HOME
>
BOOK
>
日本の社会政策とジェンダー
―男女平等の経済基盤―
塩田 咲子
20000515
日本評論社,3800円
この本の紹介の作成:YK(立命館大学政策科学部4回生) 掲載:20020805
目次
第1部 女子労働政策から男女機会均等政策へ
第1章 戦時女子労働政策の遺産―性別役割分業と母性保護
一 戦時女子労働政策の形成
1 工場法の継続と女子適職の選定基準
2 女子勤労奉仕政策の登場と人口政策確立要綱
二 女子労働員と性役割の矛盾
1 女子挺身隊の登場と女子労務管理政策
2 工場法の保護・制限条項の撤廃
三 女子労務管理指導の特質
1 女子の特性・母性の保護
2 労働生産性向上策と女子役割の維持
四 女子労務管理指導の歴史的意義
1 回避された「女子徴用」
2 女子挺身隊受入側措置要綱
五 戦時から戦後へ
第2章 高度経済成長期の女子労働
一 就業構造の変化
1 女子雇用労働者の増加と既婚女性の職場進出
2 就業分野の変化
二 オートメーション下の女子労働
1 女子に新しく開けた職種
2 労働条件と労働実態
三 主婦パートタイマーの登場
1 パートタイマーの登場と就労分野
2 低賃金と労働条件の改善
四 職場進出から雇用の平等へ
1 家庭生活の変容
2 雇用における男女平等への始動
第3章 男女雇用機会均等法と性別役割分業の変革
一 均等法の革新性と限界
1 均等法成立の背景と労働基準法研究会報告
2 均等法をめぐる労使の対応
二 均等法と先進的企業の雇用管理
1 均等法に対する企業の対応
2 均等法と先進的企業
三 性別役割分業の変革を促す女性社員
1 均等法と働く女性の対応
2 性別役割分業変革の担い手
四 当面の政策課題
補論1 職業と家庭の両立―1970〜80年・首都圏実態調査より
家庭生活のタイプ
家庭生活のタイプを構成するファクター
むすびにかえて
第二部 女性をめぐる雇用と税・社会保障政策
第4章 国際機関の提案およびスウェーデン・アメリカ・イギリスの経験と日本の問題
一 雇用と税・社会保障における新しい男女平等の動き
1 欧米の積極的女性登用運動
2 国際機関における男女平等政策
3 社会保障における男女平等政策
二 女性の政治パワーが進める平等社会のスウェーデン
1 性別役割分業廃止の平等
2 「男女雇用平等法」の成立と女性の経済的自立
3 性別職業分離の大きさ
4 男女格差の原因と新しい雇用平等法
三 キャリアを求める女性たちのアメリカ
1 家庭から労働世界へ
2 女性運動の第二段階
3 男女賃金格差の縮小とコンパラブル・ワース
四 TUCの女性たちが変えるイギリス
1 雇用平等二法とTUCの活動
2 職業と家庭の両立支援策と税・社会保障
五 1980年代・日本の社会政策の矛盾
1 男女雇用機会均等法の問題
2 女性の経済自立と税・社会保障のゆがみ
3 男女の職業と家庭の両立支援政策
第5章 「多様な就業形態」と性別役割分業
一 女性に拡がる「多様な働き方」
1 長期継続勤務の場合
2 中断再就職の場合
3 労働者派遣と在宅勤務の場合
二 進まぬ男性の「多様な働き方」
1 性差の大きい「多様な就業形態」
2 男性の「多様な働き方」と女性の家計維持度
三 高齢化社会と男女に良好なパートタイム労働政策
1 パートタイム労働政策の国際的な転換
2 ジェンダー視点が弱い日本のパートタイム労働政策
第6章 社会政策改革と日本のフェミニズム
一 「主婦フェミニズム」に終わった日本の1980年代
二 「専業主婦世帯」のゆくえ
1 共働き世帯は専業主婦世帯を上回ったか
2 パートタイマーは雇用者か主婦か
三 家事労働評価と専業主婦優遇政策の問題
1 主婦と男性労働問題
2 ライフスタイル選択の自由
補論2 日本的経営・日本的福祉の中の女性
日本的経営と女性
セクシュアル・ハラスメント
日本的福祉と女性
日本的経営・福祉と主婦パートタイマー
企業の家族支援策の問題点
第3部 21世紀高齢社会とジェンダー平等な社会政策
第7章 家事労働の評価と税・社会保障政策
一 主婦論争から家事労働の評価へ
二 国連・ILO・ISSA政策提案と日本の問題
三 家事労働を評価する税・社会保障の方向
補論3 家事労働研究と社会政策
家事労働研究の背景
マルクス主義フェミニズムの家事労働評価
国連が取り組むアンペイド・ワークの測定と評価
近代経済学の家事労働評価と専業主婦優遇政策批判
第8章 税・社会保障、育児・介護の整合的改革
一 専業主婦世帯モデルの歴史的限界
二 配偶者控除・配偶者特別控除の廃止、寡婦控除の見直し
三 ライフスタイルに中立な医療・年金改革へ
1 医療保険の改革
2 年金保険の改革
3 「サラリーマンの専業主婦の保護・優遇」の中味
4 早急な改正が不可欠な現行制度
5 長期的で抜本的な改革
四 育児に関する社会保障
1 育児の費用支援
2 継続就業支援―保育園と育児休業
五 介護に関する社会保障
1 介護保険と介護の費用
2 介護保険と「専業主婦」
3 継続就業支援―介護休業と所得補償
第9章 21世紀へ・ジェンダー平等な社会政策
−性別役割分業から自立と多様性の社会へ
一 労働改革に残るジェンダー・バイアス
1 改正男女雇用機会均等法と男女共通の保護基準、育児・介護休業法
2 パートタイム労働法、労働者派遣法の改正
二 専業主婦保護が続く税、医療・年金・介護保険
1 専業主婦保護政策見直しの動き
2 介護保険の問題、医療・年金改革の先送り
三 男女共同参画社会基本法とジェンダー平等な社会政策
1 男女共同参画社会基本法・第4条
2 雇用志向・家族にやさしい社会政策へ
第1部 女子労働政策から男女機会均等政策へ
第1章 戦時女子労働政策の遺産―性別役割分業と母性保護
一 戦時女子労働政策の形成
1 工場法の継続と女子適職の選定基準
1937年の支那事変より本格的な戦争が開始した。このころから女性が重化学工業に進出する現象は顕著となる。工場法による女子保護政策を継承しながら、いかに女子労働を促進させるかが肝要であった。女子適職の基準とは、「比較的単純簡易なる作業」「手指を主とする軽筋作業」「半熟練的作業又は非熟練的作業」であって、いずれも「女子本来の特性を生かす作業」と考えられてきた。
2 女子勤労奉仕政策の登場と人口政策確立要綱
長期戦と新体制運動のもとで、国家は労働力不足の補充を未婚者だけでなく広範囲な女子の労働奉仕を要請するに至った。この事態に対して、女子労働政策に大きな影響を与えたのが「人口政策確立要綱」である。人口の増加をもっぱら出産の増加に求め、早婚によって出産子を増加させようとした。ところが、勤労女性は就職後に健康の悪化、特に生理障害になるものが続出し、不妊率、流産早産率、乳幼児死亡率も上昇した。女性が就労と結婚・出産、家事の役割を同じに遂行するには、その背景である職場の労働条件、家庭や社会の生活条件の改善こそが前提であった。
二 女子労働動員と性役割の矛盾
1 女子挺身隊の登場と女子労務管理方策
男子を重要産業に配置するために女子代替可能職種から男子を排除し、その補充および不足する軍需工場の労働力として女子を組織的、団体的に動員することになった。これが「女子挺身隊」である。対象者は、学卒未婚で未就職者、つまり結婚するまで働かずにすむ中産階級以上の女性達であった。その女子労務管理内容は、第1は家族制度における女子役割の維持策、第2は女子の保護・保護策、第3は女子の労働能率向上である。
2 工場法の保護・制限条項の撤廃
工場法で定められていた就業時間の制限、深夜営業の禁止、休息時間制限、そして危険有害業務禁止の緩和が論議され始める。この時期、労働力不足と生産市場主義のもとに生産活動が野放しになっていた工場では、もはや保護策は、工場法があってもなきが如しの勢いであった。厚生省も戦争の拡大と長期化によって、保護行政から動員行政へと移行していた。
三 女子労務管理指導の特質
1 女子の特性・母性の保護
女子の特性を維持しつつ生産性をあげるには、「女子の使用が一時的補充的なものという考えを払拭すること」とし、女子労働主体の紡績業における女子労務管理の経験を重化学工業に生かすことで、女子の労働生産性と女子の特性の維持を図ろうとした。
2 労働生産性工場策と女子役割の維持
労働能率の上昇は、災害発生を防ぐことから始まるとした。女子という素人が作業することで生産性が低下する事態を、むしろ作業条件や作業方法の改善によって、女子労働力でも充分生産能率を維持しうる方法を細かく指示した。
女子の勤労をただの家計補助は嫁入り前の経済的準備と考えるのではなく、「職場に挺身奉公する勤労の生活を通してこそ次代の皇国の母性を育成しうる」と考えられた。
四 女子労務管理指導の歴史的意義
1 回避された「女子徴用」
家庭の根軸者(主婦の役割にある者)以外の女性全てが、国家に奉仕する勤労動員に従事することになり、勤労動員を免れた主婦や幼児をかかえる母親にしても、勤労作業が要請された。女子徴用すべしとの声もあったが、これは家族制度と矛盾するという認識から実現には至らなかった。
2 女子挺身隊受入側措置要綱
これは女子労働員を法的に徹底するものである。労働条件の是正にも取り組んだ。その配慮はより重要性を増すのだが、この段階では政府の方策も、労務管理方策の指導すらかなわず、いかに動員数を維持・確保するかにあった。そして女子の現員徴用に踏み切る。
五 戦時から戦後へ
男子は仕事、女子は家庭という性別役割分業は、戦後日本の新しい家庭の中に継承され、労働基準法の中の女子保護条項も歴史的産物であった。
第2章 高度経済成長期の女子労働
一 就業構造の変化
1 女子雇用労働者の増加と既婚女性の職場進出
女子の高学歴化で若年女子の就業率の低下にかわり、結婚後に出産・育児をほぼ終えた中高年女性が労働市場に参入してきた。
2 就業分野の変化
日本の花形産業が、高度経済成長期に、従来の繊維産業から金属・機械・電気器具産業へと転換したことに応じて、女子生産労働者が従事する生産部門もまた繊維部門から機械・金属部門へと変化した。
二 オートメーション下の女子労働
1 女子に新しく開けた職種
女子への新職種への進出は、高度経済成長期の男子労働力不足の中で、試験的につけてみたり、生産工程のオートメーション化によって可能になるなど、女子労働の積極的活用という企業の雇用対策の結果であった。
2 労働条件と労働実態
オートメーション工場で働くことは、仕事そのものが単調であることや、細かい作業の繰り返しにより乱視、リウマチなどに罹患するなど、精神的肉体的苦痛を伴うものであった。また賃金は男女格差が著しかった。
三 主婦パートタイマーの登場
1パートタイマーの登場と就労分野
企業は高度成長下の労働力不足を補う方策として、技術革新と機械化とで単純化された作業をなすに足る労働力を、子育てを終えつつある家庭の主婦に見出した。
代表的な仕事は製造組み立て、販売、集金など、いわゆる技能や熟練度を必要としない低賃金種だったのが特徴である。
2 低賃金と労働条件の改善
1984年、労働省では「パートタイム労働対策要綱」を準備し、パートタイマーの雇用労働者としての権利が確保される方向が示されている。
四 職場進出から雇用の平等へ
1 家庭生活の変容
電気、ガス、水道が全国に普及し、技術革新によって家事労働は大きく軽減され、日本人の生活様式は変化した。家事の省力化は女性、とりわけ家庭をもつ主婦の家事労働に費やす労力を減少させ、家事時間を縮小して主婦に余暇を提供することとなった。
2 雇用における男女平等への始動
雇用における男女差別を訴える裁判が高度経済成長期に相次いで開始されたことは、まだ数少ないとはいえ女性たちの相当数が、企業の女子労務管理の枠を超えて職場に長く定着し、男性と対等な処遇を要求する力量を蓄積した結果である。
第3章 男女雇用機会均等法と性別役割分業の変革
一 均等法の革新性と限界
1均等法成立の背景と労働基準法研究会報告
雇用における男女差別の是正には、憲法や民法に依存するのではなく、労働法制によって直接救済できる措置が必要との認識が広まり、女性労働の課題は、女子保護から男女平等雇用へと向かった。また、労働法研究会報告の男女平等理念は、「性別分業変革への展望」を示すことなく、出産保護以外の女子保護をなくす方向であった。よって雇用の平等より労働基準法の保護廃止論に関心が集中し、肝心の実効性ある新しい平等雇用の中味についての議論は高まらずじまいであった。
2 均等法をめぐる労使の対応
使用者側は、均等法がもつ性別分業変革への可能性を察知し、いかに男性の終身雇用および職業と家庭の性別分業を維持したまま、いいかえれば、女子の保護を廃止して男性の働き方を変えない日本的雇用を維持できる「平等」にとどめるかに全力集中したと言える。これに対して、労働側は、男女の雇用平等は、「保護」があってはじめて「平等」が成立するのであって、男子にも保護を適用し、女子の特別保護を解消していく方向で解決することを想起した。
二 均等法と先進的企業の雇用管理
1 均等法に対する企業の対応
均等法をきっかけに企業は、女子労働者の戦力化を重視したが、戦力化のための施策として企業があげたのは、おおむね職務の拡大につながる各種の研修や労働意欲を刺激する昇進・昇格のチャンスであって、再雇用制や育児休業制また社内託児所設置など女性の長期定着・継続就業施策には関心がうすかった。
2 均等法と先進的企業―性別管理から個別管理への一歩
性別管理から個別管理へ移行することによって、女性にも男性同様に上級職や管理職への道も開かれた。
三 性別役割分業の変革を促す女性社員
1 均等法と働く女性の対応
「保護なくして平等なし」と「保護廃止平等論」の二つに別れる。
欧米のように、男女がともに職業人である家庭人であるという職業意識と生活意識、あるいは平等雇用には男女が家庭責任をもつ労働力であるという雇用管理もまた日本の企業ではみられない。
2 性別役割分業変革の担い手
家庭における性別分業を変革していく女性層は、ホワイトカラーに多く、続就業派であり、キャリア志向の女性達である。こうしたキャリアを意識して家庭生活と継続就業を両立しようとする女性層が企業内に定着していくことで、男性の働き方を変え、職業と家庭での性役割を変革することにつながる。
四 当面の政策課題
1 採用・昇2 進・配置における均等待遇を確立する。
3 育児休業の普及を協力に展開する。
4 男性も育児役割を遂行できる施策
5 女性の自立を促し、労働時間を短縮する。
6 性別役割分業の変革が不7 可欠であるという社会意識を定着させる。
補論1 職業と家庭の両立―1979〜80年・首都圏実態調査より
平等型の家庭を形成しうる諸条件、就業先での母性保護制度の充実、夫の家事・育児協力などが女性の職業と家庭生活の両立を左右している。
第2部 女性をめぐる雇用と税・社会保障政策
第4章 国際機関の提案およびスウェーデン・アメリカ・イギリスの経験と日本の問題
一 雇用と税・社会保障における新しい男女平等の動き
1 欧米の積極的女性登用運動
今日求められている社会政策の基本方向は、女性と男性がともに職業と家庭を両立できるための労働政策と社会保障政策である。性にかかわらず、個人が個人として経済的にも生活的にも自立できる社会システムの創造という長期にわたる目標に向かって、先進各国で新しい社会政策が展開されつつある。
2 国際機関における男女平等政策
国際連合が採択した「女性に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」(女子差別撤廃条約)では以下のような特徴がある。第1に、女性に対する差別の範囲を法律だけでなく慣習や慣行に至るまで言及したこと、第2に、政策決定への助成の参加をはじめ教育、雇用、さらには、婚姻や家族関係における平等の確保についても具体的に言及したこと、第3に、子どもの養育は母、父、社会の三者で責任を共有すること、とくに、男女の共同責任を提起したことである。
3 社会保障における男女平等政策
男女平等への社会政策は、各国政府の取り組み姿勢、経済・雇用事情、女性の労働参加や家族変動を基盤に、フェミニズム運動とも関連しながら展開されている。
二 女性の政治パワーが進める平等社会スウェーデン
1 性別役割分業廃止の平等
スウェーデンのめざす男女平等は、職業、家庭、地域のどの領域にも男女が同等の権利を有することである。この理念に基づいて、夫婦分離課税が導入され、夫と妻それぞれが個別に申告する課税制度に移行した。個人を単位とする経済自立の展望が生まれたことで、女性が無収入であることのメリットがなくなり、女性の労働市場への進出が促進された。
2 「男女雇用平等法」の成立と女性の経済的自立
スウェーデンで展開された働く女性をバックアップする社会政策は、扶養家族であった女性を育児や介護などパブリックセンターの労働市場に吸引して納税者に変えることに成功し、女性もまた、税やサービスの担い手として豊かな福氏国家を支える存在となった。これを可能にしたのは、平等政策を支える労働組合、女性組織、地域諸団体が市民と結びつき、密接な関係の下に、男女平等を担当する労働市場省や社会省が主導権をもって政策を進めたことにある。
3 性別職業分離の大きさ
女性の労働人口は増えたが、パートタイム労働が多いため、女性の平均年間収入は男性の約6割ほどで、平等の根幹となる経済力に男女格差を残している。
4 男女格差の原因と新しい雇用平等法
家庭における役割がまだ女性に多くかかっている。そこで、政府は「男の役割を考える会」委員会を発足させ、男女平等の家庭づくりに向けて男性改造に乗り出した。
新雇用平等法では、これまで雇用の性差別改善に大きな役割を果たしてきたオンブズマンの監督分野や権限を拡大させた。
三 キャリアを求める女性たちのアメリカ
1 家庭から労働世界へ
立法の運用や解釈、法の整備に対するアメリカ・フェミニズムの運動や理論の影響は大きく、女性の平等雇用への歩みもまた、政府のバックアップではなく女性たち自身による多くの訴訟と判例を通して実現していった。
2 女性運動の第二段階
ベティ・フリーダンが女性運動は男世界の成功から家庭と労働の調和という第二の段階に入ったと宣言したのを機に、アメリカ・フェミニズムの画期的な方向転換が始まった.。アメリカの男女平等政策もまた労働と家族の調和という観点から、労働市場における平等だけでなく、家庭領域での平等を追求する方向に向かった。
3 男女賃金格差の縮小とコンパラブル・ワース
技能や責任、努力などが同等の価値であれば賃金も同等にするなど、新しい職務評価を導入することで男女間の賃金格差を実質的に縮小しようというコンパラブル・ワースの考え方が主張されるようになった。
四 TUCの女性たちが変えるイギリス
1雇用平等二法とTUCの活動
イギリスの雇用平等への道は労働組合の全国組織であるTUC(労働組合評議会)に結集する女性労働者の長きにわたる男女同一賃金要求運動と現代フェミニズム運動とがむすびついて開かれた。「同一賃金法」「性差別禁止法」が制定されるも、性別職務分離の解消、男女間賃金格差の縮小も予期されたほどの進展をみせていない。今後のゆくえが注目される。
2 職業と家庭の両立支援策と税・社会保障
女性が結婚・出産後にも働き続けるための施策は立ち遅れており、育児は母親や家族でという社会通念は強く、公的保育所が不十分で保育費用の税控除もない。ただし、企業やTUCの取り組みによって、多様な展開をみせるようになった。
五 1980年代・日本の社会政策の矛盾
1 男女雇用機会均等法の問題
均等法は、職種・職務の性別分離や賃金格差を縮小する上で最も重要な事項である募集・採用、配置・昇進を事業主の努力義務としているが、これは禁止規定に改正するべきである。その他、不備がいくつかある。
2 女性の経済自立と税・社会保障のゆがみ
日本では均等法を成立させながらも、税や年金という基本的な社会保障政策において、働いて年収をあげるより働かないか年収を抑制すると保護されるという、雇用と税・社会保障政策をめぐって女性にとっては矛盾した政策が展開した。
3 男女の職業と家庭の両立支援策―育児休暇と介護休暇
女性の就業継続に障害となっているのは、育児と介護である。これらに対する支援策が充実しないことには、職業と家事の両立は果たせない。
第5章 「多様な就業形態」と性別役割分業
一 女性に拡がる「多様な働き方」
1 長期継続勤務の場合
ごく少数派として差別をうけてきた結果、女性は「終身雇用」「年功賃金」という日本的雇用慣行から排除され、長期継続勤務のメリットを得ることができなかった。
2 中断再就職の場合
この働き方の代表はパートタイム労働である。年収によって配偶者控除の適用が異なるため、限度額を超えるか超えないかで問題が二分されている。
3 労働者派遣と在宅勤務の場合
労働者派遣については、給与、待遇や仕事の安定性に問題が多いという点で、パートタイム労働の若年版、高学歴版といえる。
在宅勤務の広がりは、結婚や出産で退職していく女性の技術者や技能者を活用したい企業側の要望によるところが大きい。育児と両立できる働き方ではあっても、自活できるだけの収入を得るのは難しい。
二 進まぬ男性の「多様な働き方」
1 性差の大きい「多様な就業形態」
職業選択の幅の広がりは、1980年代にあっては、女性たちに享受された。主たる理由は、男性が生涯を通して家計を担わなければならないのに対して、女性は結婚すれば基本的には夫の扶養家族でいられるという社会意識や男女の性役割分業の社会システムにある。
2 男性の「多様な働き方」と女性の家計維持度
男性にも多様な働き方が選択可能になるためには、妻の収入の上昇が必要になる。女性が長期勤続しやすくなることや既婚女性に多いパートタイム労働の年収アップが望まれる。これらが整ってくれば、男性もまた、家計の担い手としての義務から解放されて自由な時間と職業バランスを配慮した人生の選択肢が増え、生活の豊かさやゆとりにつながる。
三 高齢化社会と男女に良好なパートタイム労働
1 パートタイム労働政策の国際的な転換
ILOは、家庭内労働やパートタイム労働が家庭と両立できる働き方として促進されることや、その待遇改善を提起した。
2 ジェンダー視点が弱い日本のパートタイム労働
パートタイム労働が雇用労働者としての権利を確立できる方向、つまりはジェンダーに縛られた「主婦パートタイム労働政策」からフルタイムとの均等待遇原則、パートタイムとフルタイムの自由選択というジェンダー平等の視点に立ったILO175号条約の批准に向けてのパートタイム労働政策を講じる必要がある。
第六章 社会政策改革と日本のフェミニズム
一 「主婦フェミニズム」に終わった日本の1980年代
〈…日本では、女性運動の波があったにもかかわらず、政治や労働世界での女性の地位は依然として低い。だが、女性は怒ることもなく平等を強く求めようとする様子もない。なぜならば、女性の多くは男性のように働きバチになってキャリアを積んだり、性差別の強い職場に残るより、家庭に入って子育てをしながらパートの仕事や趣味を楽しむ方を好んでいるからである。日本では専業主婦の社会的評価が今でも高く、女性たちの専業主婦志向も依然として健在である〉『タイム』誌より
二 「専業主婦世帯」のゆくえ
1 共働き世帯は専業主婦世帯を上回ったか
被扶養型のパートタイマーの世帯を実質上、「専業主婦の世帯」として計算すれば、共働きの雇用者世帯が増加していったとしても、まだ日本は「専業主婦世帯」が多数派であって、性別役割分業の基盤であった伝統的な専業主婦世帯がなくなりつつある欧米工業先進国とは異なる国となっている。
2 パートタイマーは雇用者か主婦か
パートタイマーのほぼ7割を占める被扶養型パートタイマーの共働き世帯は、社会政策上は専業主婦世帯であって、その限りにおいて性別役割分業の基盤でもある。女性の労働市場への参加が増加したにもかかわらず、現代フェミニズムが「主婦フェミニズム」として展開せざるを得なかった要員でもある。
三 家事労働評価と専業主婦優遇政策の問題
1 主婦と男性労働問題
日本の既婚女性たちは、家計補助という伝統的な働き方から十分には脱皮できていない。
これは、既婚女性自身の意識に繁栄する「妻の座」の安定性にも起因している。「主婦の座の特権」や「被扶養の妻の保護」は、夫たちに過剰な扶養義務や労働をもたらし、過労死などの問題を引き起こしている。
2 ライフスタイル選択の自由―経済自立への満ちと被扶養への道
同じ被扶養の地位にある主婦でありながら、リッチで時間を持て余している主婦や、主婦の座を逆手にとって多様な社会参加を実現した主婦から、趣味や実益をかねて働く主婦や働かねば家計が成り立たない主婦まで、1980年代の日本では主婦の多様化が進展した。
補論2 日本的経営・日本的福祉の中の女性
日本的経営と女性
日本的経営の三本柱と言われる、終身雇用、年功賃金、企業別組合の中で働く女性たちは、例外的な存在となる。
セクシュアル・ハラスメント
これは、「女は家庭、男は仕事」という社会規範も含めて長年にわたって続いてきた性のダブル・スタンダードの文化に基づくものである。
日本的福祉と女性
女性を家庭内福祉の担い手として想定する日本的福祉とその政策が、実は、市場労働に出る女性の前にたちはだかる壁となっている。
日本的経営・福祉と主婦パートタイマー
パートタイマーは、女性の二つの役割、企業を支える補助労働力、家庭内福祉を維持する家庭内労働者の象徴である。
企業の家族支援策の問題点
一つは、企業によって手当ての額に格差が生じる。もう一つは、労働の対価としての賃金において、配偶者が有業か無業かといった職務要因以外の理由で賃金に差がつくという不合理が生じる。
第3部 21世紀高齢社会とジェンダー平等な社会政策
第7章 家事労働の評価と税・社会保障政策
一 主婦論争から家事労働の評価へ
様々な論争が巻き起こったが、どのようにして税や社会保障の中で評価していくかの具体的な提案はなされてこなかった。
二 国連・ILO・ISSAの政策提案と日本の問題
国際機関の提言や議論は、単なる理想や理論的帰結によるものではない。女性をめぐる社会政策は、結婚・出産・介護で一時リタイアしても所得上の損失がないよう、これを社会保障で補おうという方向にある。
日本では育児や介護などの労働を評価するという観点からの税・社会保障の仕組みにはなっていない。
三 家事労働を評価する税・社会保障の方向
従来通り、既婚女性が被扶養の存在として、その社会的費用を税や社会保険を通じて働く男女で担っていくのか、それとも被扶養の存在から脱して、自らが税や社会保障費用を担える存在となっていくのか。選択の時期にある。
補論3 家事労働研究と社会政策
家事労働研究の背景
女性の多くが市場労働に出て労働所得を得るようになっても、職場での賃金格差が是正されなかった主な要因が「女性の家事役割」あった。
マルクス主義フェミニズムの家事労働評価
主婦は、自分の労働力ないし身体をいわば他人に所有されているために、その「主人」に対して、あるいは「主人」のために無償で労働するのではないかという仮定のもと、主婦労働と奴隷労働および賃金労働者を比較する。
国連が取り組むアンペイド・ワークの測定と評価
支払われない労働(アンペイド・ワーク)の評価や測定にあたっては、「家事労働の評価はけっして専業主婦に限定した評価ではないこと」を確認しておく必要がある。
近代経済学の家事労働評価と専業主婦優遇政策批判
近代経済学では、家事労働は帰属所得として金銭換算される。ただ、家事労働の金銭換算は、その内容や種類が実に多様で、難問がある。
第8章 税・社会保障、育児・介護の整合的改革
一 専業主婦世帯モデルの歴史的限界
性分業家族を理想のモデルとして社会保障を中心に生活の安定を計るという政策原理の効果は、豊富な若年労働力に支えられた高度経済成長期、つまりは、税や社会保険財政を潤すと同じに企業収益の増加が同じに獲得できるという、まことに得難い歴史環境のもとでした発揮されない。
二 配偶者控除・配偶者特別控除の廃止、寡婦控除の見直し
日本の所得税法には人的控除が多い。いずれも女性のライフスタイルの選択にかんよしている。
三 ライフスタイルに中立な医療・年金改革へ
1 医療保険の改革
国民健康保険の保険料の支払いを男女とも20歳からとし、各個人名義で保険証を支給すること。
2 年金保険の改革
保険金を支払っても支払わなくても同じだけの年金をうけとれるという不平等が生じる。
3 「サラリーマンの専業主婦の保護・優遇」の中味
継続就業する女性のみならず、再就職する既婚女性たちも自分の老齢厚生年金を捨てる場合が多い。
4 早急な改正が不可欠な現行制度
現行の保険方式を維持していくならば、パートタイマーや派遣労働など非正規労働者の厚生年金への加入要件を法律で明記することが必要である。
5 長期的で抜本的な改革
全国民共通の国民年金(基礎年金部分)を保険方式から税方式に移行する。
四 育児に関する社会保障
1 育児の費用支援
1 現行制度を改善
2 抜本的な改革
2 継続就業支援―保育園と育児休業
子育てを家庭でしようが、保育園を利用しようが「選択の自由」という政策原理になってきた。育児休業法という画期的な社会保障制度ができた。
五 介護に関する社会保障
1 介護保険と介護の費用
ヘルパーの賃金を専門職水準にしていくことが、介護労働の価値を高め、介護労働を男女に良好な雇用にしていく上で不可欠である。
2 介護保険と「専業主婦」
保険方式には負担と給付の公平性とフリーライダー(タダ乗り)を作らないことが大切であるにもかかわらず、専業主婦の保険料は働く男女が支払う仕組みになっている。
3 継続就業支援―介護休業と所得補償
財源が雇用保険に依拠している点で、介護休業の所得補償や男女が利用しやすい制度として普及するには課題が多い。
第9章 21世紀へ・ジェンダー平等な社会政策―性別役割分業から自立と多様性の社会へ
一 労働改革に残るジェンダー・バイアス
1 改正男女雇用機会均等法と男女共通の保護基準、育児・介護休業法
男女に共通な保護基準は、雇用の平等を保障できる働き方の基準を、家庭責任を持たなくていい男子労働者の働き方に合わせられた。
2 パートタイム労働法、労働者派遣法の改正―ILO175号、181号条約との関連
今日の国際社会の共通認識は、派遣労働もまた、パートタイム労働と同じく非正規雇用ではあっても、それゆえに正規雇用に比較して不利益を被ってはならないことにある。女性に偏在している非正規雇用と正規雇用とできるだけ同等の待遇にし、男女に開かれた労働にしてゆくことが肝要である。
二 専業主婦が続く税、医療・年金・介護保険
1専業主婦保護政策の見直し
厚生白書は、少子・高齢化時代に向けて、男女の役割分業や性別雇用慣行を支える現行の税や社会保険における主婦優遇の問題を取り上げるに至った。しかし、実際にはまだ、どれひとつ見なおされていない。むしろ、金額が増額されて専業主婦保護政策は継続されていった。
2 介護保険の問題、医療・年金改革の先送り
介護保険の創設で、さらに専業主婦世帯の優遇が広がった。社会保険においては、女性にとって、働いて自立するよりはサラリーマンの被扶養の妻を維持することのメリットが相対的に高くなった。
三 男女共同参画社会基本法とジェンダー平等な社会政策
1 男女共同参画社会基本法・第4条
第4条には、社会における制度または慣行を、性別による固定的な役割分担にとらわれないで、男女の社会における仕事や家庭、また地域活動などライフスタイルの選択において中立にすることを明記している。しかし、男女共同参画社会を形成する上で阻害要因となっている制度や政策をまずはジェンダー中立に、そして平等へと変えてゆくのは、これからの課題となっているのが現状である。
2 雇用志向・家族にやさしい社会政策へ
家族にやさしい社会政策という場合、@対象となる家族とは単身や一人親の家族、共働きなど「多様な家族」であり、またA仕事優先の働き方ではなく、男女労働者の家族の事情に応じて「柔軟な働き方や雇用管理」を提供していくこと、そしてB「企業文化」そのものを変革していくことによって、男女が仕事や家族との生活を両立できる制度を利用しやすくしたり、性差別的な雇用慣行をなくしてゆくことである。
雇用志向の社会政策とは、就業意欲をそぐような社会保障を見直すこと、人々の貧困を防ぐためには雇用を確保することに重点をおいて、子のいる家族やとりわけ一人親家族に雇用の場を提供するなど、働き手のいない家族をなくす政策を促進することである。
UP:2002
◇
塩田 咲子
◇
家族
◇
女性の労働・家事労働・性別分業
◇
性(gender/sex)
◇
フェミニズム
◇
BOOK
◇
2002年度講義関連
TOP
HOME (http://www.arsvi.com)
◇