妻のランク付けそのものだった。妻は家庭さえきっち
り守っていれば、それ以外の能力はあまり必要とされなかったし、評価されることも
少なかった。妻は、夫が少しでも出世できるように自分自身の職業を捨てて、裏方に
徹していたのだ。今でもそうした生き方を選択している女性たちはいる。それが自分
に合っているなら、それもひとつの選択だろう。しかし、自ら社会に参画して、夫と
は別の人格として評価されたいという女性が確実に増えている。(p.21〜22)

◇仕事も子育ても中途半端になって
在宅でできる仕事だからと子供をそばに置いたままにしたら、まさに「仕事も子育て
も中途半端」になってしまったという人が多い。仕事ははかどらないでイライラする
し、子供には自分の都合ばかりを押しつけて、しつけも何もなくなってしまう。確か
にそうなるぐらいなら保育園に預けた方がずっと健全だろう。(p.25)

◇社内に"前例者"がいなかったから
小さい会社や育児休業の取得前例がない会社では、どうやって休業中の人の分の労働
力を補えばいいのか、そのノウハウもなければ体制も整っていないことが多い。いく
ら法律で決められているとはいえ、会社の立場に立ってみれば、女性社員の育児休業
取得が頭の痛い問題であることは否めないのだ。単に育児・介護休業法を会社に義務
づけただけでは、育児休業を「取得しづらい」現状の改善はなかなか望めない。
ところで、出産後も会社で生き生きと仕事を続けている女性たちに話を聞いてみる
と、「身近に良いお手本となる先輩がいてくれた」という人がとても多かった。
もともと女性社員の割合が多い会社や女性労働力の活用に力を入れている会社であれ
ば、出産後も仕事を続ける女性の存在は、"当たり前"になってくる。自ずと子供を持
つ女性社員に対する待遇も整備されていくし、他の社員の理解の度合いも変わってく
る。
また、前例者がいれば、何かあった時に気軽に相談できるというのも大きなポイント
だ。上司や同僚に対する気遣い、子供の急な病気、夫との家事分担など、ワーキング
マザーの悩みは尽きない。そんな時、自分の立場を理解してくれる女性がいてくれた
ら、こんなに心強いことはない。話を聞いてもらえるだけでも、気持ちがラクになる
はずだ。(p.30〜31)

◇まだあるワーキングマザーに対する偏見
 未だに日本には、「男は仕事、女は家庭」という、高度経済成長期に植えつけられ
た図式が浸透している。それでも、ひと昔前に比べれば、女性全体の就業率は確実に
上昇しているし、寿退社=結婚退職率も格段に減った。しかし、女性が仕事をするの
が当たり前と認められるのも出産前まで。「子供ができたら家庭に入りなさい」とい
う風潮が、まだまだ社会には満ちている。
 だが、現代のワーキングマザーたちを困らせているのは、会社側や法律、行政の対
応の遅れといった、組織的かつ具体的な問題ばかりではない。「母親は家にいるべき
だ」と信じ込んでいる人々から発せられる配慮の欠けたひとことが、彼女たちに不愉
快な思いをさせているのだ。(p.37〜38)

◇それでも働き続けたい
 やればやるだけ反応が返ってくる、実力が認められる、そんなやりがいを経験した
ら、仕事を辞めるなんてもったいないと思って当然である。
 だが、何より、不況下の日本、ごく普通の女性が、子育てで2〜3年仕事から離れ
た後に再就職することがかなり困難であるということが、彼女たちにプレッシャーを
与えている。特に、子供を持ってから正社員として再就職を果たすのは至難の業であ
る。
 実際、子育てがひと段落して社会復帰する多くの女性たちは、パートか派遣社員と
してしか採用されず、間接的な性差別が起こっているとして問題になっている。その
結果、彼女たちは、一部の正社員とほぼ同質の労働をしながらも、賃金・待遇の差が
明らかに大きすぎる状況に追いやられるのだ。
 最近になって、こうした間接差別への対応策を求める声が上がってはいるが、改善
されるには、まだ時間がかかりそうな気配だ。こんな事実があるからこそ、正社員と
いう立場だけはなんとしても死守したい、という女性が増えているのだろう。(p.41
〜42)

◇妊娠したら会社を辞めさせられた
 仕事を持つ女性が出産をひかえた時、会社にどんなタイミングでそのように話すか
は、大きな問題である。話のもっていき方によっては部署の異動、もしくは退社を迫
られることがあるからだ。(p.46〜47)

◇自宅で仕事しながら子育てする難しさ
 自宅にいるからといって、仕事をしながら同時に子供の面倒が見られるわけではな
いのだ。仕事をする時間帯、家事を片付ける時間帯、子育てに専念する時間帯と、
きっちりタイムスケジュールを決めて時間をやりくりしなければならないという点で
は、会社勤めも自宅での仕事も同じである。
 なまじ自宅に仕事用の電話もパソコンも書類もあるのだから、タイムスケジュール
を守るという意味では、むしろ会社勤めよりもやりにくいかもしれない。自宅で仕事
をしながら子育てをするには、強い意志で自分を管理し、仕事の進行も自在にコント
ロールしていける能力が必要だろう。(p.55〜56)

◇「母子家庭の就職は大変ですよ」と言われて
 小さな子供がいる母親というだけで、雇い主側はいい顔をしないことが多い。子供
の病気等で、どうしても急な休みや遅刻・早退の可能性が出てくるからだ。かつ母親
が育児のすべてを一身に背負わざるを得ない母子家庭の場合、状況はもっと厳しくな
る。(p.58)

◇一生懸命働く姿を子供に見せたい
 未婚で出産した母親。「私は子供に父親を与えてあげることができなかった。だか
ら、じゃあ、どうやって子育てをしていこうかと考えた時に、私は『母親が一生懸命
働いているところを子供に見せて育てよう』と思った」(p.64〜65)

第2章 専業主婦のユウウツ

◇子供の成長を競い合う母親たち
 母親というものは、とにかく自分の子供が一番かわいい。それは自然な感情なのだ
が、そんな思いが偏った方向に傾いていくと、やがては"自分の子供がなんだって一
番"となってしまうのだろう。(p.72)
 さらに社宅の場合、経済的、社会的なレベルがほぼ一律だから、余計に競争心を煽
られてしまうのかもしれない。(p.75)

◇子供のための人間関係に疲れ果てて
 お母さんたちは自分自身のためではなく、子供のために人間関係を作らなければな
らないのだ。(p.76〜77)
 保育園という存在があれば、子供の友達作りのためにお母さんが必要以上にがんば
ることもないのだ。保育園に行けば、子供の友達はたくさんいるのだから。しかし、
基本的には、保育園に入園できるのは働いているお母さんの子供たちである。
(p.79)

◇抜けるに抜けられない地域のしがらみ
 近年、お母さん同士のサークル活動や、行政が行っている地域の母子学級への参加
が推奨されている。お母さんたちが、みなそれぞれに合ったサークルに参加できれ
ば、それにこしたことはない。気の合う母親同士が語り合い、時には一緒に行事を楽
しみ、育児や教育について相談し合えれば、ストレスが軽減されるのは確かだ。
 実際そうした効果を上げている集いは少なくない。我が子虐待に悩んでいた母親が
そうしたサークルに参加して立ち直ったという話も、新聞雑誌などで見かける。
 しかし、そうした母子サークルは、健全に機能している限りは非常にありがたく楽
しいものなのだが、不健全な状態に陥ると、反対に様々な問題を生み出すことがある
ようだ。(p.80〜81)

◇家事をほとんど手伝わない父親たち
 ひとりの人間として子供たちから尊敬される父親になるためにも、日本の男性たち
はもう少し家事を見直したほうが良いのではないか。子供と一緒に料理や掃除、洗濯
や買い物をすれば、子供たちを導きしつけていく親としての尊厳と発言力がずっと増
してくるように思えるのだが。(p.90)

◇子育てだけでは社会から評価されない
 自分と社会とのつながりが不安定になっていることが母親たちのストレスの原因に
なっているのではないだろうか。自分と社会とのつながりでわかりやすいのは、自分
が世間から評価されることだ。一般的には、学生時代は勉強で、社会人になってから
は仕事で世間から評価される。評価されれば、自分が社会の中で今どんなところに位
置して、どんな風につながっているのか、とりあえずはつかめる。
 でも子育ては社会的に評価を下す判断材料になりにくい。第一、勉強や仕事と違っ
て、はっきり優劣をつけられるようなものでもないはずだ。(中略)だけど、専業主
婦の母親だって、できれば何かで社会的な評価を受けたいと感じているのだ。(p.95
〜96)

◇「子育ては3歳まで」と言われるプレッシャー
 母親が子供の人格形成に多大な影響を与えるのは確かだろうが、それにしても最近
は子供の能力をはじめ、性格や感覚など何から何まで、母親の責任にされてしまう傾
向がなくはない。それに「3歳までは母親の手で」などと(一部の学者や評論家たち
に)言われているから、母親ばかりが子育てのすべてを背負わされることになるの
だ。これでは「自分の子育ては大丈夫か?」と、悩んでいる母親たちにとっては、た
まらないだろう。(p.99)

◇思い通りにならない子供に、つい…
 多くの母親たちは、子供を感情的に叱りつけてしまった後で後悔の念に苛まれ、ひ
とり苦しんでいる。「私がしていることは虐待?」と思い悩むのである。これでは、
彼女たちが抱え込む育児についてのストレスは、雪だるま式に増えるばかりだろう。
(p.105)

◇単調な毎日、夫の無理解、虐待の不安
 専業主婦でもワーキングマザーでも、お母さんたちの生活と心に余裕がなくなって
しまったとき、瞬間的に感情が爆発してしまう(p.107)

◇子育て中の母親に息抜きは許されない?
 「出産前と後では、自分の生活で一番変わったのはどんなところでしたか?」とい
う問いに対し、多くのお母さんたちが「自分の時間がほとんどなくなった」と答え
た。毎日のスケジュールがすべて子供中心にせざるを得なかったという声が多数を占
め、子育てのために一切の仕事を辞めてしまったというお母さんまでいた。
(p.110)
 子供を身内や知人に預けたり、あるいは託児所やベビーシッターを利用すれば、自
分のための外出ができなくもないだろう。しかし、日本では「お母さんが子供を預け
て遊びに行く」というのは、社会的に受け入れられていないのが現状なのだ。
(p.111)

◇保健婦さんに聞く〜最近の母親像
 ハタから見ていると、満ち足りていて、良い生活を送りながら、しっかり子育てを
しているように見えるお母さんの中に、「実は子育てに悩んでいる」という女性が案
外多いのだという。(p.117)

◇保健婦さんに聞く〜虐待を防ぐために
 子供を思い通りにしたいと思うことと、共感を得られる話し相手が近くにいないこ
とは、母親たちの二大ストレス原因と考えていいのだろう。(p.119〜120)

第3章 育児に専念するという選択

◇教育熱心な母親たちと「お受験」
 お受験で合格を勝ちとるには、母親が真剣であることが必要不可欠である。そのた
めには、母親は専業主婦である方が圧倒的にやりやすい。実際、ずっと仕事を続けて
きたのに、子供を私立に入れたいがために、会社を辞めたというお母さんもいる。塾
の先生から「働いていると不利だ」とはっきり言われたのだそうだ。(p.131)
 小学生以下の子供たちが、自ら「自分はどうしても私立の小学校へ行きたい」など
と言うわけがないから、お受験を決めるのは、もちろん親である。実際にはほとんど
が母親だ。より良い教育を受けさせたいという気持ちは、自然な親心ではある。ひと
ことで言えば「教育熱心」ということだ。(p.133)

◇毎日忙しい幼稚園児の母親たち
 幼稚園児を持つ母親たちは、保育園児を持つ母親に比べ、子供のためにかなりの時
間と労力を費やすことになる。(p.134)

◇子育て一色の人生にしないために
 実際、母親になった途端、子供のためだけの生活がやめられなくなって、そうして
一生を終える女性は日本には少なくない。これは非常に難しく、深刻な問題ではない
だろうか。そうした女性たちに育てられれば、子供は精神的に母親離れができていな
いままに、年齢だけは大人になってしまう。また反対に、子供が母親離れして巣立っ
ていってしまったら、そんな母親たちの心に残るのは過去と虚しさばかりである。
(中略)何かしら、子育て以外のところに自分の居場所を作ってこそ、本来の母親と
しての役割を果たすことが可能になってくるのではないだろうか。(p.143〜144)

◇専業主婦がばかにされてくやしい
 仕事を手放すのを恐れる女性たちは増えている。だがそれは、本当に働きたい、外
に出て仕事がしたいというタイプばかりではないのかもしれない。中には、家事や子
育てに専念する方が自分に向いていると思う女性だっているだろう。
 だが、仕事を辞めたらばかにされるから辞められない、だけどこのまま子供を産ん
だら夫の協力はたいして望めない、環境的に仕事と子育ての両立は難しい、となった
ら、産むのをためらう、そんな結果にもなる。(p.148)

第4章

◇必要なのは、強い意志とバイタリティ
 本人に強い意志とバイタリティがなければ、仕事と育児の両立はそう簡単に上手く
いかない。(p.155)

◇家事と育児も"設備投資と外注"を利用
 何か問題を感じたら、ぐずぐずしてないで、すぐに具体的解決策を探し出し、実行
に移す。そうやって、できるだけ現状を理想的な生活に近づけておいて、仕事と子育
てのおもしろい部分を徹底的に楽しんでいるのだ。
 こうした環境が作り出せれば、ストレスは溜まらないし、自分のまわりの状況は仕
事にせよ家庭にせよ、どんどん良い方向へまわり出すだろう。(p.160)

◇夫と夫の職場から理解を得るために
 ワーキングマザーが仕事と子育てを両立するために、欠かせない条件がいくつかあ
る。まずは保育園、そして理解のある職場、さらに肝心なのが、夫の協力である。
(p.161)
 夫が子育てに積極的に参加できるか否かは、本人の気持ちだけではままならない部
分もある。それは、夫の会社の反応だ。子供を持つ妻が働くことに、会社側がどれほ
ど理解を示すか、ということである。いくら夫自身が理解を示したとしても、その考
え方が会社に拒否されたら、妻に協力しにくくなってしまう。(p.162〜163)

◇営業職ならではの悩みと不安も
 仕事をしてお金をもらう以上は、妊婦だから、母親だからと、言っていられないこ
とはあるだろう。しかし、母となる女性は、自分の身体も、幼い子供も、守らなけれ
ばならない立場でもある。相手がお客さんとなると、それが言い出せないのが辛いと
ころだ。(p.168)

◇職場にベビーベッドを持ち込んで
 近年、企業の中には、職場と同ビル内、あるいはすぐ近くに子供がいる社員のため
に保育園を設置するところが出てきている。ベネッセコーポレーション、ジャストシ
ステム、エトワール海渡などが有名だ。また、文部科学省も省内に託児所開設を計画
している。
 確かに、これなら母親は安心して働けるし、仕事の合間に子供の様子を見に行くこ
とだってできる。仕事を始める直前に預けて、終わったらすぐに迎えにいけるのだか
ら、時間的余裕も生まれるだろう。
 だが実際には、このシステムも、自宅と職場が近くなければ、実現は難しい。なぜ
なら朝早くに乳幼児を連れていては、長い通勤時間に耐えられないことが予想される
からだ。第一、通勤ラッシュの電車になど、恐ろしくてとても小さな子供など乗せら
れない。会社が都心ではなく郊外に位置し、通勤時間も30分以内という条件を満たし
ていれば、みんな喜んで利用するだろう。(p.173〜174)

◇夫を育児に参加させる
 夫を育児に参加させるためには、"とにかくやらせる"しかないだろう。夫だって自
分にも育児ができると実感できたら、嬉しい瞬間があるはずなのだ。(p.175)
 彼らは「視野が広がった」「新しい世界を知って、仕事にも良い影響が出た」と語
り、そして何よりも「自分が父親であることに自身が持てるようになった」と発言し
ているのである。(p.180)

◇国も企業も動き出している
 より女性が働きやすい環境を作り、優秀な社員ができるだけ長く働き続けられるよ
うに、企業側が考え方を変えつつある。これは大変喜ばしい傾向だろう。
 ただ、ここでもう一度確認しておきたいのは、母親だけが利用できるような制度で
あってはならない、ということだ。どんな制度も女性しか利用しにくい仕組みや風潮
が残っていては、結局母親に育児の負担のすべてがまわるだけである。これでは、
「男は仕事・女は家庭」から「男は仕事・女は家庭と仕事」になっただけで、父親た
ちの育児参加も促せない。(p.184)

◇職場の雰囲気や人々の意識を変える
 母親が職場に復帰したら、それからはできるだけ夫も妻と等しく子育てに参加すべ
きではないのか。夫も妻も同じように、それぞれの職場で短時間勤務制度を上手に利
用しあえば良い。男性の中にも、職場の同僚たちの意識が変わり、制度として仕事の
量も時間も減るのであれば、自ら家事や育児に参加してみたいという人は存在するの
だ。(p.188〜189)
 会社という組織は、本当に必要な人材だったら、なんとしても確保しようとするも
のだ。そういう意味では、会社や法律だけに頼っていないで、女性たちひとりひとり
が、それ相応の実力とやる気を見せつけてやる、というのも現状打開策のひとつだろ
う。ひと昔前のように、「女はどうせすぐに辞める」とか「たいしてやる気がない」
とかいう時代ではない。女性たちが「会社にとって必要な人材」にさえなってしまえ
ば、否応なしに、企業も、社内の雰囲気も、そして人々の意識も、変化していくに違
いない。(p.190)

第5章 保育園について考える

◇いま、保育園が足りない
 「保育園が足りない、保育園に入れない」という状況が、各自治体で問題になって
いるが、これは基本的に認可保育園に関する話である。良い保育サービスを提供して
いる未認可保育園も存在するが、やはり子供を預けるだけあって、公的後ろ盾がしっ
かりしている認可保育園を希望する人が多い。(p.196〜197)
 各自治体が保育園数をなかなか増やさない裏には、少子化による入園希望者数の低
下を見込んでいるふしがあるが、それでは結果的に少子化を奨励しているのと同じ
だ。今日の前にある保育園不足が改善されない限り、日本の母親たちの未来は、決し
て明るいとは言えない。(p.200)

◇行政は何をしているのか
 保育園不足のため、妊娠する時期を逆算する、きょうだいが別々の保育園になって
しまい、お見送りやおむかえに時間がかかるなどの、問題がある。

◇親の都合だけで考えていないか?
保育園について考える時、ついつい親の都合ばかり優先させて、子供の気持ちを後回
しにしがちである。
しかし、それでは、決して親子の絆を築くことはかなわない。保育園経営者は、そう
した傾向に次のような言葉で釘を刺していた。
「親が保育園を便利屋として使うだけではダメなんです。保育の主体はあくまでも家
庭であり、親子です。保育園は決して家庭の代わりにはなれません。本当に何かあっ
たとき、子供たちの心を支えてあげられるのは、家庭なんです」と。(p.219〜220)

第6章 産む気になれない女性たち

◇女だって子供が欲しいとは限らない
 女性だからといって必ずしも子供が好きだったり、絶対に子供が欲しいとは限らな
い(p.222)
 世間には、女性であれば誰だって子供が欲しいものだろう、という固定観念が根強
く残っている。だが、女性たちが自分で人生を選択できる時代になってきて、そうし
た幻想は崩れつつある。みんな、自由に自分の意思で決めるようになってきたのだ。
その結果子供を生まないことを選択する女性たちが増えても、別段不思議ではあるま
い。
 子供を産む・産まないそのものは、本来とてもプライベートな問題である。いくら
少子化が社会全体の大きな問題だからといって、子供が欲しいと感じられない女性の
気持ちをやみくもに非難する権利など、誰にもないだろう。(p.225〜226)

◇このまま産まなくて本当にいいのか?
 世間では、結婚しない人が増えたから子供が減ったと分析されているが、実は順番
が逆で、子供を欲しがらない人が増えたからこそ、晩婚化に拍車がかかっているのか
もしれない。(p.227)

◇子供が欲しいと思えない時代だから
 何があろうと子供を愛せるかどうか、その点について真剣に考え出したら、自信が
なくなる。
 「女だったら誰でも産む」時代には、「自分の子供を愛せるか」なんて考える暇も
なければ、そんな発想さえ生まれにくかった。しかし今は、「産まない選択」も十分
にありうる時代だ。そうなると、自分がどうすべきか否応にもあれこれ考えざるを得
なくなる。その上、あふれる情報の渦に巻き込まれてしまったら、「本当に自分は生
みたいのだろうか」と、考え込んでしまうだろう。
 それに、「誰でも産む」時代とは、言い換えれば「誰でも育てられた」時代という
ことになる。実態はあながちそうとも言い切れなかっただろうが、社会通念としては
そういうことになっていた。「母親なら必ず子供はかわいいと思うし、自分の命に代
えても育て上げるもの」だと、みんな信じ込んでいたのだ。
 しかし、近年では実母による虐待問題をはじめ、「母親だって子供がかわいく思え
ないことがある」とか、「母性本能は幻想だった」といった、新しい情報がどんどん
出てきた。それらは女性たちに「果たして自分はちゃんと育てられるだろうか」とい
う感情を抱かせるきっかけになったのだ。(p.232〜233)

◇自分の人生が安定してきた今なら…
 産む前にいくら覚悟したって、子育てに悩みはつきものなのは変わらない。しか
し、どうせ産むのであれば、一度自分の覚悟をしっかり確認してからにすべきだ。そ
うすれば、その後様々な問題にぶち当たっても、勇気を失わずに子供を育てていける
のではないだろうか。(p.244)

取材を終えて

 「こういう世の中だからといってみんな産むのをやめてしまったら、事態は悪くな
るばかりで何も変わらない。だからやっぱり、がんばって産んで育てていかなければ
ならないと思うんです」と語る、ワーキングマザーもいた。(p.251)
 子育ての経験を生かし、自己実現におけるストレスを子育てによって癒していく…
…ひとりの女性として、そんな生き方はできないだろうか。いや、できるはずであ
る。(p.254)


コメント

 この春、姉が子供を出産した。
 姉は某国立大学卒業して2年も経たないうちに生まれ育った新潟を出て、結婚し、
専業主婦となった。
 子供を授かるまで約3年かかった。その間、パートタイマーを少しやりつつも、
「子供はまだか?」という目で親からも世間からもしつこく見られていたようだ。ス
トレスが溜まらないはずがなかった。
 子供好きとはいえない姉が、妊娠・出産を経た今、母親の顔、考え方に変わった。
 残念ながら立ち会うことはできなかったが、妊娠・出産という出来事はすごいと思
う。
 この本を選んだ理由は、身近で出産を終え、母親となった人がいたからである。そ
して、まだ就職もまして結婚や出産もしたことがない私にも、自分の今後の事(就職
にしても、結婚にしても)に対しての考え方に少なからず影響を、この本により与え
られると思った。
 これから姉の気持ちが、結婚・出産を経験したことはなくても、少しは理解でき、
話を聞いてあげられるような気がする。
 私自身は、結婚や妊娠・出産に多少抵抗があるが、"守るべきもの"の存在は重く、
大きいものだけど、それを持つ生き方も強いものだと感じた。女性にとって今の環境
は決して良いものではない。その環境を変えていく必要はあるし、それは誰かが動か
ないと変わらないとも思う。専業主婦であれ、ワーキングマザーであれ、もし結婚も
出産もしなくても、女性として、一人の人間として自分に自信を持てるようになりた
い。胸を張って、生きていたい。


……以上、以下はホームページの制作者による……

  ※匿名の希望はありませんでしたが、コメントの部分に、他の人のプライバシー
   に関わるところがないではないので、匿名としました。


REV: 20170426
女性の労働・家事労働・性別分業  ◇2002年度講義関連 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)